第6話 仕送りしてもらいなさいな

「で、あなたは演劇サークルに主役の座を明け渡したいと」


 現代映像研究会の部室で山本監督と向かい合っていた。

 以前からこの手の話は続けていたのだが、先ほど演劇サークルの平木部長から尋ねられ、改めて自分の主張を貫いてみることにした。


「はい。先ほど演劇サークルの平木部長と話をしました。素人がいくら頑張っても本物の演技なんてできやしないって。やはり本職なら演技が真に迫ってくるんじゃないですかね」


「紗季子のやつ、なに未練がましいことを……」


 監督はビデオカメラから抜き出したCFカードをパソコンにつないだカードリーダーへ差し込んだ。撮影が始まってから何度か見た行為だ。ああやって動画を取り込んで、パソコンで編集しているらしい。

 以前聞いた話では、昔はフィルムに映像を焼き付けて、それを機械で切ってはつなげを繰り返してマスターとなる映像を作っていたのだという。

 それに比べれば現在はかなり便利な時代になったようである。


「で、吉田くんは降りたいわけ?」

 パソコンに向かいながら無造作に聞かれた。

「本音を言えば今すぐにでも」


 うーん……山本監督ってどうにもとらえどころのない人だな。

 先ほどの口ぶりでは、演劇サークルの平木部長とも知り合いらしいし。

 平木さんってたしかいちおうは芸能人らしいんだけど、どういったつながりがあるんだろうか。もしかしてその関係からあえて演劇サークルを頼りたくなかったのかもしれない。


「私は君の演技が気に入っているんだけどな。素人なりの一生懸命な演技って、演劇サークルの人には出せないでしょう?」

 やはり理屈があまり通じないようだ。

 山本監督はまたビデオカメラからCFカードを抜き出してデータをパソコンに転送している。


「今回の映画を話題作にしたいんじゃないんですか? 映画サークルは秋のオープンキャンパスで作品を上演するのがひとつの目標なんですよね。それなのに俳優陣はテニスサークルだったり囲碁サークルだったり。まともに演技できる人なんて誰ひとりいないじゃないですか!」

 監督は頭を数回掻いて、それからこちらに視線をよこした。


「それって、あなたのところの部長さんも同じなのかしら?」

「ひとりの例外もなく、です」


「素人の演技だから醸し出される雰囲気というものがあってね」

 雰囲気ってなんなんだ?

 俺たちはぎこちないところを評価されているとでも言っているのだろうか。

「何ものにも染まっていない、純粋な感情が見られるのよね」


 パソコンでひとつのフォルダを開いて、そこに収められている写真をさっと流し見して、一枚の写真を拡大する。

「ほら、これをご覧なさい」

 そこには俺の顔が写っている。

 正直、俺は自分の顔を見るのが嫌だった。気難しい父親に似ているから。

「これを見てなにかを感じない?」

「なにも」


「なにも? なにかあるでしょう」

「ブサイクな顔が写っているなとしか感じませんが」

 くすっと笑われた。

「そうじゃないのよ。この顔から一所懸命さを感じてもらいたいのよ」

「素人がセリフと動作を間違えないように慎重になって、その結果として一所懸命になっているだけですよ」

「これがいいのよ」

「よくないです」


 監督はひとつ大きく悩んだ格好を見せて、こちらに目線を投げてきた。


「でも、演劇サークルを出演させるとなると、ギャランティーつまり報酬を要求されるのよね。そんなお金、私たちには払えないわよ。あなたたちがタダで出演してくれるっていうから配役しているんだし」

 井上がそう約束したからといって、俺はそれに同意していない。


「それなら俺にもギャラを支払ってほしいところなんですけどね。学業に支障をきたし始めているし、バイトへ通うギリギリの時間まで撮影に臨んでいるんですが」

「それはおたくの部長さんに言ってちょうだい。彼はタダで出演してもいいって二つ返事でOKしたわよ」

「俺は受け入れていません」

 山本さんの態度が気に食わなくて、つい悪態をついてしまう。


「こんなにあれこれ引っ張りまわされて、慣れない演技を強要され、このままじゃ単位だって落としかねない。四年生で卒業できないなんて悠長なことを、俺はやっていられないんですよ!」


「吉田くんはひとり暮らしなんだっけ?」


「そうですが、それがなにか?」

 嫌な予感がする。だが素直に答えるしかないか。

「ご両親は健在じゃないの?」

「おかげさまで父も母も無事に暮らしておりますが、それがなにか?」


「ご両親から仕送りしてもらいなさいな」


 カチンときた。

 これまでの俺の努力をこうも簡単に否定されるとは思わなかったからだ。


「親との約束で、自分で働くことを条件に大学へ進学したんです!」

 映画サークルの人たちは、こちらの迷惑をまったく顧みていない。

「もし親を頼ったら、すぐにでも就職しろという話になります。つまり映画で遊んでいる余裕なんて俺にはないんですよ。もうたくさんだ!」


「わかった、悪かったわ。今のは聞かなかったことにして──」

「できるわけないでしょうが!」

 監督に背を向けても腹の虫はおさまらず、部室のドアに怒りを叩きつける。


 すると新井が外で待っていて、急に大きな音がしたものだから、びっくりした顔を見せている。それを見て少しは気が楽になったようだ。

「すまない新井。さあ帰ろうか……」


「……すごい剣幕だったわよ。本当にもうだいじょうぶ?」

「だいじょうぶ……ではないな。もう撮影なんてしていられるかってんだ」

「ズルけるの?」

「どうせ今日の撮影はすでに終わっているんだ。早く帰ってバイトに行かないと」

 足早にその場を去ることにした。


 あんなわからず屋にこれまで付き合わされていたのかと思うと、自分が惨めになる。

 気軽に「仕送りしてもらいなさい」なんて言うような人の指図を受けるいわれはない。


 苛立ちを紛らわすかのごとく、ズカズカと足を鳴らしながら歩いていく。

「ちょっと、吉田くん待って。歩くの早いって」


 いつもなら新井の足に合わせるのだが、そんな心の余裕はなかった。



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