第199話 十二階層探索 5


 ブランが囮になり、セーフティエリア前まで引き連れてきてくれたシルバーウルフは全部で七匹。

 牙を剥き出しにして低く唸る姿は恐ろしいが、ここはセーフティエリア。

 物理的攻撃はもちろん、魔法攻撃も弾いてくれる安心安全な拠点なのだ。


「光魔法を使います!」


 まずは晶が目潰しの魔法を放つ。

 悲鳴を上げるシルバーウルフを狙って、それぞれが攻撃を仕掛けた。

 甲斐は炎の矢ファイアアローを、奏多は風の矢ウインドアローを狙い撃つ。

 美沙もめいっぱい魔力を込めた水の刃ウォーターカッターをぶつけた。

 前回は胴体を狙って仕留め損ねたので、今度は着実に倒すため、頭部に放つ。


「クビ、落ちろ……!」


 我ながら物騒な発言だが、どうせなら一息に命を奪った方がまだ優しいはず。

 たっぷりと魔力を込めたおかげで、狙い撃った水の刃ウォーターカッターは見事にシルバーウルフの首を落とすことに成功した。

 甲斐と奏多も見事に一匹ずつ倒している。

 ブランは小型化を瞬時に解いて、元の姿であっという間に二匹の首元を引き裂いていた。さすがの貫禄だ。

 我が家のアイドルにゃんこのノアさんもセーフティエリア内から鋭く尖らせた石礫いしつぶてを飛ばして、シルバーウルフの頭部を貫いている。

 

「最後の一匹は……えっ、シアン⁉︎」

「おい、危ないぞ!」


 ラストの一匹に向かっていくのは、なんとスライムのシアンだった。

 シルバーウルフと対峙すると、簡単に踏み潰せそうなほどに、その体格差は著しい。

 慌てて制止しようと声を掛けたが、勇ましく立ち向かっていく。


「ノアさん、止めてください!」

「ノアっ!」


 晶と奏多が血相を変えて愛猫に訴えるが、当のノアさんは静かにシアンを見守る姿勢のようだ。

 なぜか、ブランもセーフティエリアに戻って、ノアさんの傍らでお座りしている。


(ぷちってされちゃう……!)


 焦る美沙の目前で、シルバーウルフがスライムを嘲るように見下ろした。

 邪魔だ、とでもいうようにその太い前脚で弾き飛ばそうとして。


「ギャワンッ!」


 悲鳴を上げた。

 なんと、シアンは二十匹ほどに分裂し、シルバーウルフを囲むなり、酸を飛ばし始めたのだ。

 ジュッ! 毛皮が焦げるような音と匂いの後、苦鳴が続く。

 スライムの酸攻撃はシルバーウルフの強靭な毛皮も溶かせてしまうようだ。

 それが四方八方から一斉に酸を放ってくるのだ。

 毛皮を溶かされたシルバーウルフは恰好の的だった。もはや身を守る盾はなく、再び放たれた酸により、皮膚が溶けていく。

 内臓まで到達したようで、やがて血反吐を吐きながら倒れて、痙攣した。


「……シアンって強かったんだね?」


 呆然と見守ってしまった美沙がぽつりとつぶやく。

 瀕死の状態のシルバーウルフに、本隊のシアンが近付き、顔面に向けてトドメの酸攻撃。

 甲斐が眉間にシワを寄せ、口元を手で覆っている。


「えっぐ。骨が見えてるぞ、これ」

「言わないで。想像しちゃうから!」


 シアンがトドメを刺す瞬間、顔を背けたので惨劇の結果は幸いにも目にしないで済んだ。

 ホラーやスプラッタ映画は平気だが、実物は勘弁してほしい。


「シアンが強いことを、ノアさんは知っていたんですね」

「にゃーん」


 嗜めるような口調の晶に、ノアさんは可愛らしい声で鳴くと、すり寄って誤魔化している。

 大丈夫だったでしょう?

 翡翠色の瞳はそう訴えているようで、晶も奏多も仕方なさそうに嘆息した。


「まぁ、でも頼れる戦力が増えたのは正直、助かるよな」

「そうね。四匹くらいなら余裕で倒せるけど、七匹だとちょっと私たちだけだと厳しそうだもの」

「なら、今後はシアンにも手伝ってもらうことにしましょう。もちろん、無理はしない範囲でね?」


 奏多がつん、とスライムのやわらかボディをつつくと、ゆったりと上下に揺れた。

 本人シアン的にはやる気に溢れてそう。

 戦力が増えたと喜んでいたが、一人だけ意気消沈していた。晶だ。


「私だけ足手まといです……」


 しょんぼりと肩を落とす晶を、美沙は慌てて宥めた。


「そんなことないよっ? 最初の目潰し攻撃があるからこそ、私たちの魔法攻撃も当てることができるんだから」

「そうよ。とっても助かっているんだから、気にしないの。適材適所よ」


 優しく肩を抱いて、言い聞かせる奏多。

 だが、晶は浮かない表情だ。


「攻撃力不足が気になるなら、それを補う武器を作ればいいんじゃないか?」


 そう指摘したのは、甲斐。晶がぱっと顔を上げた。

 先程までの絶望に満ちた表情はすっかり消え去っており、むしろ希望に満ちている。


「アキラさん……?」


 おそるおそる問い掛けてみるが、耳に入った様子はない。


「その手がありましたか……!」

「な? 前にさー、ノアさんの石礫いしつぶての攻撃力を羨ましがる俺に、投擲武器を作ろうかって言ってくれたじゃん? そんな武器を自分用に作ればいいと思ってさ」

「そうですよね。何も、攻撃に向いていない光魔法に固執する必要はない……」

「そうそう。アキラさんにはすげースキルがあるだろ? 錬金術でなんか、こう…カッコよくて強い武器を作ろうぜ!」

「はい! 作ります!」


 モノ作り担当の二人が何やら盛り上がっている。

 美沙はおそるおそる、奏多を振り返った。


「カナさん、いいんですか? あれ、放っておいたら暴走しそうですけど……」

「止めても無駄なのよね、あれ。私たちにできることは、せめて威力を弱めさせることくらいかしら……」

「強い武器を作るのが目的なのに、威力を弱めさせるとは」


 だが、奏多の懸念ももっともだ。

 彼女の錬金術はスキルを鍛えまくったため、かなりの腕前に育っている。

 本気を出した晶が作り出す錬金武器を思うと、背筋がひんやりした。


「そうですね……。とりあえず、こっちにまでダメージがこない程度の攻撃力になるよう頑張って誘導しましょうか」


 張り切った二人の様子から、爆弾のような危険な武器を作りかねない。

 あったら便利だけど、自爆の危険があるものは遠慮してほしかった。

 奏多はふう、とため息を吐くと、手を叩いて二人の意識を逸らした。


「さ、ドロップアイテムを拾って、食事にしましょう」


 食事、と耳にして甲斐がぱあっと顔を輝かせた。


「おう! すぐに拾い集めてくる!」

「アキラさん、今日はクリームシチューとミートボールだよ。しかもデザートには、焼きりんご!」

「カイさん、私も手伝います」


 焼きりんごの餌に食い付いた晶をやれやれと見守る。

 シルバーウルフのドロップアイテムである魔石と毛皮、牙などを拾っては歓声を上げていた。どれも素材として優秀なのだろう。

 氷属性の魔石は今回もブランと山分けしていた。ブランは貰った魔石を噛み砕いて飲み込んでいる。

 まだ進化する様子はないが、今後に期待だ。


 血まみれだった地面は、倒したモンスターがドロップアイテムに変化すると同時に元に戻った。

 後片付けをしなくて良いので、このシステムには感謝だ。血飛沫を浴びても、少し我慢すれば元通りになるので。


 とはいえ、何となく気分的に手は洗いたい。晶が皆に浄化魔法クリーンをかけてくれたので、安心して食事を楽しむことができた。



◆◇◆



 十二階層での初めての冬キャンプ。

 暖房対策は万全だが、せっかくなので十階層の露天風呂で温まることにした。

 転移扉で移動して、水着姿で湯を堪能する。

 体の芯まで露天風呂で温まったので、今夜もよく眠れそうだ。


 結局、バスハウスはやめて、薪ストーブで快適なゲルテントで眠ることになった。

 以前に作ったコットだと狭すぎるので、毛皮を敷き詰めた床に布団を敷いていく。


「ポイントに交換するしか用途のなかったワイルドウルフの毛皮が役に立つなんて!」

「触り心地は良くないけど、地面からの冷え対策にはなるな」


 お布団セットは【アイテムボックス】に揃っている。

 ダンジョン素材産の羽毛布団もあるし、ワイルドシープの羊毛を編み込んだ毛布を追加で使えば、ぬくぬくだ。

 火鉢を使ったコタツはノアさんのお気に入りになったようで、奏多が呼んでも出てこない。

 炭火は消して、換気はしているので大丈夫だとは思うが、念のためにブランに見張りをお願いした。


「ランタンはひとつだけ点けておくわよ?」 

「はーい」


 奏多が声を掛けて、他のランタンを消していく。ひとつだけ残したのは、トイレ対策だ。

 ぬくぬくの羽毛布団に潜り込むと、あっという間に睡魔に囚われた。

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