第4話 スピーカーに注意

「それにしても、まさか一哉が真犯人だったなんて、驚いちゃったわよ」


 俺も呆れたことは黙っておこう。

「まあ意外性はあるかもしれないな。でもミステリーじゃありふれているんだけどな」

「そうなの?」


 頭が切れて講義の要点をまとめてくれているのはありがたいのだが、新井はすぐ茶化してくるから、正直居心地がいいとは言えない。


「推理小説家なら、少なくとも一作は書いているんじゃないかなというくらい」

 そのくらい陳腐な展開なのだ。そして、だいたい真犯人が自殺して終わることが多い。


「それなら一哉も殺されないように注意しないと」

「だから映画の話な。まるで俺が本当に罪を犯したかのように言うのはやめろよな」

 わかってるって、と俺の言葉が本当に飲み込めているのだろうか。


「それでも主役なんだからたいしたものよ。井上先輩はキザったらしいから画面には映えるだろうけど、真犯人としては迫力不足だもんね」


 それは俺が真犯人としての迫力に満ちている、と解釈すればよいのだろうか。


「まあ、井上が主役で真犯人だなんて言われたら、速攻で修正を求めるだろうな。やつはええカッコしいだから」

「確かに堪えられないかも。──ってことは、監督って井上先輩の人となりを理解して主役から外したのかな?」


「監督も人を見る目はありそうだったな。助監督の大川さんやタイムキーパーの渡辺さんも、期待に応える働きをしているし。それとプロデューサーっていうのがどうも怪しいんだよ」


 いまだ映画サークルのプロデューサーに会っていない。

 作品の出来を左右しかねないキャスティングの場でも不在だったくらいだ。それだけ山本監督が信頼されているのかもしれないのだが。


「そういえば、監督は現場にいるのにプロデューサーがいないのはどうしてなんだろう?」


 プロデューサーといえば聞こえはよいが、要は集金係だ。スポンサーを見つけて、制作費用を捻出する。だから世間に顔が利く人物でないと、映画のプロデューサーは務まらない。

 またスポンサーの意に沿った作品を創らなければならないため、制作にも深く関与してくる。まさに映画業界の頂点にいるのがプロデューサーなのだ。

 たとえ有名監督であろうと、プロデューサーの意向には逆らえないと聞いたことがある。そのうえにスポンサーが君臨しているわけだが。

 現場だけを見れば監督が絶対権力者に映るが、現実は実に複雑である。


「話が逸れた。井上を主役にしていたら、真犯人だとわかった途端に派手に触れまわりそうなんだよな。まだ撮影中だっていうのにスピーカーになりかねない」

「スピーカー?」

「大声で言い触らすってこと」

 なるほど、と新井は納得したようだ。


「それでも私は井上先輩が真犯人だったほうが面白いと思うんだけどな」

「第一容疑者が井上で、真犯人が俺。だけどそれを裏で操っていたのが実は井上だった」

 そういうことと事もなげだ。

「それ、面白いかもな」

「面白いの?」


「ああ。主役の探偵が真犯人っていうのはありふれているんだけど、それが実は操られていて本当の犯人は別にいる、ってところまでひねる作家は数少ないと思う」

 どうして? と首を傾げている。


「字数が足りないんだよ。最初の容疑者特定から物語を二回ひっくり返す必要がある。すると十万字では足りないはずなんだ」

 うんうんと聞き入っていた。


「順を追うと、事件発生でスタートし、最初の容疑者特定までが起承転結の起。実は主人公が真犯人だったまでが承。実は裏で操られていたとわかるまでが転。そして最終的な犯人を追い詰めて物語が終わる結」


 ちょっと難しかったようだ。頭の良い新井がついてこられない。


「つまりそれぞれを二万五千字で書かないといけないから、とても小さな物語にならざるをえないんだ」

「二万五千字ってどのくらいなの?」


「そうだなあ、作家によって異なるけどだいたい小説って一シーン二千五百字から五千字くらいを費やしているんだ。すると多くて十シーン、少ないと五シーンで犯人がコロコロ変わってしまうことになる。そんなにコロコロ変わって深みのある物語になると思うか?」


「それはとても期待できないなあ。五シーンごとに真犯人が切り替わるんじゃ、ただごちゃごちゃしているだけで、とても推理しながら読めないわね」


 そういうこと。つまり分量から考えると、どんな脚本家か知らないが駄作確定ということになる。


「駄作確定かあ。あの映画、秋のオープンキャンパスで上映されるのよね?」

「ああ、俺もそう聞いていたけど」

「実は後輩に宣伝しちゃったのよ。オープンキャンパスのときに知り合いが出るから見に来てねって」

 うわっ、まさか新井がスピーカーだったとは。まあ学内で知られているわけじゃないから、まだなんとかなるかもしれないが。

 とくに演劇サークルに嗅ぎつけられたら大いに揉めるだろう。


「とりあえずお前はこれ以上話を広げるな。興味に突き動かされているとはいえ、知られちゃ困る相手もいるんだし」

「たとえば?」

 思わず頭を抱えてしまう。


「演劇サークルに決まっているだろう。本来なら映画サークルの役者って演劇サークルが独占していたんだ。既得権益と言ってもいい。その作品を手にして芸能事務所を行脚してまわるんだと小耳に挟んだことがある」

「あ、その噂なら聞いたことがあるわ。そっか、一哉は皆の邪魔をしているってわけなのね」


「あのな、俺が邪魔したんじゃない。井上の野郎が勝手に奪ってきたんだよ。その事実を知られたら、暗殺されかねないんだよな」

「井上先輩、身辺には注意しないと、なのね」


 しかし、学内であれだけ派手に撮影をしていて、演劇サークルに気づかれないと考えるようなお人好しは、当の井上だけかもしれないが。


「配役自体はプロデューサーと監督の独断で決まるけど、今回プロデューサーがどこまで噛んでいるのか。それがわからない」

 この場合、プロデューサーが選考に関与しているのが望ましかった。


 芸能界に顔が利き、コネを使って演劇サークルの人材を送り込む役目を負った人物であるから、彼らからクレームがきても「プロデューサーの意向」の一言で反論を封じられるのである。


 山本監督がいくら美人でも、演劇サークルに所属しているのはミス・コンテスト常連の名花ばかりだ。もちろんボーイズ・コンテストの上位も占めている。

 まさに鷲田の紳士淑女、ヒーローとヒロインが一堂に集う場所。それが演劇サークルなのである。

 次に多いのがアナウンスサークルだ。報道各社のアナウンサー候補を育成することでも有名である。昨年のミス・コンテストではアナウンスサークル出身者が優勝して学内は大いに盛り上がったものだ。


 だからこそ、ただでさえ機嫌の悪い演劇サークルの神経を逆撫でするようなことは厳に慎むべきである。


 しかし「人の口には戸が立てられぬ」ことを実感する羽目に陥った。



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