第198話 十二階層探索 4


 お正月休み中に断念した十二階層の攻略はのんびり進めることにして、本日は冬キャンを満喫していた。

 休みが明けてしばらくは忙しく過ごしていたので、久しぶりの週末ダンジョンキャンプである。


 転移したすぐ先のセーフティエリア内の積雪は美沙が【アイテムボックス】に収納したので、テントやタープも余裕で設置できる。

 転移扉を中心に、半径十五メートル四方が十二階層のセーフティエリアだ。

 これだけの広さがあれば、拠点に使うには充分だったので、美沙は嬉々としてバスハウスやゲルテントなどを設置した。

 つい先日まで、十一階層の南の島でリゾート気分を楽しんでいたのが嘘みたいに、今はどれも冬仕様に衣替えしている。

 バスハウス内のファブリック類もひんやり素材から、ぬくぬく素材に総入れ替えだ。

 北条兄妹が頑張ってくれたので、上質の羽毛布団は人数分揃っている。これがあれば、夜もぐっすり眠れるだろう。

 とはいえ、甲斐以外は皆、冬のキャンプは初心者だ。アウトドアに関してはうっすらとした知識しかないので、不安しかない。

 心細くなった美沙は、小型ドラム缶で焚き火をする甲斐の隣に座った。

 

「冬キャンって、すごーく寒そうなイメージがあるけど大丈夫? 凍えちゃわない?」

「ちゃんと準備をしておけば、むしろ快適に過ごせると思うぞ」


 サバイバルキャンプを趣味にしていた幼馴染みは自信に満ちた表情で胸を張る。

 今回は甲斐の助言をもとに、拠点を整えた。

 バスハウスは眠る際だけに利用することにして、休憩場を兼ねた作業場としてゲルテントを使うことにしたのだ。

 

「冷えは足元からくるからな」


 甲斐の指示に従って、地面からの冷気を遮断するために色々と用意した。

 まずは防水性の高いブルーシートを敷いて、その上に銀マットを敷き詰める。次に断熱性の高いシート。これはホームセンターで購入したフロアマットを使った。その上にラビットファーのラグを敷いてみると、靴を脱いで歩いても寒くない。

 ゲルテント内ではまったり過ごしたいので、土足は厳禁にしてある。


 テントの一角には薪ストーブを置いてあった。

 アウトドア用の品で、タープやテント内で使える品だ。

 これはドロップアイテムの金銀コインをアクセサリーに加工して販売した売上金を使い、購入した。

 十二階層以外でも使えると判断しての投資である。意外と安く手に入ったので、良い買い物だったと思う。


「薪ストーブがあれば、かなり暖かく過ごせるぞ。定期的な換気の必要はあるけど、バスハウスより快適かもな」

「そんなに?」


 ゲルテントは晶が【錬金】スキルを駆使して作ってくれた、特別製だ。

 中はかなり広いので、薪ストーブを設置して、調理スペースを確保したとしても余裕な広さがある。


「うーん……暖かいのなら、こっちで寝泊まりした方がいいのかなぁ?」


 悩んでいると、少し離れた場所で作業をしていた晶が別の提案をしてきた。


「それも良い考えですけど、どうせならテントの中にコタツを入れたいです」

「コタツ? でも、ここだと電気が使えないから、あまり暖かくはならないんじゃないかな?」


 一応、ソーラーパネルを付けてはあるが、暖房に使えるほどの電力があるかは疑問だった。

 ガソリン式の発電機も持参はしていたが、こっちは音がかなりうるさいので使用を躊躇っている。


「ふふ。そこは、昔ながらのコタツにすればいいんですよ」

「昔ながらのって……」

「火鉢か!」

「当たりです、カイさん。木で作ったやぐらに火鉢を入れて使ってみたいな、と」

「へぇ、考えたな! それなら電気が使えなくても暖まれそうだ」


 にこり、と爽やかに笑う晶。盛り上がる甲斐はともかく、美沙はじっと彼女を見据える。

 何やら作業をしているとは思ったのだ。

 よく見れば、五階層で入手した木材を使ってテーブルらしき物を【錬金】スキルで加工している。


「……アキラさん。それって、もしかしなくても」

「はい、コタツです! 和式だと火傷が怖いので、イスに座って暖まれる洋式のコタツを作ってみました」

「さすがアキラさん、準備がいいな!」

「私、冬キャンがずっと楽しみだったんです。テントの中でコタツに入るのが憧れだったから」


 はにかむように告白されたら、もう全面降伏するしかない。


「うん、ゲルテントの真ん中に置こうか。コタツテーブル!」

「あ、じゃあコタツの下はせっかくだから、毛皮を敷こうぜ。キラーベアかシルバーウルフの!」


 手触りはオオカミよりもクマの方が良い。【アイテムボックス】で眠っていたキラーベアの毛皮は、かくして冬キャンの必需品となったのだった。



◇◆◇



 コタツ用の洋式テーブルは市販の物よりも大きめに作ってもらう。

 ダイニングテーブルとして使うのは確実なので、料理をたくさん並べることができるようにお願いした。四人とノアさんが入れる広さは必須である。


 テーブル作りは二人に任せて、美沙は調理スペースに向かった。

 ゲルテントの片隅には薪ストーブを設置して、周辺に調理用のテーブルや卓上コンロなどを出してある。何やら仕込んでいる奏多の手伝いをすることにした。


「カナさん、今日のディナーのメニューはなんですか」

「せっかく薪ストーブがあるんだから、煮込み料理にしてみたわ」


 コッコ鳥の肉を使った、クリームシチューのようだ。ミルクとチーズの匂いがする。

 ルーを使わず、牛乳と薄力粉、コンソメにバターを使ってじっくりと煮込むようだ。

 具材は大きめに切ってあるので、食べ応えもありそう。玉ねぎ、にんじん、じゃがいも入りのシンプルなシチューだ。


「ここまで仕込んだら、あとは薪ストーブ任せで放置できるから煮込み料理は楽だわー」

「たまに混ぜる係は頑張ります!」


 クリームシチューだけでは、我が家のはらぺこ部隊はとてももたないので、サイドメニューも仕込んでいく。

 何はともあれ「肉!」とうるさい甲斐のために、美沙はミートボールを作ることにした。

 使うのは十階層で手に入れたオーク肉だ。これをミンサーでミンチ肉にして、玉ねぎとニンニクのみじん切りと卵、パン粉などを混ぜて捏ねていく。

 味付けはシンプルに塩胡椒と旨味調味料を少々。粘りが出るまで捏ねると、一口サイズに丸めていった。


「トマトソースで煮込むのも好きだけど、今日はクリームシチューがメインだし……揚げようかな」


 卓上コンロを使い、油できつね色に揚げていく。もうこれだけでも普通に美味しいのだけれど、味見を我慢してひたすら揚げた。

 ソースはケチャップにオイスターソース、ハチミツにお醤油、ごま油などを適当に和えて片栗粉でとろみをつけておく。

 スプーンで味見をしながら挑戦し、完成だ。

 我ながら良い出来だと思う。

 レタスを敷き詰めた深皿に盛り付ければ、それなりに豪華に見えて満足だ。


「あとは野菜サラダ……面倒だから、作り置きのポテサラを出そう」

「デザートは焼き芋でいいかしら?」

「いいと思います! あ、せっかくなので、色々とストーブで焼いて食べてみません?」

「焼き野菜?」

「野菜もいいですけど、果物もどうですか」


 さっと取り出したのは、りんごだ。

 ダンジョン果樹園に植えた苗が育って、ようやく実を付けたのだ。収穫したのは五個。

 まだ小さな果樹なので、五個ずつしか採取できないけれど、立派に育っており美味しそうだ。


「少し小振りだけど、綺麗なりんごね」

「でしょう? ダンジョン産だから、味は期待がもてますよ!」

「そうね。せっかくだから、焼きりんごにしましょうか」


 そのまま焼いて食べたかったけれど、あいにくここにはオーブンがない。

 仕方なく、薄くカットしてフライパンで焼くことにした。

 ダンジョン産のハチミツとバター、シナモンにブランデーを少し。シンプルだけど、美味しいデザートが完成する。

 焼き芋はアルミホイルに包んで、クリームシチューの大鍋の隣に仕込んであるので、あとはのんびり待つだけだ。


「焼きりんごの香りが悩ましい……カナさん、紅茶を飲みませんか? ちょっと良い茶葉をユキちゃんがくれたんです」

「ああ、バセッドハウンドのジョーくんのお宅の?」

「はい。年末に色々、お裾分けしたお礼みたいです。紅茶の他にもデパ地下のクッキーやマカロンもお土産にくれたんですよー」

「あら、素敵ね。なら、ミルクティーにする? ハチミツも使いましょうか。それとも、ジャムを入れてロシアンティーにする?」

「どれも美味しそうで迷いますね」


 のんびり茶葉を選んでいると、ふいにテントの外が騒がしくなった。

 キャンキャン、とけたたましく吠えているのはブランだ。ということは──…


「ミサ! カナさん! ブランが盛大に釣ってきてくれたぞ!」

「いま行く!」


 慌てて、装備を整えて奏多と二人、ゲルテントの外に出た。

 セーフティエリアの外では、小型化してシルバーウルフの群れを『釣って』きたブランが勇ましく吠えている。


「さぁ、安全地帯からぶっ叩いてやりましょう」


 珍しく好戦的な奏多を筆頭に、四人と三匹はそれぞれシルバーウルフたちに魔法を放ったのだった。



 

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