君に贈る花の名は

イエスあいこす

君に贈る花の名は

「あー、ドキドキするなぁ。東京だなんて行ったこともないのに」

「大丈夫だって。空気は違うだろうけど、あんだけのでかい都会だぜ?慣れたらここよりは絶対快適だろ」

田舎の中学を卒業した俺たちは、いよいよ門出の時を迎えようとしている。俺は隣町くらいの進学校へ。そして今会話している女子のれんは、スポーツ推薦で東京へと旅立つ。ここから東京までは結構な距離があり、移り住んでしまえばもうそうそう会うことは出来ないだろう。だから友達からは散々「告るなら今のうち」と急かされまくっている訳なのだがそう言われて躊躇いなく言えるほどの度胸は残念ながら持ち合わせていない。

「それもそうかな。でもやっぱり寂しいし、残ってる三日間をおもいっきり楽しもうかな」

「今その内の初日の夕方だし、お前がここを出るのは明後日の早朝だぞ」

「ありゃ、じゃあほとんど後一日だけか……やばっ!?」

「気づいてなかったのかよお前……」

コイツのこういうところ、東京に出る前に矯正してあげるべきではなかろうか。

「じゃあそろそろ帰ろっかな。ちょっと耳貸してよ」

「なんだ?」

わざわざ耳打ちして言うこととはなんだろうか。考察を挟みたかったが、そんな時間など俺に与えず彼女は呟く。

「好きだよ」

「……は!?」

「返事はなる早でねっ」

何が起きたのか分からずに思考が?と?の間をひたすらループする。やっとそれから抜け出したら、今度は起きた現象のヤバさに頭がショートしそうになる。落ち着け、これは多分現実だ。答えは決まってるんだ、あの微妙に遠ざかっていく背中を追いかけなきゃ。

「待ってくれ!」

全力で叫べば声は届く。というか大して遠くもないのだから、軽く声を張れば声は普通に届く。分かっていても心の底から叫びが引っ張り出されて来た。そしてそれに続く第二声は、絶対に聞き逃されては困る。だから無駄だけれども、もっと大きな叫びを、魂の奥底から引っ張り出してやる。

「俺も好きだ!!!」

蓮は歩みを止めてこっちに振り返る。俺の方へ歩いてきて、俯いたまま俺の胸に右手を当てて一言。

「……明日の朝九時、駅来てよ。デート行こ」

「あ、ああ」

そして俯いていた顔を上げ、まっすぐな瞳と笑顔で俺を見つめた。

「また明日ねっ!」



………………


お目目パッチリ、服装バッチリ、ワックスしっかり。己の見た目を考えうる限り最大限に整え、深呼吸して家を出る。今にも心臓が吹っ飛びそうだ。こんな状態じゃ、信号をちゃんと見れているかすら怪しい。でもとりわけ今日は事故るわけにはいかない。今日一回車に轢かれるくらいなら、来月に二回か三回轢かれる方が幾分かマシだ。駅に着いたところで俺は待ち合わせ場所へ向かう。今日はアレをやるためにだいぶ早めに来た。そう、「待った?」「ううん、今来たとこ」というアレだ。しかし……

「おーい!」

「……は?」

そこにはいやがった、蓮が。

「ま、待った?」

「今来たとこだよっ。行こ!」

「お、おう……」

しかもやりたかったことを見事にされてしまった。次は、次こそは……

「でも、どこ行くの?」

「とりあえずアルル行けばなんかあるだろ」

「それもそっか」

そこから俺たちは映画を観て、飯を食って、一日が二十四時間しかないことが惜しいくらいに楽しい時間を過ごした。……あーあ、俺も東京行けないかなぁ。

「はいこれ、あげる」

「なにこれ?」

「ハスだよ。造花だけど、私だと思ってね」

「マジか。愛でまくるわ」

「……それはちょっと妬けちゃうかなぁ」

「ありがとな。俺も花でも贈るよ」

「今から?」

「や、多分行ってからになっちゃうかな。それは勘弁してくれ」

「私そんなせっかちじゃないよ。じっくり選んでね」

「ああ」

「それじゃあ夜も遅いし、そろそろ帰ろっか」

「そうだな、そうしなきゃ。……けど、ちょっと寂しいな」

「これでもう当分会えないもんね。……そだ、高校を卒業して私たちがまた会ったら、キスしよう」

「?」

「そう考えたら、ここから三年頑張れるでしょ?」

「確かに」

俄然高校三年間へのモチベーションが出てきた。多分一瞬で終わるだろう、高校生としての時間は。

「でも寂しいもんは寂しいし、ハグくらいしても良いか?」

「それは……許可します」

許可を得たので、堂々と腕の中に彼女を納める。どんなにすごいシェフが作ったスープだろうと、ここまで俺を芯から暖めてくれはしないと思う。この温もりを、ずっと隣で感じていたい。

「離れたくねぇなぁ……」

そんな気持ちが、声として漏れ出た。

「あと何年生きると思ってるの。三年くらい誤差だよ」

その気持ちに蓮は、そんなプロポーズまがいの言葉で返してくれた。惜しいなんて言葉に入りきらないくらいのすごい気持ちを抱えてはいるものの、ずっとこうしているわけにもいかないから彼女を離す。

「じゃあ、おやすみ。元気でな」

「うん。おやすみ。またね」

……さて。駅前の花屋は確か、この時間でも開いてたよな?



………………



蓮がここを出る当日の早朝。昨日買った花を手に、俺は駅への道を走る。今日こそ本当に事故るわけにはいかない。明日から……や、なんなら蓮への見送りさえ済ませた後だったら死なない範囲でいくらでも轢かれてやるから、今日だけは勘弁してもらいたい。駅に到着したが、そこに蓮の姿はない。もうホームにいるのだろうか。急いで適当な切符を買い、ホームへ駆け込もうとする。しかし俺がホームに入る前に、ホームから何人かが何かを抱えて出てきた。気になってチラッと覗くと、そこには……

「……っ!!!」

痛々しい、恋人の姿があった。

「蓮!!!」

夢中で後を追う。どうしてこんなことになっている?何があったんだ?どうして、よりにもよって蓮なんだ?

「あなたは?」

「この女の子の恋人です。お願いです、一緒に救急車に乗せてください」

「分かりました。どうぞ」

救急車に乗り込んだは良いが、生きた心地がしない。蓮は眠ったまま。心臓は動いているが、その動きはとても微弱で、まさしく風前の灯火だ。

「蓮、死ぬんじゃないぞ……絶対に死んじゃだめだ!」

精一杯の気持ちを乗せた言葉だが、それで動くのは人の心だけ。……蓮の心臓は、動かせなかった。



………………



「……………」

沈黙、もはや言葉が出てこない。どうやら蓮は、電車に轢かれて死んだらしい。目が見えないご老人とぶつかって、落ちてしまったそうだ。幸いご老人の方に怪我はなかったようだが、正直俺はその人を恨んだ。それに正当性なんてのはなくて、俺のこのやり場のないごちゃっとした気持ちのはけ口としてちょうど良かったからとか、本質的にはそんな理由なんだろう。

「……この花、シオンってんだぜ?造花だけどな」

蓮を見送るために買ったこの花。

「多分お前は、自分の名前と同じだからって俺にハスをくれたんだよな?せっかくだから俺も、そのセンスに合わせてやったんだけどな」

ハスは漢字に直せば蓮だし、シオンはそのまま俺の名前の読みだ。きっとそういう意味で、蓮は俺にハスを「私だと思って」とか言って渡したんだと思う。

「でも、なあ。ホントになんなのかなあ。この二つの花言葉ってさ……ホント、なんなんだよ」

この行き場のない想いを、ただただ抱えたまま。二度と目覚めない君の隣から。俺の時間は、非情にも進み始めた。


END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君に贈る花の名は イエスあいこす @yesiqos

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る