第197話 十二階層探索 3


「四匹に囲まれているな」


 周囲を睨み付ける甲斐。油断なく弓を構えながら、舌打ちするのは奏多だ。


「視界が悪いわね」


 雪は止んでいるが、冬靄ふゆもやが立ち込めており、見通しが悪い。


「風で飛ばすから、同時に攻撃しましょう」


 奏多がカウントスリーを唱える。

 それに合わせて、全員で魔法を放った。立ちこめる靄を突風で吹き飛ばし、視界が晴れたのと同時に、美沙は水の刃を投げ付ける。

 魔力を込めたウォーターカッターでシルバーウルフを両断するつもりだったが、分厚い毛皮のせいで深く傷付けるだけで終わってしまった。

 どうにか致命傷を与えることはできたが、強靭な肉体を持つシルバーウルフに震撼する。


「首を落とすつもりだったのに、やっぱり強い……!」


 甲斐は特大のファイアーボールをぶつけて、白銀色の毛皮を真っ黒に焦がしている。

 さすが火魔法、一撃で屠ったようだ。


 奏多が起こした突風に怯んだシルバーウルフをブランが襲い、雷魔法を放つ。

 痙攣するウルフに、狙いを定めた矢を撃ち込む奏多。鋭い弓矢はウルフの右目を見事に撃ち抜いた。


「アキラさんは……!」


 光魔法は攻撃手段が少ない。

 だが、心配は無用だったようだ。

 奏多から妹の晶の腕に移ったノアさんが激しい威嚇の声を上げながら、鋭く尖った石礫いしつぶてを放っていた。

 先端が鋭く尖った石の弾がシルバーウルフの顔面を抉る。凄まじい威力だった。


「……ぜんぶ、倒せた?」


 おそるおそる美沙が尋ねると、しばらく周囲の気配を探っていた甲斐がふっと口許を綻ばせた。


「おう。倒したみたいだ。今は一匹もいないから大丈夫だ」

「良かったー……!」


 ほっと息を吐く。

 九階層のブラックサーペント、十階層のオークを倒せたことで、すっかり油断していた。


「オオカミ、こわすぎない……?」

「ワイルドウルフとは全然違いますね」


 ぎゅっとノアさんを抱き締める晶に寄り添った。人のぬくもりに安心する。


「さて、落ち着いたらドロップアイテムを拾いましょうか」


 取りなすように奏多が口にして、我に返る。


「そうだ! ドロップアイテム!」

「シルバーウルフの素材!」


 呆然としていた四人をよそに、冷静だったスライムのシアンがドロップを拾い集めてくれていた。

 見せてもらうと、白銀色の美しい毛皮と鋭い牙、魔石がドロップアイテムのようだ。


「綺麗な毛皮だね。ブランがいるから、ちょっと複雑な気分になるけど……」


 当のブランは同種を倒したことを特に気にした様子もなく、飄々としている。


「この牙は武器を鍛えるのに使えそうです」


 親指くらいの太さがある鋭い牙をじっくり眺めて、嬉しそうに晶が笑う。

 ワイルドディアのツノやワイルドボアの牙で武器を強化してくれたが、さらに切れ味をよくすることができるとのことで甲斐が喜んでいる。


「あとは魔石ね。まるで氷みたいに綺麗」


 五センチほどの大きさがある魔石はカットされた宝石のようだ。透明度が高く、奏多が見惚れるほどに美しい。


「氷属性の魔石、とありますね。スライムの魔石よりも、もっと良い付与に挑戦できそうです!」

「ひんやり素材が強化されるってことは、十一階層を快適に過ごせそうだね」


 うきうきと氷の魔石を拾い集めている晶のもとに、ブランがすり寄っている。スンスンと鼻を鳴らして、何かをねだっているようだ。


「ブラン、どうしたの?」

「クゥン」


 ブランはそっと長い鼻先で晶の手を突いた。不思議に思いつつも、手を開く。

 てのひらには氷の魔石が三つほど。ブランはワフッと鳴くと、その魔石をぱくりと口に含んだ。


「ちょ、ブラン⁉︎」

「……あああ…食べちゃいました……」


 まるでキャンディを楽しむかのように、ブランは尻尾を振りながらボリボリと氷の魔石を噛み砕いて飲み込んだ。


「そういえば、シアンもブランも魔石を食べて進化していたわね……」


 すっかり忘れていた。

 スライムの魔石を食べたシアンは【分裂】スキルを、ワイルドウルフの魔石をせっせと食べたブランは【咆哮】や【雷属性魔法】を覚えたのだ。


「ということは、ブランはまた他のスキルを狙っているってことなのね?」


 美沙がブランの顔を覗き込みながらそう尋ねると、「ワフッ」と頷いている。


「そっかぁー。ブランが強くなるのは私も嬉しいけど……」

「氷の魔石……」


 魔石を食べられてしまった晶が哀しそうにてのひらを見下ろしている。


「全部は食べないであげてくれると嬉しいかな……?」

「キューン」


 ピスピスと鼻を鳴らしながら、頭を下げるブラン。反省したようだ。

 晶の腕から飛び降りたノアさんがブランの頭をぺちっと前脚ではたいた。

 教育的指導の猫パンチである。かわいい。


 残っていた氷の魔石二個は晶が錬金素材として欲しがったので、美沙が【アイテムボックス】に預かった。


「さて、どうする?」


 ドロップアイテムのやりとり中も、油断なく周囲を索敵してくれていた甲斐が聞いてくる。


 見渡すかぎりの雪原の中、美沙は途方に暮れたように先を見据えた。

 方位磁針が指し示す北の方角に、十三階層に続く扉がある。

 だが、そこに辿り着くまでにはシルバーウルフの群れとフロアボスが待ち構えているのだ。


「このまま真っ直ぐ進んで、フロアボスと戦うのは無理そう」

「そうね。私も不安だわ。明らかに能力不足よ」

「正面からマトモに戦えそうなのは、カイさんとブランくらいです」


 美沙が自信なさげにつぶやくと、北条兄妹も頷いてくれた。

 

「まぁ、俺とブランはやる気だけど……ノアさんも一撃で倒してなかった?」


 不思議そうにノアさんを見下ろす甲斐。

 だが、当の彼女はつん、と顎を突き出すようにして顔を背けている。

 戸惑いながら、飼い主である奏多に通訳を求めると──


「倒せるけど、こんなに寒い場所では戦いたくないみたいね」

「…………」


 あんまりな理由に、甲斐は頭を抱えた。


「おネコさまかよ!!!」


 そうだけど? といった風に、ノアさんが冷ややかに甲斐を一瞥している。

 うん、寒いのは誰だって嫌だよね。気持ちは分かる。

 冷え性の女子二人がこくこく頷いていると、男子二人と一匹はため息を吐いた。


「……とはいえ、皆でここを乗り越えないと十三階層には行けない。なら、しばらくはレベル上げを頑張るしかないか」

「賛成! 安全なセーフティエリアに立てこもって、少しずつレベル上げをするのはどう?」


 甲斐の提案に美沙は大喜びで挙手した。

 命、大事に。安全が第一だ。


「でも、セーフティエリアにいたら、モンスターは寄ってこないのでは?」

「そこはほら、カイがきっと囮になってくれるって!」

「おまえなー……まぁ、いいけど」

「よくはないわよ、カイくん?」

「キャン!」


 囮役はブランが名乗り出てくれた。


「でも、ブランは強いから囮にならないんじゃない?」


 先程現れたシルバーウルフが相手なら、ブランの方が強い。だが、単独なら楽に狩れる相手でも、集団戦となると厳しい。

 それはブランも理解しているようで、その場で小型化した。

 ハスキー犬サイズに変化したブランは、ワイルドウルフの半分ほどの大きさだ。

 シルバーウルフが立ち塞がると、大人と生まれたての赤ちゃんくらいの差がありそう。


「その姿で油断を誘って、ここまで連れてきてくれるのね?」

「キャン」

「なかなか策士だな、ブラン」


 そんなわけで、十二階層探索はしばらくお預けにして、セーフティエリア付近の安全圏で狩りに励むことになった。



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