お嫁さんは逃せない


「まだあるぞ! 夕食後、部屋に新婚夫婦ふたりで引っ込んだ部屋に『兄さん、宿題教えてー?』などと言って乱入してはならぬ! 宿題ぐらいこの父が教えてやるわ!」


「嘘つけ! 父様が学生だったの何十年前ですか、前に聞いたらこっそり執事に確認してたじゃない!」


「う、ぐ、ぐ、だって、それは、間違ったことをお前に教えてはならぬと念には念を入れていただけだー!」


 この息子は口が回るのが厄介だった。


 叱るのも一苦労である。




「とにかく! 朝、新妻が夫を起こす前に寝室に突撃して『兄さんおはよう! 今日の朝食はサーモンサンドだよ楽しみだね!』とお前の兄を起こしに行ってはならぬ! それはお前の義姉になった新妻の役目である!」


「だって、朝一番に兄さんに挨拶したかったのだもの!」


「駄目だ! 特に朝は危険だ、新婚夫婦なのだぞ!?」


「だからなんで!?」


「新婚だからだ、それがすべてだ!!!」



 もう14歳なのだからそこは察せよ、と心底父は思った。



 そう、この下の息子の歳の離れた兄は、昨日が結婚式だった。


 今日から新婚旅行先に向かうから初夜はそちらで済ませるのだろうが、熱々の甘々状態なのは確かだ。


 今朝、まだいつも起きる時刻にはだいぶ早い早朝に、家の侍女が主人の自分を慌てて呼びに来た。

 何事かと思えば「坊っちゃまがお兄様の部屋に突撃しようとなされていて!」ときた。



 まだまだ子供なのはわかっていた。

 14歳なら少しは大人の兆しが見えてきてほしいものだが、いつまでもいつまでも兄にべったり。


 兄弟仲良くしている光景は、父にとっては微笑ましく、目の保養である。



 だが、結婚式の翌日の新婚夫婦の寝室に突撃だけはいただけない!


 こんな面倒くさい弟が周りをうろちょろしていては、新婚早々に離婚の危機だ。



 この子の兄はいわゆる“非モテ”男で、何回も何回も何回もお見合いを繰り返して、ようやくお嫁さんをゲットできたのである。


 決して逃してはならない。


 年老いた父は早く孫の顔が見たかった。



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