白黒の世界
第1話
世界は真っ暗だ。
生まれた時から色味の無い白黒の世界、そんな世界に命を授かった。
どのように生きていたか、そんなことは一つも覚えていない。
気付いた時には世界は白と黒だった。
両親は共働きで、僕の意識がはっきりしてからは一度も見たことは無い。
両親が雇った家政婦や家庭教師が決まった時間に現れて、各自やることをやって帰る。
そんな姿をいつも見ていた僕は、人間へ興味を持つことは無かった。
六歳になり学校へ行くようになっても、世界は何も変わらなかった。
むしろ、広くなった白黒の世界がとても
家にいた時よりも
家庭教師と同じように決められた時間はそこにいなければならないのは、別に問題なかった。
だが、休み時間だけは地獄のようだった。
だから、休み時間は図書室の隅に座っていた。
図書室は話すことが許されないので、騒音の無い平和な世界だった。
どうして人間と話をする必要があるのか、この時の僕には理解できなかった。
中学校に上がっても、相変わらずでクラスの片隅に空気のように存在していた。
行事は基本的に不参加のため、誰とも関わる必要が無かった。
そんな僕の人生を変えたのは、高校生になってからだ。
いつものように学校へ行き、時間になると家に帰る。
高校生になっても、僕の世界は白黒で何も変わらなかった。
いつになったら、この騒音から離れられるか……ただそれだけを考えていた。
終礼後、家に帰ろうと席を立った時、誰かが僕に声をかけてきた。
振り返ると、そこには数人の男女が立っていた。
何を言っているかわからなかったが、中心にいる女が僕の腕を
何処へ連れていかれるのかわからなかった。
ただ、辿り着いた場所を見て
目の前に広がる世界はいつものように白黒の世界ではなかったのだ。
赤に青に緑色、光の当たるところは白ではなく黄色っぽく輝いているのだ。
初めて見えた色のある世界に、僕は感激した。
その場所はいつもと変わらない騒音のする世界だが、そんな音すらも心地よく感じてしまうほど世界は幻想的で綺麗だった。
初めて観る世界に見惚れていた僕の肩を、ここに連れてきた女が
何の用があるのかと思ったが、夢のようなこの世界では幸せを分かち合うために他人へプレゼントを渡す必要があると言うのだ。
何を渡すのかと思えば、物でも良いがお金でも問題ないと言われた。
だから僕を素晴らしい世界へ連れてきてくれた男女達にお金を渡すと、全員が嬉しそうな顔をしていなくなった。
こんな素晴らしい世界へ連れてきてくれたのだ……感謝する他なかった。
この日……こんなにキラキラと輝く素晴らしい日をクリスマスと言うらしい。
行事に一切の興味が無かった僕は、初めて外の世界と人々に興味を持った日だった。
その日は興奮してしまい、家に帰っても眠ることができないほどだった。
だが、次の日に目が覚めると世界は元に戻っていた。
いつものように白黒の世界で、いつものように騒音が溢れていた。
あんなに興奮したせいで、いつもと同じ何も無い白黒の世界に苦痛を感じた。
そんな日の帰りの時間、またあの男女達が声をかけてきたのだ。
今日は別の場所へ連れて行くと言われて、僕はまた新たな世界を観れるのだと感激した。
昨日のように興奮して、素晴らしい時間を過ごせるのだと期待が膨らむばかりだ。
だが、それは間違いだった。
連れられた場所は白黒の世界の延長だった。
大勢の人間が集まり、騒音の激しい世界だった。
耐えられなかった僕は、お金を投げ捨てるように置いて家に帰った。
いつもいる箱のような世界ですら苦痛で我慢するのが辛い。
それなのに、今日連れていかれた場所は本当に地獄のような場所だった。
次の日、男女達が僕の前に現れて騒いで何かを言っていたが、僕は話さなかった。
奴らは思ったような反応出なかったことに飽きたのか、そのままいなくなった。
それからはまた、いつものように白黒の世界で生きていた。
どうせ世界は真っ暗なのだ。
あの日に見た世界はまやかしで、僕は理想の世界を夢見ていたのだと自分に言い聞かせていた。
そんな日々を過ごし、またあの日がやってきた。
あの日以来、男女達は僕に声をかけてくることは無かった。
夢を見た日だけは男女達の顔が記憶にあった気もするが、もう顔を思いだせない。
終礼が終わり、家に帰ろうと席を立った時、また声をかけられたのだ。
振り返ると、そこには担任の教師だったろうか……その人が手招きをしていた。
何の用があるのかと思い近寄ると、去年と同じように腕を掴まれて引っ張られた。
何処へ連れていかれるのかと思ったが、そこは児童館だった。
そこでも去年と同じようにキラキラ輝く素晴らしい世界があった。
去年見た世界よりは見劣りするが、この世界も色んな色が溢れていて綺麗だった。
僕はまた心に響く、この素晴らしい世界を観ることができたのだ。
僕は教師に言われるがままに子ども達と遊んだ。
何をしたのかは覚えていないが、とても楽しい時間を過ごしたのだ。
楽しい時間が終わる頃、誰かが口にしたのだ。
――サンタさんからプレゼントもらえるかな……
その言葉を聞いた僕は子ども達に、昨年と同じようにお財布からお金を出してプレゼントした。
手渡された子どもは、目を大きく開いて喜んでいた。
プレゼントをもらったお礼と言って、子ども達は感謝の言葉を口々に言って帰っていった。
こんなことで感謝されるなんて、僕は今まで知らなかった。
感謝されることで、こんなにも心が満たされるなんて今まで知らなかった。
クリスマス……この日だけは、僕の世界に色を付けてくれるそんな素敵な日だと心に
だが、教師はそれを快く思わなかったようだ。
帰り道に僕へ文句ばかり言い、色づいた世界が白黒に変わるのは一瞬だった。
僕はすみませんと一言だけ伝えて、その場を後にした。
高校三年生になって、周りは受験に追われて
僕はいつもと変わらない日常の中、まるで敷かれたレールを進むかのようにすべてを終えていた。
僕はあの日だけを待ち遠しく生きていたのだ。
そして、僕がクリスマスを知って三年目を迎え、当日の僕は期待に満ち溢れていた。
終礼後もいつもよりゆっくりと帰りの準備をしていたと言うのに……その日はいつものように家に帰るだけだった。
誰かか声をかけられることもなく、色づく世界もなく、ただ白黒の世界を歩いて帰るだけだった。
何も起こらないまま、僕は高校を卒業し大学生になった。
高校と違って、大学は自由だった。
誰とも関わらなくていい、構内の図書館は資料の宝庫でいつまでも居られた。
優秀生徒として表彰されても、優秀生徒のみに与えられる奨励金を受け取った時ですら何も感じることは無かった。
白黒の世界に映るものすべて、僕にとっては無意味なものだった。
僕にとってかけがえのないもの、それは色の付いた世界……それだけだったから。
きっと社会に出れば、僕の求めている世界を観ることができる。
それだけを胸に秘め、僕は大学を卒業して社会人となった。
僕の淡い期待が裏切られたのは、入社した年のことだった。
一目惚れ 紗音。 @Shaon_Saboh
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