第19話

「真鍋、先輩…………」

「うわっ!?新井!?おまっ………‼︎び、びっくりするだろ!?」

「あ、ごめんなさい」






 真鍋先輩は文字通り飛び上がって、いつもとは違う、眉毛の下がった笑い方をした。



 またひとつ見つける、新しい真鍋先輩。






 何かもう。僕はちょっと、泣きそうだった。






 何でここに。



 何で先輩が居るんだろう。






 まるでトランプに、導かれるかの、ように。





「お前、何でこんなとこにいんの?」

「僕は、今自習で………。あっちの音楽室に忘れ物をしたから、取りに来たんです。そしたら、ピアノが聞こえて来て………。先輩こそ、何してるんですか?」

「俺?」






 あーーーって、言い淀んで、いたずらっ子のような顔をしてる。






「体育、サボってる。時々さ、井山(いやま)先生の熱血から逃げたくなんねぇ?」






 ぽりぽりって、こめかみを掻いてる。






 そういうひとつひとつに、いちいちドキドキしちゃうんだ。






 これってさ。



 これって。






「それで、サボって、ピアノ?」

「サボって、ピアノ」






 顔を見合わせて、笑う。






「教室、戻らなくていいの?」

「自習、だから…………」

「じゃあ座れよ。足痛いだろ?」

「何で………」

「ん?」

「何で、痛いの、分かるんですか?」






 真鍋先輩が立ち上がって、僕の方に来る。



 更に、ドキドキする。もう、ドキドキが、止まらなくて。



 どうしようも、なくて。






「痛いって顔、してる」

「してないです!!」

「うーーん?何でかな?何となく?」






 ほら、って。



 僕に手を差し出して、支えて、くれる。






 もう。



 もうね、誤魔化せないよ。



 こんなにドキドキしちゃって。



 こんなに嬉しくて。






 ピアノの前の、長方形の椅子に座れよって、座らされて。



 先輩が、隣に座る。



 すぐ、隣。本当にすぐすぐ隣に、真鍋先輩が、居る。






「先輩、何か、弾いてください」

「何かって何だよ」

「んーーーー。ねこふんじゃった………?」

「マジかよ」






 ぶはって吹き出しながら、それでも真鍋先輩は、ねこふんじゃったを弾いてくれた。






 触れる肩。



 触れる腕。



 楽しそうにピアノを弾いている、顔。






 真鍋先輩。






 これが恋ですかって、聞いてもいい?



 聞いても先輩は、僕を嫌いになったりしない?






 結局僕は6時間目が終わるまでずっと、第2音楽室で真鍋先輩が弾くピアノを聞いていた。

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