父は決めた「兄離れさせよう」


「とにかく! お前は兄離れせよ! これはこの父の命と心得よ! 反論は許さぬ!」


「絶対やー!!!」


「やーじゃないわ、そんな可愛く言っても駄目だ! ……おい、こやつを部屋に閉じ込めておけ、理解するまで部屋から決して出すなよ!」


「どうしてそんな酷いこと言うの!? 父様なんてハゲてしまえばいい!」


「残念、我がリースト伯爵家はハゲ家系ではない!」


(誰だ、うちの子にハゲなんて罵倒の仕方教えたやつは!)


 今年68歳の父メガエリスだが、白髪混じりとはいえ青みがかった銀色の髪も髭も、わりとふさふさである。



「おデブになっちゃえ!」


「我が家の食生活で肥満体型になどなるわけがない!」


(だーかーらー! 誰なんだ、デブなどとひとを罵ることを教えたやつ! 学園か、学友たちか!?)


 この家は領地では美味しい鮭が獲れ、鶏をはじめとした畜産が盛んで、更に魔法薬のポーション材料の薬草ついでに野菜の栽培もしていて、常に新鮮な食材が手に入る。


 健康的で美味しい料理が多いことでも有名だった。



「えと、えと……父様なんて大っキライなんだから!」


「うぐぅ……最終兵器、きた……」



 腐ってもリースト伯爵家はお貴族様のおうち。


 お育ちのよろしいせいで、罵倒の語彙の少ない息子が最後に繰り出してきた言葉の暴力に、父は崩れ落ちそうになった。


 ハゲとかデブのほうがまだマシだった。


 息子を殴った拳より、「大嫌い」と言われた胸のほうが痛い。




 侍従たちに強引に部屋へ連れて行かれるルシウスを睨みつけるように見送りながら、父メガエリスは胸元を押さえた。



「ルシウスよ……その兄への愛の半分、いや一割でもいい。父にも向けて欲しかったぞ……」



 父メガエリスは歳を取ってから得た息子ふたりを溺愛していた。

 妻も亡くしてしまったから、今や愛する家族は兄と弟、ふたりだけ。



 だが弟のほうが問題だった。


 今年14歳になるのに超が付くほどのブラコン。


 親である父ですら引くほどのブラコン。




「だが、こうでもせねば……あやつは兄の新婚旅行にすら付いて行きかねん」



 それが今回、愛息子をぶん殴ることになってしまったことの発端だった。



『父様、僕も兄さんたちの新婚旅行に一緒に行きたい!』



 それはもう可愛らしいキラッキラの曇りなき眼で当たり前のように言われたとき、気づいた。



 駄目だこの息子。

 いい加減にブラコン矯正しないとヤバい。



 そうして父は泣く泣く拳を振るったというわけである。



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