第205話 二月です
魔力を回復する黄金のリンゴを手に入れて、ダンジョンでの狩猟と採取が大いに捗るようになった。
黄金のリンゴは十二階層のフロアボスであるシルバーウルフを倒して一週間ほどだけ採取が可能な特別な果実だ。
三十個だけ実っており、採取しても翌日には同じ数のリンゴがリポップしている。
そのリンゴを使った菓子やジュース、ジャムのおかげで、魔法を連続で使っても空腹に悩まされることはなくなった。
食べやすいように、一口サイズの菓子にしてダンジョンに持ち込んでいる。
菓子の他にもリンゴジュースにして楽しんだ。そのジュースにポーションを混ぜると、魔力だけでなく体力も劇的に回復した。
リンゴの皮は乾燥させて、九階層で採取したハーブとブレンドしたアップルティーにして楽しんでいる。
シルバーウルフの毛皮はワイルドウルフと同じく、売りに出すのは難しい。
だが、晶の【錬金】スキルで装備に加工することはできたので、防御力がアップした。
魔石は氷属性なので、十一階層の南国リゾートフィールドを快適に過ごせるように活用してある。
桟橋横の水上コテージのベッドやソファ、ラグなども全てひんやり素材に加工済みだ。
「快適すぎる……。氷の魔石、最高だね!」
ひんやりクッションに頬ずりしながら、うっとりする美沙。
コテージの外は強い陽射しに晒されているが、中は涼しくて居心地がいい。
小型化して床に寝転ぶブランのエアコン魔法の功績だ。
北欧ネコの血を引くノアさんはブランの傍らが快適なようで、どっしりと寄り掛かっている。
(ブランが幸せそうで何よりね)
ノアさんに足蹴にされても喜んでいる下僕体質なブランなので、枕扱いも甘んじて受けている。
極寒の十二階層ではノアさんに嫌がられていたスライムのシアンも、ここでは抱き枕として愛でられていた。
コテージ内で集中して作業をしていた晶が笑顔で手を置いた。
「できました。氷の魔石を加工したタンブラーです」
「わぁ……! すごい、かわいい!」
タンブラーは四人分作ってくれていた。
間違えないようにタンブラーにはそれぞれ別の絵柄が刻まれてある。
「これはノアさん? そっくりでかわいいね」
「ふふっ。ノアさんのタンブラーはカナ兄のです。ミサさんのはシアンの柄にしてみました」
手渡されたタンブラーには小さなスライムのイラストがあった。アルファベットで『MISA』とそれぞれの名前が彫られてある。
「アキラさんのタンブラーはブランなのね。カイは……ひよこ?」
「はい! ニワトリより、ひよこ柄の方が図案として入れやすかったので」
「いいと思う! きっとカイも喜ぶよ」
「ありがとうございます。実はこのタンブラー、氷の魔石を砕いて合成してあるんです」
にこりと微笑む晶に頼まれて、美沙は【アイテムボックス】から卓上ポットとインスタントコーヒーを取り出した。
スプーンでコーヒーの粉末をタンブラーに入れて、お湯をそそぐ。
「ホットコーヒーができたけど……」
「タンブラーに魔力を注いでみてください」
「ん、こうかな? あっ」
「ふふ、成功ですね」
タンブラーの中のホットコーヒーが、美沙が魔力を込めた途端、アイスコーヒーに変化した。
「すごい。アキラさん、天才!」
「ありがとうございます。これでいつでも冷たくて美味しいドリンクを楽しめますね」
「そうだね。これがあれば、氷が欲しい時にブランを呼び付けなくて済むわ」
「ミサさんの手を煩わすこともなくなります」
ブランが氷属性魔法を使えるようになる前は、自宅で作った氷を大量に【アイテムボックス】で持ち運んでいたのだ。
それをずっと申し訳なく思っていたようで、晶の優しさにじんわりする。
「アキラさん紳士すぎない? もう大好き」
「ありがとうございます。私も好きですよ?」
さらりと流して、美麗な微笑でトドメを刺すのはさすがである。
女子校の王子さまは卒業してもイケメンだった。
ティーパックで入れた紅茶もタンブラーに魔力を注げば、あっという間にアイスティーに変化する。
アイスティーにはダンジョン産のハチミツを入れて、スライスレモンを添えて飲むことにした。
ほどよく冷えており、とても美味しい。
お茶請けはパイナップルのパウンドケーキ。
このパイナップルも十一階層で採取したものなので、うっとりと堪能する。
「んーおいしー。幸せすぎる……。南国リゾートフィールドは美食エリアよね」
「果物はもちろん、魚介類も絶品ですからね」
「今日もビッグクラブとビッグシェルをたくさん狩れたから、カニと貝柱を堪能できるよ」
「それは是非ともお刺身で味わいたいですね」
「カニは鍋でもいいと思う」
「ふふ。この階層にいると、つい今が冬だと忘れそうになります」
「そうだね。冬といえば、もう二月になるんだけど……」
そう、今は二月。
十二階層対策にかかりきりだった一月はあっという間に過ぎて、気が付けば二月だった。
豆まきはしなかったけれど、節分には恵方巻きを作って食べた。ダンジョンで入手した新鮮な魚介類を使った、豪華な海鮮恵方巻きだ。
張り切って大量に作ってしまったので、ご近所さんへのお裾分けに大活躍だった。
海鮮恵方巻きを調理するレシピ動画では、助手の名札をぶら下げたノアさんが登場して、こちらもバズっていた。
助手という名目のマスコット役だったが、賢い彼女は己の役割をきちんと理解していたようで、ここぞという時にきっちりとネコさんらしい悪戯を仕掛けてくれた。
タイのお刺身をこっそり失敬し、無造作に放置されていたカップをちょいちょいと前脚で押して落としてみたり。
カップは慌てた奏多が滑り込みで受け止めたおかげで割れずに済んだが、あれはちゃんとギリギリを狙ったのだろうと美沙は確信している。
ともあれ、奏多作の海鮮恵方巻きは絶品だった。
いわしのツミレ汁もしっかり味わい、デザートは恵方ロールケーキ。美味しい節分だった。
「二月のイベントといえば、節分ともうひとつ、あるでしょ? 女子的には外せない、大切なイベントが!」
「はっ……! そうでした、二月はバレンタイン。チョコレートの祭典ですね!」
「そう! 海外からも出稼ぎに有名ショコラティエが日本にたくさんやって来る、素晴らしいチョコのお祭りがあるのよ」
スイーツに目がない二人はもちろんチョコレートも大好物だ。
しかもバレンタイン時期のデパートには普段お目に掛かれない高級ショコラがたくさん店頭に並ぶ、絶好の機会でもある。
「土日祝日は混雑するから、行くなら平日だね」
「スケジュールを空けておきます。頑張りましょうね、ミサさん」
「うん、手分けして買おうね!」
すでに分厚いチョコのカタログは入手してある。あの大行列に並んでチョコレートを買うための資金も用意しなくてはならない。
「大丈夫。秋冬にたんまりマツタケを売って稼いだ資金があるから」
「私も鹿革鞄の売上げがそっくり残っています」
顔を見合わせて、二人はにこりと笑んだ。
都内デパートのチョコレートの祭典は戦場。存分に気になるチョコレートを狩るつもりだった。
「それはそれとして、一応我が家の男子にも用意しないとね」
「そうですね。でも、カイさんはあまり高級チョコには興味がなさそうです」
「うん、ないと思う。フレーバー系のチョコは苦手そうだし。たぶん、駄菓子系のチョコの方が喜びそう……」
その点、奏多は
「カナさんにはお酒に合うチョコレートがいいかなぁ? それとも有名ブランドがいい?」
いつもお世話になっているので、ここは奮発したいところ。
だが、晶はくすりと楽しそうに笑った。
「それも喜びそうだけど、カナ兄はミサさんの手作りチョコレートケーキの方が嬉しいと思いますよ?」
「……そう? じゃあ、一緒にケーキを作ろうか。皆で食べられるように、大きなのを焼こう!」
「…………そうきましたか」
「? え、ダメだった……?」
「いえ、ぜひ一緒に作りましょう。チョコケーキ以外にもたくさん作ってみたいです」
「いいね! 余ってもおやつにすればいいし」
ダンジョンのおかげで、四人ともダイエットを気にすることなく飲食を楽しめるのだ。
「ノアさんたちにもバレンタインにはご馳走を用意してあげるね」
「にゃーん」
さっきまで騒ぐ二人を煩そうに見ていたノアさんが「ご馳走」の一言に敏感に反応する。
顔を見合わせて、美沙と晶は声を出して笑った。
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