第9話

 何を話す訳でもなく、真鍋先輩は自転車を漕いでた。



 僕は僕で、先輩の腰にくっついて、流れる景色を見てた。






 僕の家までは、3駅分。






 最初は僕も透と友弥と3人で自転車で通ってた。



 でも、今となっては伝説の野球部鬼主将の練習メニューが余りにもハードで、僕と透は練習が終わってから自転車で家に帰ることができなくて、電車通学に切り替えた。



 友弥はサボってばっかりなのに、自分だけ自転車で行くのは嫌だって、電車通学にしたんだっけ。



 普通に行くなら、そんなに辛くない距離。



 でも。



 スピードが段々と遅くなる。






 やっぱり、重いよね?しかもこんな、ママチャリなら尚更。






「先輩、僕次の駅から電車乗ります」

「筋トレになるから大丈夫」

「でも」

「黙って乗ってろ」






 ぶっきらぼうだし。目付き超ヤバイし。かっこ良過ぎて、ハイスペック過ぎて、近寄り難いと思ってた。






 よく怒鳴り声が聞こえてきてた。



 サッカー部のクラスメイトと、野球部の主将とどっちが鬼かって、言い合ってた。






 だからもっと、もっとね。



 こわい人だと、思ってた。






「…………ごめんなさい」






 きっと、違う。






 野球部の元主将もそうだけど。



 ただ、噂が噂を呼んで、近寄り難いってイメージなだけで。






「何が?」






 小さく呟いた僕の声が、真鍋先輩に聞こえたみたいで。






 嘘をついちゃダメ。






 だから。………言って、みちゃう?






「真鍋先輩って、もっとこわい人だと思ってた………」

「ああ、よく言われる」

「でも違うって、思って」






 はははは!!って。真鍋先輩が豪快に笑った。



 そんな風に笑う真鍋先輩を初めて見たから、びっくりして、ドキドキした。






「新井って単純だな!!」

「なっ………!?単純じゃないです!!複雑です!!」






 真鍋先輩は更に笑って、僕は笑ってくれたことが嬉しくて。



 ちょっとだけ。ちょっとだけね。






 先輩にしがみつく腕に、力をこめた。

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