・結婚披露宴

 言葉の本音は見えないが、文字に起こすと本音がルビに出てしまう。

 そんな世界のお話。


  ***


 温かい照明でだいだい色に染まるツヤのあるテーブルクロス。

 等間隔に並ぶ円形テーブルを囲む老若男女ろうにゃくなんにょ

 男性は黒いスーツに白いネクタイを結び、女性は思いおもいにドレスとジュエリーで着飾っている。

 部屋の中央最奥さいおう部には横長のテーブルがあり、そこには主役となる二人が並んで座っている。

 エンパイアラインの純白でクラシカルなドレスをまとう新婦の名は、馬場ばば早織さおり。旧姓、浅羽あさば

 その隣で黒い蝶ネクタイを締めて背筋を伸ばしている新郎の名は、馬場ばばたもつ

 二人はそれぞれ、自分の招待客を歓迎していた。



 馬場早織の元へ、黒髪ポニーテールの女性がやってきた。

 ピンクのスカートスーツを着て真珠のネックレスを首からげている。

 二人は互いの両手を合わせると、小さくピョンピョンと跳ねて喜びを分かち合った。


早織ちゃ~ん、独身同盟を抜け駆け結婚おめでと~しやがって、クソが、死ね


わぁ~、おまえ、佳奈ちゃん、ご祝儀たくさんありがと~包んだんだろうなわざわざ遠くから建前でおまえに渡す来てくれて嬉しい交通費、すっげー高いんだよ


 新婦の早織に佳奈かなと呼ばれた女性は、背後に人の気配を感じ、チラと後ろを一瞥いちべつした。

 後ろの女性の表情は固く、その女性からプレッシャーを感じたため、佳奈は新婦の早織と少し言葉を交わすと、早々に自分の席へと戻っていった。


 佳奈の後ろにいた女性がすかさずズイッと新婦の前に出てきた。

 ボディラインがはっきり出るマーメイドラインのドレスが、金色のシルクの光沢を辺りにまき散らしている。手首にはブランドもののバッグを引っ掛けていて、高そうな指輪を複数はめている。


優樹乃~。これみよがしに今日の優樹乃も、派手なドレスとブランドですっごいオシャレだね身を固めて下品な女!来てくれて主役の引き立て役にありがとね~徹しろよ、バカ女


早織、結婚おめでと~相手ブサメンでざまぁ早織の所詮、晴れ舞台、ブサイクとしか楽しみにしてたよ~結婚できねぇブスだわ


 誰よりも派手な出で立ちの優樹乃ゆきのと新婦の早織は、そうやって喜びの言葉を交換すると、お互いに身を寄せてハグをした。


 一方、新郎のたもつのほうには、低姿勢の男性がソロリソロリと近づいてきた。

 まるで営業の取引相手みたいに握手を求めて右手を差し出す。


保さん、早く終わらご結婚おめでねえかなぁ。とうございます帰ってゲームしてぇ


ああ、エキストラ来てどもめ、くれてもっとありがとうな自然にふるまえよ


 ここで、女性の咳払せきばらいがマイクに載って会場に響いた。

 会場のすみにいる司会を務める黒いスーツの女性に、会場全体からチラホラと視線が送られる。


えぇーえーっと大変盛りカンペ、上がってカンペ、いるようカンペ、でございカンぺますが、丸読み。ここで新郎カンペ・新婦様丸読み。の二人のときどき想い会場メッセージ視線をとして向け載せたつつ思い出のカンペ写真を丸読みスライドカンペショーカンペにてご覧カンペ、いただカンペきます。丸読み!引き続きあたしもご歓談いその料理ただきながら食べたいなぁ会場のていうか、両サイドにイケメンからあります声かけられスクリーンにないかなぁ。目を向けてそのために、いただけこの仕事ますと幸いですやってんだから


 披露宴ひろうえん会場の両端の壁際かべぎわに吊るされているスクリーンが色づき、新郎、新婦、招待客たちはそれぞれ近いスクリーンに視線を送る。

 スクリーンではサウンドエフェクトとともにピンク色のハートが泡のように下から上へと積み上がっていき、そしてキラキラした文字が画面中央に浮かび上がる。



 《新郎しんろう新婦しんぷ奇跡きせき軌跡きせき



 優しい背景音楽が流れはじめた。

 ピンク色のハートがシャボン玉のように弾け、画面が切り替わる。


 ピンクの泡の下から浮かび上がったのは、新郎のたもつと新婦の早織さおりが二人で映っている写真。

 それが数秒おきに切り替わっていく。

 水族館デートで腕を組んだシーン、遊園地デートで乗り物に乗っているシーン、家でバースデーケーキを囲んでいるシーン、そして、両家の両親が顔合わせをした日の集合写真。


 今度は赤いハートの泡が浮かび上がり、はじける。

 すると、新郎の保の笑顔がドアップになった写真が現れ、そこに新婦の早織からのメッセージが赤色の文字で浮かび上がる。



  保さん冴えない男いつもおまえはありがとうただのATMだよ

  優しくてブサイクは嫌頼りに浮気してなる保さん、イケメンの子どもを大好きです托卵してやる



 会場がザワつく。

 新郎の保は眉間みけんにシワを寄せ、新婦の早織は口をあんぐり開けている。


 しかしスクリーンの映像は止まらない。

 相変わらず優しい音楽が流れ続け、今度は青いハートが浮かび上がってはじける。

 すると、新婦の早織の笑顔が映し出され、そこに新郎の保からのメッセージが青色の文字で浮かび上がる。



  早織さんチョロイ女いつもあ俺のブランドりがとう品は借り物だ

  君のかわいいいつもは結婚笑顔があるを餌に金をから、だましいつでも頑張れます取るところだが

  早織さん、貧乏だから、僕はおまえ必ずは保険君を金をか幸せにけて殺ししますてやるよ



 会場のザワつきがいっそう大きくなる。

 スクリーンの映像はまだ続いている。

 再びピンクのハートが下から浮かび上がって弾ける。

 二人が顔を寄せ合って笑顔で映っている写真が映り、ピンクの文字が浮かび上がる。



  保さんしまったなぁ早織さん。新郎と新婦のこれからも合同メッセージよろしくねもらい忘れちゃった

  二人で面倒だから一緒にテンプレ幸せに貼っとこ。なろうねいいよね?



 もはや誰もスクリーンは見ていなかった。

 新郎と新婦の様子を見て、悲鳴をあげる女性すらいた。


 新婦の早織さおりはテーブルにあった食事用のナイフを両手で握りしめ、新郎のたもつに向けている。

 その顔は鬼の形相ぎょうそう


 その様子を佳奈が身を乗り出して眺めている。

 彼女の口角こうかくはわずかに上がっていた。


 優樹乃の表情は真剣そのもので、スマートフォンを新郎と新婦に向け、血走った目でその様子を動画撮影している。


 新郎側の黒いスーツの男たちはテーブルに頬杖ほおづえをついて一部始終を眠そうに眺めていた。


 会場の主役席では、新婦の早織がナイフを握りしめたまま新郎の保ににじり寄る。


保さん、殺す殺す私を殺す騙し殺すてい殺すたのね殺す殺す


おまえも大概どの口が言ってんだ、だろうがブスがよぉ


 新郎の保が後ずさりしながら、チラとテーブル上の料理に視線を落とした。

 その瞬間、新婦、新郎の二人はいっせいに動いた。

 新婦の早織がナイフを突き出しながら新郎の保に飛びかかる。

 新郎の保は汁気の多い料理の皿をすくって、それを新婦の早織に向かって投げつけた。

 皿は新婦の早織の顔面に直撃した。

 彼女はナイフを落として目についた茶色いソースを一生懸命にぬぐう。

 その隙に新郎の保は全速力で逃げ出した。

 通り道にいる人を誰かれ構わず突き飛ばし、会場の扉を蹴飛けとばして外へ逃げていった。




 その後、新婦の早織も新郎の保も警察に逮捕された。

 新婦の早織は殺人未遂、新郎の保は傷害と詐欺。

 新郎の保が外の警備員に不審がられて捕まえられたため、この結婚けっこん披露ひろうえんにおいて、新郎と新婦は警察に連行されるという初めての共同作業を果たしたのだった。


 ちなみに、《新郎・新婦、奇跡の軌跡》を編集したブライダル・スタッフも減給処分を受けたという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る