第203話 黄金のリンゴ
フロアボスを倒した後の十二階層を探索する。下層へ続く転移扉とは逆方向を目指してみた。
フロアボスは倒したが、普通にシルバーウルフは現れる。先頭を歩くブランがシルバーウルフの群れを蹴散らしていった。
フロアボスを倒して、スキルオーブで【氷属性魔法】を得たブランにとって、シルバーウルフたちの群れはもはや敵ではない。
【咆哮】スキルで威圧し、氷魔法と雷魔法を駆使して、あっという間に倒してしまう。
「ブラン、強くなったね」
十二階層に挑み始めた当初は群れに囲まれると苦労していたのに。
「俺らの出番がないぞ」
「私は楽ができて嬉しいわぁ」
拗ねた様子の甲斐を奏多が宥めている。
美沙は晶と二人でドロップしたアイテムを拾い上げた。魔石と毛皮、牙。
シルバーウルフはブランには申し訳ないが、ワイルドウルフと同じく、あまり稼げない微妙なモンスターだった。
「せめて美味しいお肉の持ち主なら良かったんだけど……」
「オオカミさんのお肉はドロップしないし、多分あまり美味しいものではない気がします」
晶の指摘はもっともだ。
今のところドロップアイテムでは魔石の需要が高い。主に晶とブランの間で争奪戦が起こるほどに。
半分こにしなさい、と奏多に叱られてからは分け合いっこしている。
ブランはレベルアップ目的に魔石を食べ、晶は錬金素材が増えたと大喜びだ。
それなりの距離を進んだけれど、今のところめぼしい収穫はない。
有益そうな果実や薬草のような物はないフィールドなのかと、がっかりした。
美沙が諦めかけた、その時。
「ワフッ!」
ふいにブランが吠えて、皆の注意を引いてくれた。彼がまっすぐ見据える先には、少し小高い丘があり、大きな木が生えている。
立派な枝だが、葉は全て落ちていた。
ぱっと見には枯れ木に見えるが──
「見て。あれは、リンゴ?」
シルエットはリンゴにそっくりだった。
ただし、色が違う。赤く色付いてはいないし、青リンゴとも違った。
「黄色? いや、金色っぽいよな、これ」
甲斐が不思議そうに首を捻る。
枯れ枝に二十個ほど実った、黄金色のリンゴ。
てっきり枯れてしまったのかと思いきや、捥いで確認してみたが、ずしりと重くて瑞々しい。
美沙は顔を近付けて、瞳を細めた。
「リンゴの香りがする」
「こんな色のリンゴがあるんですね」
「私にも見せてちょうだい」
「どうぞ、カナさん」
手にしたリンゴを鑑定した奏多が目の色を変えた。
「黄金のリンゴ。食用、美味。──食べると、魔力を回復する」
これまで採取してきた食材にはなかった鑑定結果に、皆はぎょっとした。
まじまじと採取したリンゴを見下ろす。
「マジか!」
「魔力を回復するリンゴ……。それがあれば、ダンジョンの探索も捗るんじゃない?」
「どんな味がするんでしょう」
興味は尽きないが、検証は帰ってからにすることにした。
「とりあえず、いま木になっている分は全部確保ね!」
「だな。あ、でも手が届かない場所が……」
大きなリンゴの木なので、てっぺん近くには届きそうにない。残念そうな甲斐に向けて、美沙はにやりと笑ってみせた。
「ふっふっふ。こんなこともあろうかと!」
じゃん、と【アイテムボックス】から脚立を取り出した。山持ち農家の必需品だ。
頑丈でしっかり安定している優れものなので、黄金のリンゴも採り放題。
「って、納屋の中の道具を収納スキルに放り込んでいただけだろ」
「えへへ。バレちゃった? でも、おかげでこういう時は便利なのよねー」
「ミサさんがいると、遭難したとしても1ヶ月くらいは平気で生き抜けそうです」
甲斐との軽口に、晶がくすくすと笑いながら参戦する。
「それは自信があるかも。衣食住揃っているもの。1ヶ月以上、快適に暮らせると思う」
飲料水に食料、衣服だけでなく、何せ安全で快適な
バスハウスが設置できない場所でも、テントがある。
晶が作ってくれたコットに寝袋、ブランケットも【アイテムボックス】には収納してあるので、たとえ樹海で遭難してもぐっすり眠れそうだった。
「このまま異世界に転移しちゃっても、少しの間はどうにかなる自信があるわ」
「まぁな。俺たちはスキルや魔法が使えるし、物資持ちのミサがいたらそこそこ生き抜けそうではある」
「何の話よ、貴方たち。ほら、リンゴも全部採取したから、そろそろ帰りましょ」
ウキウキしながら、確保したリンゴを手渡してくる奏多。
そんなに黄金のリンゴの味が気になるのだろうか。いや、彼の場合は調理法を考えて楽しんでいるのかもしれない。
美沙は大人しくリンゴを受け取って、そのまま【アイテムボックス】に収納した。
◇◆◇
同じ距離を歩いて帰るのは面倒だったので、転移扉まで軽トラでかっ飛ばした。
襲い掛かってくるシルバーウルフたちの対処はブランに任せて、先に帰ることに。
奏多だけでなく、晶も黄金のリンゴに夢中だったので、北条兄妹のために速やかに帰宅した。
そうして、さっそくの味見タイムだ。
居間の掘り炬燵に集まり、綺麗に洗ったリンゴを食べてみる。
まずは甲斐がひょいっとリンゴを掴んで、皮ごと齧り付いた。
皮を剥こうと果物ナイフを手にした美沙が呆れたように幼馴染みを見上げる。
勢いよく一口を食べた甲斐は眉を寄せた。
「すっぱい。それに、結構硬いな、これ」
「青リンゴに近い種類なのかしらね?」
奏多と晶は美沙が皮を剥いて食べやすいようにカットしたリンゴを食べてくれた。
美沙もひとつ、口にする。爽やかな香りを堪能しつつ噛み締めると酸味の強い果汁が口の中に広がった。
「ほんとだ。ダンジョン果樹園のリンゴよりも酸っぱいね。でも瑞々しくて、嫌いじゃないかも」
美沙の感想に晶も頷いている。
「そうですね。そのまま食べるよりも、加工に向いているリンゴだと思います。ジャムにしたら美味しそう」
「リンゴ飴にするには、ちょっと大きすぎるかしら?」
奏多も味見しながら思案顔。
口の中のリンゴを咀嚼して飲み込んでしばらくすると、お腹がじんわりと温かい。
「……もしかして、魔力が回復した?」
「したした! ダンジョンで暴れて、小腹が空いていたのに落ち着いたぞ!」
興奮した様子を隠さず、甲斐がはしゃいでいる。
あいにくステータスを開いても、魔力量などの数値は分からないので、実際どれだけ回復したかは分からないが、魔法を使った後の空腹が癒されるなら大歓迎だ。
「このリンゴは常に持ち歩いておきたいな」
「今日収穫できたのは二十個だけだったよ? 明日またリポップしているかどうか、確認に行こうか」
「それがいいわね。いざという時用になるべく確保しておきたいわ」
方針が決まったところで、リンゴを使ったお菓子作りに移行する。
「まずは、リンゴのジャムを作りたいなー。火を通しても魔力は回復するのかどうか、分かりやすいでしょ?」
実はジャムの中でもリンゴが好物の美沙がそうプレゼンして、ジャム作りを担当した。
いちょう切りにしたリンゴをことこと、お砂糖とレモン果汁を足して煮込んでいく。
フードプロセッサーでみじん切りにするより、果肉の残ったジャムの方が好みの味なのでリンゴの形は残して柔らかく煮込んだ。
アクを取り、弱火で三十分ほど煮込むと完成だ。
冷えるのを待ちきれず、スプーンですくって味見する。
「んん…ッ! さいっこーに美味しい!」
「ミサさん、私にも一口!」
スプーンですくって、ぱくり。
晶の顔がぱあっと輝いた。
「ほどよい酸味とまろやかな甘さ……。とっても美味しいです」
「あら、ほんと。鑑定してみたけど、加熱しても効果は落ちないようね。これは腕が鳴るわねぇ?」
ふふふ、と三人分の笑い声がキッチンに響いた。
アップルパイにタルトタタン、焼きリンゴにコンポート。思い付くだけでも、食べたいレシピはたくさんある。
ダンジョン攻略の際のおやつ作りなので、堂々とたくさん作れるのが嬉しい。
「さ、作るわよぉ!」
「はぁーい!」
◆◆◆
更新遅くなりました…!
ギフトいつもありがとうございます😊
異世界転生令嬢も追いかけてくださって感謝です!
新作連載始めました。
『魔法のトランクと異世界暮らし』
大魔女だった曾祖母の遺産、魔法の家とトランクを受け継いだ女の子が異世界に移住するお話です。ほのぼのスローライフ✨
よろしくお願いします!
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