第202話 氷魔法は便利です
シルバーウルフのブランが【氷属性魔法】を覚えた。
十二階層のフロアボスからドロップしたスキルオーブから得た、新しい魔法だ。
「リクくんと同じ属性の魔法よね?」
「え、リクって雪を降らせることができるのか?」
驚く甲斐を呆れたように見やる。
「かき氷を作ろうとして、雪を創り出したって聞いたわよ? リクくんもできると思う」
「氷を作っているところしか見たことなかったわ……そうかー。どっちにしろ、夏には重宝しそうな魔法だよな」
「それはそう。十一階層ではたくさん働いてもらいたいところね」
「ワフッ?」
びくり、と肩を揺らすブラン。
つつ、とすり寄ってその耳元に美沙は顔を寄せた。
「あのね、ブラン。ネコさんには暑さは大敵なの。特にノアさんは大型の長毛種でしょ? 北欧猫の血を引いているのよ。つまり……」
「ノアさんのためにも頑張ってクーラー係をお願いします」
真剣な表情で晶もお願いしてくれた。
ノアさんも特に否定することなく、泰然と座っている。やはり十一階層の南国フィールドは彼女にも辛いのだろう。
オオカミは暑い国より寒さの厳しい国に生息するイメージがある。
ブランはモンスターなので当てはまらないかもしれないけれど、夏場や十一階層では日陰でバテている姿をよく見かけた。
「氷を作ってくれるのもありがたいけど、冷気で冷やしてくれたら快適になってノアさんも喜んでくれそうだよね?」
ノアさんの喉元をくすぐりながら尋ねると、愛らしく「ナーン」と鳴かれた。
◇◆◇
張り切ったブランは何度か練習を重ねて、エアコン魔法を覚えてくれた。粉雪混じりの冷気を呼び寄せて、ひんやりと涼ませてくれる。
「涼しくて最高! ブラン天才!」
「あー……オーシャンビューを眺めながら涼むの天国だわ。ありがとなーブラン」
十二階層のフロアボスを倒して、ドロップアイテムを入手した四人と三匹は十一階層でしばらくのんびりと過ごすことにした。
冷気が逃げにくいバスハウス内で、ブランに氷魔法を使ってもらっている。
快適すぎて、つい微睡んでしまった。
「ミサちゃん、夕食ができたわよー」
優しく声を掛けられて、美沙は飛び起きた。
「はっ……⁉︎ え、いま何時……」
「十八時よ。よく眠っていたわね」
くすくすと笑う奏多。
慌てて窓の外を確認すると、すっかり夕焼け色に染まった空が目に入った。
「不覚……ッ。起こしてくださいよぉ、カナさん」
「だって、ぐっすりと気持ち良さそうに寝ていたもの」
「うー……お手伝いできなくてごめんなさい」
「いいわよ。今日はささっと手抜き飯にしちゃったし」
奏多に続いてバスから降りる。
夕食はタープの下で食べるようだ。
「お、ミサ。やっと起きたのか」
「疲れましたもんね。私もさっき起きたばかりです」
「うう……面目ない」
様子見のつもりが、結局フロアボスまで倒してしまったのだ。
道中で襲いかかってくるシルバーウルフたちも迎撃したので、自分では気付かなかったけれど、相当疲れが溜まっていたようだ。
「気にしないの。さ、食べましょう」
奏多にエスコートされて席に着いた。
テーブルには大皿で刺身が盛り付けられている。
「お魚……」
「ああ、シアンが水魔法の網で捕まえてくれたのよ」
「ウニや牡蠣は俺が獲ってきた!」
なかなかにゴージャスな刺身盛りだ。
眺めていると、きゅうとお腹が鳴った。
「はい、どうぞ。タイの炊き込みご飯よ」
「わぁ……! 美味しそうです」
土鍋で炊いたご飯は白だしの優しい香りがして、食欲を掻き立てた。
タイのあら汁を一口味わって、さっそくタイ飯を頬張った。
白だしと醤油で味付けされたシンプルな炊き込みご飯だが、ほくほくのタイの身がとても美味しい。
ほっとする味だと思った。
「あら汁と炊き込みご飯、しみるー」
「分かります。おうちご飯って感じがしますよね。安心する味です」
肉料理ももちろん大好きだけど、疲れた日にはこういう優しい味わいのご飯はしみじみ美味しいと思える。
新鮮な刺身も抜群に美味しい。
こんな味に慣れてしまったら、外食で口にする刺身に不満を覚えそうだ。
生牡蠣に生ウニなんて、いくらでも食べられる。
「お刺身用の氷のお皿はなんとブランが作ってくれたのよぉ? すごいわよね!」
「ブランが?」
てっきりガラスの器かと思いきや、なんと氷製の平皿だった。
どうりで冷えていて美味しいお刺身だと思ったら、まさか本物の氷だったとは。
「すごいね。もう使いこなせてるんだ」
「ワフッ!」
誇らしげに返事をしてくれるブランの餌皿も自作の氷らしい。
彼もご相伴にあずかっているようで、皿の中身はワイルドディア肉とお刺身が山盛りだ。
「鹿刺し……美味しそう……」
綺麗な赤身肉に、こくりと喉が鳴る。
ついつい眺めてしまっていると、奏多に苦笑されてしまった。
「さすがにジビエの生肉は……ってこれまでは許可を出さなかったけれど。生卵や生牡蠣が大丈夫なら、生肉も食べられるかもしれないわね」
「おお……! マジか、カナさん!」
わっ、と歓声が上がる。
レバ刺しが好物の甲斐は大喜びだ。
ユッケに目がない女子二人も目の色を変えて奏多を見つめた。
「落ち着きなさいな。今日はダメよ。家に帰ってから、まずは検証をしましょう」
「はーい!」
帰宅後のお楽しみができたところで、夕食を再開だ。
タイの刺身が少し残ったので、炊き込みご飯にのせて、出汁をかけて食べることにした。
熱々の出汁で刺身を湯通しすると、さっぱりと食べられる。
「んん…っ、これはアリですね。すごく美味しい。すごーく豪華な出汁茶漬けだ」
夢中で茶碗の中身を平らげた。
食欲が落ちる夏には最適なメニューだ。皆、気に入ったようで、おかわりを熱望している。
ノアさんも氷皿にお刺身をお裾分けしてもらい、ご機嫌で味わっていた。
彼女も十二階層では大活躍していたので、デザートのおやつも弾んでもらっている。
「それにしても、アキラさんが作った毒の威力はすごかったね。水と混ぜて頭からかけただけで倒せちゃったもの」
攻撃用の水魔法ではなく、単なる
使う魔力も省エネできそうだし、毒を併用するのはありかもしれない。
「私も毒矢の威力には驚いちゃったわ。あれはいいわね。ブランに当てないように気を付けないといけないけれど」
奏多も妹作の毒を評価しているようだ。
ただ、彼の言う通りにブランを交えた乱戦では使うのに注意が必要だろう。
「もう少し安全な毒も作れないか、試してみますね」
その夜は皆、疲れていたので早めに就寝した。バスハウスの二段ベッドに潜り込み、ブランに氷魔法をお願いして。
おかげで快適に、ぐっすりと熟睡できた。
◇◆◇
翌朝、フロアボスを倒した十二階層の様子見に四人と三匹で向かった。
フロアボスを倒すと、リポップまでには通常一週間は必要なはずだが、翌日に復活している場合もあるので、その確認だ。
転移扉を通って、十二階層に到着した美沙は目の前の光景に呆気に取られた。
「雪が、ない……?」
セーフティエリアとその周辺は美沙がせっせと除雪したので、雪がないのは当然だったが──
「フロアボスを倒したら、一面の雪が消えるのか」
感心したように甲斐が言う。
「もしかして、あの雪はフロアボスの氷魔法で作られたものだったのかもしれないわね」
そのフロアボスを倒したので、雪が消えてしまったのだろう。
ひんやり肌寒いが、昨日までの凍えるような寒さは感じない。
「なら、他の方角も探索してみませんか? 何か面白い素材が手に入るかもしれません」
「そうね。アキラちゃんの錬金素材はもちろん、ミサちゃんが喜びそうな果実もあるかもしれないし。探してみましょうか」
ブランを先頭に、十二階層の探索隊が出発する。いつもはフロアボスのいる北を目指すところだが、今日は逆方向の南に向かう。
「美味しい果実があると嬉しいな」
「ふふ。楽しみですね」
時折襲いかかってくるシルバーウルフたちをさくさく倒しながら、四人と三匹は軽い足取りで探索を楽しんだ。
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ギフトありがとうございます!
『ダンジョン付き古民家シェアハウス』の3巻の刊行が決まりました。
これも皆さんの応援のおかげです!
ありがとうございます✨
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