第192話 ご近所さんのひとりごと


 年末、実家に里帰りしたユキは玄関まで出迎えてくれた愛犬を力いっぱい抱きしめた。


「ただいま、ジョー! 元気だった?」


 バセッドハウンドのジョーは秋頃、体調を崩していたが、今はすっかり元気になっていた。

 撫でながら確認してみたが、毛艶もよくやつれた様子はない。


「なんだか、以前より元気そうじゃない?」

「ああ、カイくんが散歩に連れ出してくれているからねぇ。助かるわぁ」


 にこにこと笑いながら、母親が教えてくれる。

 カイくん、と言えば幼馴染みの美沙のシェアハウス仲間だったか。

 父親も笑顔で教えてくれる。


「カナさんがくれる鹿肉ジャーキーのおかげで、歯も綺麗になったみたいだ」

「あれ手作りなのよね? すごいわよねぇ。たまにお裾分けでもらう、お惣菜も美味しいし」


 カナさんも美沙のところのシェアハウス仲間の一人だ。こんな田舎に、とビックリするほど綺麗な男の人で、料理が得意らしい。

 あとで、有名な料理研究家と知って驚いた。

 会社の同僚が教えてくれた動画を流し見していて、カナさんに気付いたのだ。

 なるほど、彼ならば鹿肉ジャーキー作りなんてお手のものだろう。


「ミサちゃん、すごい人と暮らしているのね……」

 

 二歳下の幼馴染みの彼女は相変わらず小柄だけど、溌剌としていた。

 若い時から苦労続きなのに、いつも元気いっぱいで楽しそうにしている。

 就職予定だった会社が倒産して田舎に戻ると聞いた時には心配したけれど、今では塚森農園を盛り立てて立派に運営していると聞いた。


「ほら、荷物置いてきなさい。お腹空いたでしょ? ご飯にしましょ」


 テーブルには料理がたくさん並んでいた。

 愛娘の帰省に合わせて、大量に仕込んだのだろう。作りすぎだよ、と呆れつつもその気持ちが嬉しい。

 牡丹鍋にサクラマスのお刺身、唐揚げもある。

 ふろふき大根に蒸し野菜サラダも美味しそうだ。鍋があるのに、肉じゃがまで盛り付けられている。


「すごいご馳走! どうしたの、これ?」

「ミサちゃんからのお裾分けの食材を使ったの。どれも美味しいのよ」

「は? 野菜だけじゃなくて、肉やお魚も?」

「果物も貰ったから、デザートに食べましょう」

「完熟マンゴーなんて初めてだから、楽しみだな」

「ええぇ? 高級品じゃないの。そんなにたくさん貰っちゃったの?」

「うふふ。うちのお米と物々交換なのよ」

「それはうちがかなり得しているんじゃ……?」


 申し訳ない気分になるが、それにしても美味しすぎる。牡丹鍋はもちろん、お刺身はそこらのサーモンより断然美味しいし、唐揚げはいくらでも食べられそう。


「うぅ…お肉おいしい……お刺身最高……唐揚げは飲み物……ッ」

「ミサちゃんだけじゃなくて、カナさんからもお裾分けを貰ったのよ。鮎の甘露煮。お節料理用にたくさん作ったんですって」

「しかもカナさんの手作りまで⁉︎ ファンに知られたら大変なことになりそうだけど、食べたーい!」

「だめよ。これは正月のお楽しみなんだから」

「えー。お母さんのケチ」


 嘆いていると、足元にぽてぽてと寄ってきたジョー。慰めてくれているのか。

 むっちりとした立派な体躯を抱き締めようとして、見慣れない首輪に気付いた。


「ジョー。なんだか、立派な首輪をしているのね。これ、革製品?」

「ああ、それ! ミサちゃんところのアキラちゃんがくれたのよ。お試しで作ってみたサンプルだけど、どうぞって」

「鹿皮の首輪らしいぞ。立派だよなぁ」


 美沙のところのアキラと言えば、秋にご挨拶したとびきりの美人さんだ。

 男装の麗人といった風情の凛とした女性で、思わず見惚れてしまった。カナさんの妹らしく、さすが美形兄妹だと感心していたが──


「待って。このロゴマーク見たことがある。人気のハンドメイド作家さんの作品じゃない?」


 SNSをフォローしていたので、慌てて確認してみたが、本物だ。ブランド名は「Noa」で、鹿革製の鞄が大人気の作家である。

 

「嘘でしょ……。『Noa』の鹿革製品って、ほぼ受注生産でイベントで出しても即完売の人気商品なのよ?」

「そういえば、モノ作りが趣味でそのままお仕事になったって言っていたわねー」


 モノ作りのレベルが違いすぎるが、ジョーの首輪を観察して納得する。プロの仕事だ。

 うちの両親では不安なので、ちゃんと幼馴染み経由で首輪の使い心地を伝えようと思う。

 あと、ジョーのお散歩をしてくれた彼へのお礼とカナさんのお惣菜のお礼と感想も伝えたい。


「お肉とお野菜とフルーツのお礼もミサちゃんに伝えないと。めちゃくちゃ美味しかったから、農園にお邪魔して買って帰ろうかしら……」


 なかなかに良い考えに思えた。

 都会で働いていると、なかなか自炊の時間が取れないが、これほど美味しい食材なら、少しは頑張ろうと思えるはず。

 だが、その思い付きを母があっさり一蹴する。


「ああ、この年末年始。ミサちゃんのところは皆、旅行で不在みたいよ」

「ええー⁉︎ 全員? 四人でお出掛けなんて楽しそう。羨ましい!」


 種類が違うが、それぞれ美男美女なのだ。

 眺めているだけでも幸せ気分になれる四人が揃ってバカンスだなんて羨ましすぎた。


「私なんて田舎に帰省するだけだったのにー!」

「失礼ねぇ、この子は」

「カイくんも実家に帰省するって言ってたぞ」

「じゃあ、バカンスは三人で?」

「バカンスかどうかは知らんが、暖かい場所にキャンプへ行くって言っていたぞ」

「キャンプかー」


 途端に、冷静になる。

 ずっと田舎暮らしだった彼女には、キャンプの良さはあまり分からない。どうせ泊まりで遊びに行くなら、ホテルがいい。百歩譲ってグランピング。


「肉なら、前に貰ったやつを冷凍しているぞ。持って帰るか?」

「何の肉?」

「ウサギと鹿、イノシシと羊の肉だ」

「なにそのラインナップ。ジビエに目覚めたの?」


 イノシシや鹿肉なら、田舎あるあるで、たまに流れてはくるが、ウサギと羊の肉は意味が分からない。


「凄腕の猟師が知り合いにいるみたいで、たくさん肉が手に入るんだとよ。野生の動物の肉は大抵まずいもんだが、その猟師の腕がいいんだろうなぁ。ミサちゃんが持ってきてくれる肉はどれも絶品だ」


 しみじみと父親が言うのに、ユキも頷いた。それは分かる。都内のジビエ料理屋で食べた鹿肉のステーキは硬くてパサパサしていて、微妙な味だったのだ。

 会社の忘年会で食べた牡丹鍋も似たようなもので、結構なコース代金を取られたわりには、残念な気持ちになった覚えがある。


「このイノシシ肉は臭みも皆無だし、何よりお肉が柔らかくて、最高に美味しいわ。もしかして、この唐揚げも……?」

「ふふ。分かっちゃった? ウサギ肉の唐揚げよ。鶏肉よりジューシーでしょ!」

「めちゃくちゃ美味しかったわ、もうっ!」


 かわいい上に美味しいのか、ウサギ。

 持って帰るかと言われたお肉はどれもジビエ肉。上手に調理できる自信はない。


「……この年末年始の間に、ジビエ肉料理を食べさせてくれる?」

「いいわよ。なら、明日はジンギスカンね!」

「俺は鹿肉のカレーでもいいぞ」

「なにそれ美味しそう」


 食後の完熟マンゴーも震えるほどに美味しくて、皆で塚森農園に向かって拝んでしまった。マンゴーまで栽培しているなんてビックリだ。

 お風呂上がりに母が貸してくれたハンドクリームは付け心地もよくて、翌朝にはしっとり肌理きめ細やかな肌が復活していた。


「お母さん、あのハンドクリームなに⁉︎」


 母を問い詰めたのは言うまでもない。

 なかなか口を割らなかったが、絶対に内緒よ? と念を押されて頷くと、これも貰い物だと言う。


「……もしかして」

「ええ、ミサちゃん家から。手作りのクリームだから、売ってはくれないのよ」

「やっぱりそうかー。まぁ、手作りなら売れないよね。それでも、この効果は素晴らしすぎるわ」


 はっきり言って怪しすぎるが、それを突っ込む気はなぜか起きない。

 下手に追求して、せっかくの美味しい食材が手に入らなくなるのはもちろん、あの四人が悲しむ表情を見たくないので。

 

「ふぅ。とりあえず、家に戻ったら、美味しいお菓子をお礼に送っておくわ」

「そうしてちょうだい。うちの米だけじゃ、物々交換も申し訳なかったもの」


 たしか、美沙はお土産に手渡したデパ地下のクッキーを喜んで食べていた。

 贈答用の少しお高めの詰め合わせなら、シェアハウス仲間と四人で食べてもちょうど良いだろう。


「ついでに、バカンスが楽しかったかどうか、聞き出してやらなきゃ。あんな美人兄妹と一緒に過ごす年末年始の話、興奮しちゃう!」


 呆れたように見上げてくるバセッドハウンドをわしわしと撫でてやりながら、正月明けを楽しみにするユキだった。



◆◆◆


ギフトありがとうございました!


第三者視点で書いてみました。

141話の『回復魔法?』に出てきた、美沙の幼馴染み視点です。

リクエストありがとうございました✨


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