一目惚れ

紗音。

はじめに

プロローグ

 街は綺羅きらびやかな光りに包まれて、深夜に近い時間だというのに、まだ明るい。


 こんなに街が賑やかなのは今日までだ。

 十二月二十五日、今日はクリスマスだ。


 クリスマスは好きだ。

 一年の中でとても色のある日だ。

 綺麗な飾りや楽しげな音楽、心が踊るようだ。


 ズリッズリッーー


 そんな素晴らしい日でも、働かねばならない人間がいる。

 それはサンタクロースだ。


 重い荷物を背負いながら、子ども達に玩具おもちゃや幸せを運ぶのだ。

 真っ赤な帽子と真っ赤な洋服に身を包み、ソリに乗ってトナカイが空を飛ぶのだ。


 ズリッズリッーー


 この日だけは特別だった。

 まるで自分が主役にでもなったかのような気分だった。

 初めてサンタクロースになったとき、その時はとても気分が最悪だった。

 どうして自分が幸せではないのに、子ども達に幸せを配らなければならないのかと。


 そんな気持ちで配っていたと言うのに、受け取る子ども達はとても幸せそうだった。


 ズリッズリッーー


 今までは、誰にも相手にされなかった。

 ただそこにいるだけ。息を吸って、吐いてを繰り返して終わる何もない世界だった。


 世界は白と黒の色だけが存在しているのだと思っていた。

 だが、それは誤りだった。

 ボーボーと沢山の葉が生えている木に、カランカランとなる赤い鈴、可愛らしい小さな金色の箱と様々な色を奏でる人形の飾りに、空高く輝く金色の星があるのだ。


 ズリッズリッーー


 沢山の色がある素敵な日には、異常なほど心が浮ついてしまう。

 そのせいで、つい鼻歌を歌ってしまうのだ。

 耳から聞こえる音楽に合わせて鼻歌を披露するが、上手くできない。

 音楽は芸術だ。

 ただ、僕には芸術の才能が無いというだけのことだ。


 ズリッズリッーー


 こんな素敵な日には、僕はどこへ行けばいいのだろうか。

 一年に一度の幸せな日、もうじき日をまたいで終わってしまう日、徐々に色を失っていく日……

 そんなことを考えていると、段々と悲観的になってしまう。

 今日だけは……今日だけが僕にとって最高の日なんだ。

 できるだけこのまま歩き続けていたい。


 ズリッズリッーー


 街に飾られているクリスマスツリーからゆっくりと明かりが消えていく頃、一組の親子がいた。

 母親は寒いなか、その場に立ちながらスマホをいじっていた。

 母親の服をつかむ子どもは、男の子のようだ。

 暖かな服装をしているが、やはり外は寒いようだ。

 ぷるぷると震えながら、母親の服を引っ張っていた。

「ねぇー母ちゃん。そろそろ帰ろうよー」

「だーっもうちょっと待って。もうちょいで終わるから」

 母親は子どもに目配せすることなく、スマホに熱中しているようだ。

「母ちゃん、もうお外は真っ暗だよ??」

「大丈夫、最悪スマホで照らせばいいから」

 子どもが忠告しているというのに、母親はすべて無視をしている。

 スマホを見て、何が楽しいのだろうか。

「母ちゃん、サンタさんってまだ働いてるの??」

「……っあーっもううるさいなぁ!!サンタも仕事なんだから働くに決まってんでしょ!!??」

 口数の減らない子どもの声に、母親はいらついているようだ。

 目の前に自分の子どもがいるというのに、母親が夢中になっているのはお腹を痛めて産んだわけではないスマホだ。

 そんな母親の反応を無視するかのように、子どもは話を続けた。

「母ちゃん、サンタさんってあんな変な服でもいいの??」

「もう!!なんで黙ってらんないかなー??サンタなんてバニーでもゴスロリでもいんだから、別に……」

 とうとう子どもの声にキレた母親は、スマホから目を外して子どもをにらみつけた。

 だが、子どもが自分を見ていなかったので、子どもが見ているものへ視線を向けたようだ。


 そう、その親子は僕を見つめているのだ。

 赤いサンタの帽子を被り、子どもに向かって笑顔を振りまきながら手を振っていた。

 真っ赤なスーツを着て、裸足はだしのまま歩いている僕に驚いてしまったようだ。


 これは申し訳無いことをしたと思い、頭を下げてゆっくりと別の道に向きを変えた。

 そしてゆっくりとソリを引きりながら、また歩き始めた。


 ズリッズリッーー


 先ほどの母親の大きな声が聞こえてきた。

 もうクリスマスが終わるというのに、まだまだ騒ぎ足りないようだ。

 歩いている途中で、ソリの片足をボトンっと音を立てて落としてしまった。

 どうやら、手の内側に血が回ってしまったようだ。

「いけない。これでは、サンタ失格だな」

 そう言うと、僕は汚れた手をスーツに押し付けて汚れを落とした。

 滑らなくなったことを確認すると、落としたソリの足を掴んでまたゆっくりと歩き始めた。


 ズリッズリッーー


 僕はもう終わってしまうクリスマスを、ただただ切なく想いながら歩くだけだった。

 クリスマスの歌に気持ちを乗せながら、鼻歌を歌って……

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