第196話 十二階層探索 2


 南国リゾートアイランドな十一階層とは違い、十二階層は雪国だった。

 幸い、起伏のある山の中ではなく、平原のようだったので、多少はマシなのかもしれないが──


「どちらにせよ、この装備では厳しいわね」


 奏多が端正な眉を寄せて、ため息を吐いた。美沙も大きく頷いて同意を示す。


「冬の装備に着替えよう!」


 十一階層に大急ぎで戻ると、バスハウスを出して交代で着替えることにした。

 夏用、冬用の装備は晶の力作だ。

 デザインはほぼ同じだが、使っている生地が違うし、どちらもそれぞれの季節にあった付与を行なっている。

 夏服はスライムの魔石を使い、接触冷感素材に錬金してあるため、涼しく過ごせる。

 冬服はシルバーウルフの毛皮をワイルドシープの羊毛で編み込んだ生地に加工して、保温効果を付与していた。

 これだけでも暖かいのだが、十二階層の寒さはかなり厳しそうだ。


「アキラさんが作ってくれたダウンジャケットを着ていけば寒さも平気そうだけど……」

「たしかに、あれは暖かい。だが、動きにくいんだよなぁ……」

「あ、そっか。そうだよね……」


 もこもこのダウンジャケットは冬には最高の装備だが、ダンジョンアタックには向いていない。

 暖かくて動きを阻害しない服に着替えなければ、十二階層の探索は厳しそうだ。

 三人で悩んでいると、ふいに晶が鹿革リュックを取り出した。


「大丈夫です。実は羽毛布団を作った後に、素材が余っていたので、これを作りました」


 鹿革リュックは内側にポーチ型のマジックバッグを縫い付けてある。

 その中から取り出したのは、見覚えのあるダウン製品だった。

 ダンジョン産素材で作られたダウンジャケットよりも薄手で、着心地が良さそうだ。

 手渡されたそれをじっくりと眺める。


「ダウンベスト?」

「はい。これなら、両腕も自由に使えますよ」

「たしかに……」


 薄くて軽い着心地だが、ダウンなのでしっかりと暖かい。

 ダウンジャケットはそれぞれ好みの色に染められていたけれど、ダウンベストは四着とも黒色だった。


「こういうこともあろうかと、装備と同じく漆黒に染めておいたんです」

「すげぇカッコいいな、これ」

「うん。着心地も良いよ、アキラさん」

「ちゃんと四人分用意してくれていたのね、アキラちゃん」


 ありがたく受け取って、装備の上からはおってみる。暖かい。十一階層では、暑いくらいだ。

 薙刀を構えて軽く振ってみたが、動きに支障はなさそう。

 ちゃんと物理耐性も付与してくれているので、多少のダメージも防いでくれるとのこと。すばらしい。


「これなら動けるぞ!」

「そうね。モンスターを倒しながら進めば、体も温まるだろうし、このくらいでちょうど良いかもしれないわ」


 断熱素材の肌着も着ているし、ワイルドシープの羊毛製の服はとても暖かい。


「念のために貼るカイロを使っておけば大丈夫じゃないかな?」


 冷えが大敵な女子なので、貼るカイロは常備している。二の腕や腰などに貼り付ければ、ポカポカだ。


「あとは、いつでも飲めるように温かい飲み物も準備しておきますね!」


 真空断熱構造のステンレスポットにホットココアを入れて、それぞれ人数分を用意した。

 美沙は【アイテムボックス】に、他の三人には各自マジックバッグに収納する。

 ホットココアにしたのは、美沙の好みだ。お腹の底から温まりやすい飲み物として選んでみた。

 魔法やスキルを使うと、お腹が空くので、甘いココアで満たそうという魂胆もある。


 念のためにポーションは一人五本、常に装備の専用ポケットに入れてあるが、もしも十二階層で皆と逸れてしまった時のために、食料や飲み物などもマジックバッグに収納してもらった。

 方位磁針も各自ポケットに大事に入れてある。


「ダンジョン内で遭難なんて、ぞっとする」

「万一、逸れたとしても、ブランがいるわ。絶対に見つけ出してくれるから、動き回らずにじっとしていましょう」


 任せろ、とばかりにブランが吠える。

 頼もしいこと、この上ない。


「あとは、このクリームを露出している肌に塗ってください」

「保湿クリーム?」

「保湿と保温の効果があるクリームです。九階層の湿地帯で見つけた薬草から作りました」


 女子的に保湿はとてもありがたいが、保温も嬉しい。指先にすくいとったクリームを薄く頬に伸ばすと、しっとりと馴染んだ。しばらくすると、塗った肌が火照ってきた気がする。


「え、すごい……。アキラさん、これもすごいクリームだよ。手放せなくなりそう」

「香りはあまり良くないんですよね。まだ、開発途中のクリームです」

「充分だよ」


 冷たい風に晒される素肌のダメージが心配だったけれど、これがあれば安心だ。

 ポーションでダメージは治せると分かってはいるけれど、回避できるなら、それに越したことはない。


「ブランとシアンは寒いのは平気みたいだけど……問題はノアさんだね」

「一応、ノルウェージャンフォレストキャットの血を引いているから、寒さには強い方だとは思うのだけど……」


 飼い主である奏多が自信なさそうだ。

 すると、晶が「こんなこともあろうかと……」と鹿革リュックから何かを取り出した。

 ワイルドシープの羊毛で編まれた、可愛らしいセーターである。


「ノアさんのサイズに合わせて、セーターを編んでみました」

「わっ、かわいい! これなら、暖かそうだよ、ノアさん」

「ミャ……」


 聞いたことのない、複雑そうな声音で鳴くノアさん。嫌そうにしているが、背に腹は変えられないと納得したのか。おとなしく、晶に身を任せていた。


「うん、かわいい」

「物理耐性と断熱加工を付与しているので、温かくて安心ですよ、ノアさん!」

「ミュウ……」


 ふわっふわの自慢の長毛が、セーターに押し込まれたノアさんは、意外なほどに華奢だった。

 

「ノアさん、こんなに細かったのね……」

「シャンプーをするたびに驚いちゃうのよね、私も」


 全員の準備が整ったところで、十二階層へリベンジだ。



◇◆◇



 転移扉の向こう側はセーフティエリアだ。

 頬に風は当たるが、先ほどと違って、冷たさは我慢できるレベル。

 

(さすが、アキラさんの保湿保温クリーム! これなら大丈夫そう)


 冬装備に着替えたおかげで、寒さはかなりマシだ。とはいえ、足元の大雪は邪魔すぎる。

 防水加工が施された革の手袋をした手を雪に触れさせて、【アイテムボックス】に収納してみた。

 1メートル四方の雪がごっそり消えて、地面が現れる。


「うん、いけそう。この方法で、道を作っていくね」

「ミサちゃんに負担はないの?」

「魔法を使うより、疲れないので平気です。魔力もほとんど消費しないのが収納スキルのいいところなので!」

「そう? なら、任せるわね。ブラン、護衛をよろしく」


 奏多に依頼されたブランが張り切って、先頭を歩く。美沙はその後を追いかけるようにして、黙々と雪を【アイテムボックス】に収納していった。

 1メートル四方の小道だが、膝までの高さの雪の中を進むより、断然楽だ。

 余計な体力を使わないで済むのが大きい。

 足元から冷えてくるのも避けられるし、面倒だけど、少しずつ進んでいく。


 セーフティエリアから出て、しばらく進んだ頃、ブランが低く唸り声を上げた。

 北東の方角をじっと睨み付けている。

 奏多の腕の中に収まっていたノアさんも耳をぴんと立てて、同じ方向を見ていた。


「おいでなさったようだぞ」


 甲斐の【気配察知】スキルにも引っ掛かったようで、猛々しく笑っている。その右手にはいつの間にか、刀が握られていた。

 美沙も慌てて立ち上がって、【アイテムボックス】から取り出した薙刀を構える。

 皆、それぞれの得物を手に警戒していると、ブランが激しく吠えて、白銀色の雪に向けて飛び掛かった。


「ギャン!」


 悲鳴が響き渡り、美沙はひゅっと息を呑んだ。

 今のはブランだろうか? もしかして、モンスターに返り討ちにされたのか。


「ブラン⁉︎」

「大丈夫だ。落ち着け、ミサ。今のはブランが倒した奴の悲鳴」

「ってことは……十二階層のモンスターは……」


 何もいないと思っていた雪の中に、ちらほらと動くものを見つけた。

 薄曇りの下、微かな陽光にその白銀色の毛皮がきらめく。見慣れた色彩だ。


「ブランと同じ種族……」


 そう、十二階層に出没するのは、シルバーウルフだった。



◆◆◆


更新遅くなりました。


ギフトもいつもありがとうございます!


◆◆◆

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