第204話 回復薬はリンゴ味

 

 十二階層で採取した黄金のリンゴ。

 魔力回復の効果があることが分かり、ダンジョン探索時のオヤツとして持参することにした。

 色々作ってみよう、ということになり、まずはリンゴのジャムとコンポートを作ってみる。

 それぞれ味見してみて、奏多は思案げに首を傾げた。

 

「文句なしに美味しいけれど、ダンジョンでは食べにくいかしら」

「だなー。ダンジョンでは、ぱぱっと手軽に食いたい」


 スプーンでちまちま食べていた甲斐からもそんな意見が出た。

 お菓子作り担当の美沙と晶は顔を見合わせて相談する。


「なら、一口サイズの焼き菓子がいいかな?」

「リンゴジャムはクッキーに使えばいいと思います」

「アップルパイもいいかも。一口サイズのシンプルなやつ。前にカナさんがたこ焼き器で作ってくれたアレ」

「ああ! 冷凍のパイシートで作った一口パイですね? たしかに、あれは作るのも簡単だし、美味しそうです」


 女子組がパイやクッキーを焼く傍らで、甲斐はリンゴジュースを作ることにしたようだ。

 黄金色のリンゴをひとつ手に取って、ボウルの上で「ふんっ」と力を込めた。

 ブシャァ! と激しい音を立てて、リンゴが粉砕する。片手で握り潰されたリンゴから黄金色の果汁が滴り落ちた。

 その惨状を目にした美沙は冷ややかに幼馴染みを見やった。


「カイ……」

「ありゃ。意外と脆かった?」


 へらり、と笑いながら頭を掻く甲斐。

 晶が興味深そうにボウルの中を覗き込む。


「スキルを使ったんですか、カイさん」

「いや? 普通に搾ったつもりなんだけど」

「ああ……十二階層でシルバーウルフを狩まくったから、私たちレベルが上がっているのよ。特にカイくんは筋力が劇的に上がっているんじゃないかしら?」


 奏多の指摘に、甲斐が顔を輝かせた。

 さっそくステータスを表示して、確認している。


「うおお! 本当だ。体力と攻撃力がAになってる!」


 それはすごい。

 美沙も自身のステータスが気になってしまい、こっそり確認してしまった。


「あ、私は魔力がAになってる! 他はオールDだけど」

「ミサさん、すごいです。私は防御力と俊敏性がBで、他がCですね」


 ステータスに表示されるのは、体力・魔力・攻撃力・防御力・俊敏性のみ。

 今のところ、Aランクが一番上のようだ。一番下が恐らくはF。

 レベル1の時には、美沙は魔力がCだった。俊敏性のみEで他はオールF。


(あの時と比べたら、かなり進歩したよね?)


 晶のステータスは一見地味だが、表示されていない『器用さ』などがあればダントツでSランクだと思う。

 ちなみに奏多は涼しい表情で「私はオールBランク。器用貧乏タイプなのよねぇ」などと謙遜していた。

 

(いや、オールBって一番凄いのでは?)


 さすが奏多だ、と感心する。

 その頼れる我らがリーダーは黄金のリンゴの皮を使ったレシピに挑戦中。

 小鍋ミルクパンでリンゴの皮を煮出して、ティーパックでアップルティーを淹れてくれた。

 

「どうぞ。まずはストレートで」

「……ん、香りが素晴らしいです。爽やかなリンゴの風味がぎゅっと凝縮されていますね」


 ストレートでも充分に美味しかったけれど、ここにダンジョン産のハチミツを加えてみると、劇的に変化した。


「ふわぁ…! すごいです、まるで虹色の紅茶みたい」


 これは文句なしに美味しい。それに、お腹がぽかぽかと温まってきた気がする。


「リンゴの皮にも魔力回復の効果があるみたいね。素晴らしいわ。捨てるところがない」

「カナ兄、これ、リンゴの皮を乾燥させた方がもっと美味しくなると思う」

「アキラちゃんもそう思う? んふふ。残りの皮で試してみるわね」


 乾燥させた果実の皮のみで淹れる、本格的なアップルティー。それは楽しみすぎる。

 

「俺が作ったリンゴジュースも試してみてくれよー」

「うーん。見た目がちょっと……」


 甲斐が片手でブシャァ! したリンゴジュースは果肉がまだ残っていたので、ミキサーにかけた。

 新鮮な100%果汁リンゴジュースの味は抜群だ。市販品よりも濃厚で素晴らしく美味しかった。


「お砂糖なしでも充分甘く感じるね」

「すぐに回復したい時には、このリンゴジュースが一番てっとり早いかも」


 意外にも、リンゴジュースの評価が高かった。これは人数分を搾って是非とも持ち込みたい。


 それから数時間かけてリンゴチップスと焼きリンゴ、リンゴのフィリング入りのパウンドケーキを作った。

 魔力が回復するかどうかを試してみるために、十階層に転移してオークを相手に魔法を試し撃ちする。

 疲れてきたところで、黄金のリンゴのお菓子を口にして、魔力が回復しているかを確認した。

 結果、どのお菓子やジュースでもきっちり魔力が回復することが分かり、ついでに大量のオーク肉を手に入れることができたのだった。



◇◆◇



 翌日は平日だったので、甲斐を覗く三人と三匹とで十二階層に再チャレンジした。

 目的はフロアボスがリポップしているかどうかの確認と、黄金のリンゴの採取だ。

 転移した先には雪景色はなかった。ということは、まだフロアボスは復活していない。


「良かった。雪があると面倒だもんね」

「そうね。またミサちゃんに除雪を頑張ってもらうところだったわ」

「わぁ……リポップしてなくて良かったぁ……」


 美沙の除雪は【アイテムボックス】スキルを使うので魔力は費やさないが、地味に疲れるのだ。

 レベルアップの恩恵で収納量が増えたので、以前よりは楽になったのだが。


 ともあれ、フロアボスがいないのなら、気分はかなり楽になる。

 こちらもレベルアップしたブランが堂々と先頭を闊歩してくれるので、とても頼もしい。

 時折襲ってくるシルバーウルフたちもあっという間に倒していく。

 魔力を回復できる、とっておきのお菓子があるので、美沙も全力で水魔法を放つことができた。

 硬い毛皮も魔力をたっぷりと込めれば、水の刃ウォーターカッターでさくさくと切り刻めるのだ。

 奏多は毒矢で、晶も錬金爆弾でシルバーウルフたちの群れを瞬殺していく。


 小腹が空いたら、リンゴチップスを齧る。

 スライスしたリンゴにレモン汁をかけてオーブンで焼いただけのチップスだ。

 これが意外と美味しい。

 ノアさんは断固として口にしないが、ブランとシアンもお気に入りで、ひと狩りした後にねだってくるようになった。


「美味しいねー。これは止まらなくなる……」

「数は少ないから、ミサちゃん我慢よ」

「はーい」


 ブランが案内してくれて、無事に黄金のリンゴの木に辿り着いた。

 昨日、根こそぎ採取したが、ちゃんとリポップしていた。


「あった! ちゃんと三十個ありますよ、カナさん」

「うふふ。良かったわね。さぁ、全部持って帰るわよぉ!」


 ブランには見張りをお願いして、三人でせっせとリンゴを採取していく。

 高い位置にあるリンゴは、何とノアさんが落としてくれた。するすると器用に木に登ると、ちょいちょいと前脚でリンゴを転がしてくれたのだ。

 美沙は慌ててバスタオルを広げて、木の下でキャッチした。

 スライムのシアンもノアさんの真似をして、木を登って高所のリンゴを採ってきてくれた。

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