第200話 ばくだんです


 試行錯誤の末、我が家の錬金術師はいくつかの投擲用武器を作り上げた。

 まずは刺激の強いスパイスを使った対モンスター用のスプレー。【光魔法】の閃光攻撃よりもダメージを与えられそうだったが、味方にも誤爆しそうとのことで却下された。

 当然だ。人はもちろん、こちらにはノアさんやブランがいるのだ。

 目潰しだけの閃光弾はそれこそ【光魔法】があれば不要なので、これも開発前に却下。

 

 結局、採用されたのは二点。

 衝撃を与えると爆発する爆弾ボールと毒のボールだ。大きさはソフトボールサイズで、投げやすそうだとは思う。


「爆弾は分かるけど、毒のボールって……?」


 もう既に響きが怖い。

 おそるおそる尋ねると、晶が素敵な笑顔で教えてくれた。


「九階層の湿原で、薬草をたくさん採取しましたよね? あの中に特別な組み合わせで強力な毒に変化する薬草があったんです」

「……そんな物騒な薬草があったの⁉︎」

「落ち着いて、ミサちゃん。薬と毒は表裏一体よ。使いようによって薬は毒となり、毒は薬になるもの」


 奏多に宥められて、どうにか落ち着いた。晶が申し訳なさそうな表情で説明してくれる。


「ごめんなさい。驚かせてしまいましたね。普通に生えている薬草に危険はありません。それぞれ違う場所に生息する五種類の薬草を【錬金】スキルで調合して、初めて毒に変化するので、安心してください」

「そうなんだね。良かった……」


 ダンジョン内に無造作に毒草が生えているのかと、勝手に思い込んでしまっていた。

 美沙にとってダンジョンでの採取は既に実益と趣味と両方を兼ねているので、危機感を覚えたのだ。


「その毒って、かなり強いのか?」


 興味をそそられたのか、甲斐が身を乗り出した。


「強いです。ダンジョン内で試してみましたが、スライム以外は瞬殺でした」

「それは凄いな」

「あの巨体のキラーベアも即死したわ」


 どうやら、兄妹で実験していたようだ。

 鑑定スキルで安全性を確認しつつ、試していたらしい。


「安心してね。この毒はスライムもだけど、人間と普通の動物に対しては無毒だったわ。効果があるのはダンジョンモンスターだけ」

「本当ですか、カナさん。それは最強の武器になりますね!」


 万一、誤爆したとしても、それなら安心だ。


「あ、でもブランは危険だね。解毒剤はあるの?」

「作れるとは思いますが、それよりも【解毒キュア】を使った方が早くて確実だと思います」

「そういえば、アキラさんには回復魔法があった……!」


 ならば、安心して毒爆弾を使えそうだ。

 何やら自信に満ちた表情で、晶が胸を張った。


「実は私、中学まではソフトボールをしていたんです。投げるのは得意なんですよ」

「だからソフトボールサイズなのか」

「ふふふ。こっちの普通の爆弾も威力はそれなりにありますよ」


 毒のボールは傷を負った場所や顔面に投げ付ける必要があるようだが、爆弾はどこにぶつけてもいいらしい。

 

「へぇ! すごいな。試してみたい」

「試すのはいいけど……まずは練習してからでお願い」

「なんだよ、ミサ。そんなに信用ないかよ」

「ない。調子に乗って暴投する未来しか見えない」

「ひでぇ! ……でも、まぁ確かに爆弾は危ないよな。まずは普通のボールでぶつける練習するわ」


 第一回目の十二階層ダンジョンキャンプから帰宅して、すぐに晶はこれらの投擲武器を作成した。

 今週末もまたダンジョンで過ごす予定だ。

 それまでに、二種類の爆弾と投擲の練習をすることになった。



◇◆◇



 第二回十二階層ダンジョンキャンプの開催だ。

 二度目ともなれば拠点の設置も慣れたもの。

 セーフティエリア内の積雪を【アイテムボックス】に収納し、バスハウスを取り出した。

 タープやテントの設置は甲斐に任せて、荷物を地面に並べていく。


「今回はセーフティエリアの外も除雪しておこうかな」


 なにせ、このフィールドに出没するのはシルバーウルフ。白銀色の美しい毛並みは雪に紛れてしまうので、見通しがいい方が安心だ。

 ブランに見張りをしてもらいながら、さくさくと雪を【アイテムボックス】に収納する。

 積雪を収納しまくったおかげで、どうやらスキルレベルも上がったようだ。


「一度に収納できるのが1メートル四方の雪だったのに、2メートル四方を収納できるようになったみたい」


 一気に二倍、収納できるのはありがたい。


「これは収納容量も増えたかも!」


 今現在、どのくらいの収納容量があるのか、もう本人でさえ把握できていない。

 相当量の物資を収納しているが、まだ全然余裕がある気がする。

 軽トラやバスハウス程度では、収納空間を圧迫することもない。

 かなりの量の積雪や10トンくらいの水を収納しているが、負担は全く感じないし、スキルを得たばかりの頃と比べても、「もう入らない」といった感覚は覚えなかった。


「……嬉しくなって、ついつい頑張りすぎちゃった?」


 ふと気付くと、セーフティエリア前の積雪をかなりの量を除雪してしまっていた。

 

「うん、ここまで視界が広がったら、余裕を持って対峙できそうよね」


 一面の銀世界が消え、地面が見える。

 雪がないなら、ノアさんの【土魔法】も使いやすいだろう。


「ミサ、薪ストーブを出してくれ」

「はーい!」


 甲斐に呼ばれて、拠点のゲルテントに向かった。



◇◆◇



 無事に拠点を設置して、それぞれ作業をしつつ、合間にシルバーウルフを倒した。

 すっかり囮役が身にしみついた小型化したブランが『釣って』きた群れを、皆で攻撃する。

 今回は晶が作った二種類のソフトボール爆弾の効果を試すことにした。


 まずはシルバーウルフたちの足止めが必要。

 いつものように晶の【閃光】で目眩しをするのかと思いきや、この日はブランが【咆哮】スキルを発動してくれた。

 空気がビリビリと震える。

 仲間である自分たちはスキルの対象外としてくれているはずなのに、衝撃に息を呑んだ。

 鳥肌がすごい。両腕を抱き締めるようにして深呼吸すると、ようやく落ち着けた。

 ブランの【咆哮】スキルを直接叩き付けられたシルバーウルフたちは立ち尽くしたり、腰を抜かす個体が何匹か。気の弱そうな一匹などは地面に倒れて痙攣している。ショック症状のようだ。


「行け、アキラさん!」

「はいっ!」


 甲斐に背を押されて、我に返った晶がソフトボール爆弾をシルバーウルフ目掛けて投げ付けた。

 まずは、特製の毒ボールだ。

 ソフトボール部で活躍していたとの自己申告通りに、狙いどおりに顔面にぶつけることができた。

 硬そうに見えたボールだが、ぶつかった瞬間、まるで生卵のようにくしゃりと割れる。


「ギャン!」


 甲高い悲鳴を上げると、そのシルバーウルフはもがき苦しんだ。

 晶は次々とボールを投げていく。三匹ほどを毒のボールで倒すと、次は爆弾ボールを取り出した。

 これは重なるように立ち尽くしていた二匹に向けて投げ付ける。

 二匹のちょうど足元に落下したボールはドン、と低い音で空気を震わせると、激しく弾けた。

 文字通り、空を飛ぶ二匹。

 セーフティエリア前にぼとりと落ちた二匹はズタボロだ。淡く光ってドロップアイテムに変化する。


「うわぁ……」

「すげぇな、爆弾の威力」

「かなり控えめに調整したつもりなんですが……」

「あれで?」


 十階層のオークが棲息する洞窟フィールドで見つけた鉱石が、爆弾の原材料らしいが──


「ダンジョン産の鉱石、こわい……」

「いや、薬草もこわいだろ。三匹とも痙攣してすぐにドロップアイテムに変わったぞ」

「ふえぇ」


 最後に一匹だけ、ブランの【咆哮】スキルに怯えて失神したシルバーウルフだけが残っている。


「えっと、トドメさします……?」


 遠慮がちに晶に尋ねられて、咄嗟に返答に困っていると、奏多が代わりに手を挙げてくれた。


「私がやってもいい?」

「もちろん」

「ありがと。これを試してみたかったのよ」


 そう言って、奏多がポケットから取り出したのはガラスの小瓶だ。


「ブランは離れていてね?」

「カナさん、それはもしや……」

「アキラちゃんが作った、例の毒よ。矢にも使えるか試してみたくて」


 毒に浸した矢尻を向けて、無造作に放つ。

 動く獲物さえ射落とせるほどに腕を上げた奏多だ。意識のないシルバーウルフなど、的とかわらない。見事に射抜くと、ドロップアイテムに変えた。


「こっちも瞬殺ね」

「……これはすごい武器が増えちゃった…?」


 


◆◆◆


ギフトありがとうございます!


◆◆◆





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る