第191話 年越しの準備
クリスマスが終われば、あっという間に年末だ。師走というだけあり、地味に忙しい。
いつもは年末年始用の買い出しに駆け回っている頃だが、今年は一度の買い出しで充分だったのはありがたい。
(ダンジョンで大抵の食材は手に入るようになったからねー)
ここしばらく、野菜や果物は購入していない。
もちろん肉も売るほど在庫がある。さすがに売れないので、ご近所さんと物々交換に励んでいます。
ダンジョンで海の幸が手に入るようになってから、最近は魚介類も買うことはなくなった。
温室を広げて、栽培する野菜の種類も増やしたので、大抵のものはダンジョン含む自宅内で手に入る。
「お米や乳製品も物々交換で買わずに済んでいるから、調味料や小麦粉、お菓子くらいしか買っていないかも」
調味料も砂糖はあまり仕入れなくなった。美味しい蜂蜜がダンジョンで手に入るからだ。煮物はもちろん、菓子作りにも蜂蜜は役立っている。
「年末年始に引きこもり用のお菓子、結構買っちゃったわね」
美沙が真剣な表情で打ち込む家計簿アプリを覗き込んむ奏多。
スイーツ系の焼き菓子は晶と美沙がよく作っていたが、ポテチなどのスナック菓子は買った方が美味しいので。
「あとはお節用の材料ですかね。カナさんのお節料理楽しみです」
「うふふ。本格的に作るのは初めてだから、私も楽しみだわ」
「帰省する予定のカイがカナさんのお節が食べられないって嘆いてましたよ」
「あら、嬉しい。お土産用に甲斐家のお節も用意してあげようかしら」
「カナさん優しい」
お節はもちろんだが、年末にはもうひとつ大事なイベントがある。──そう、餅つきだ。
◇◆◇
ビッグクラブを茹でて、ほぐしたカニ肉と引き換えに手に入れた餅米。
せっかくだからと張り切った奏多は蒸し器で餅米を蒸して。蔵で眠っていた臼と杵を引っ張り出した甲斐が餅をついてくれた。
「炊飯器で炊いた餅米より、蒸した方が美味しい……!」
蒸した餅米を味見させてもらったが、いつもより柔らかくて美味しく感じた。
こんなに変わるのか、と驚いてしまった。
「餅つき楽しいな!」
一方、かなりの肉体労働のはずの甲斐は笑顔で杵を振り下ろしている。【身体強化】スキルを使いこなし、重労働の餅つきを軽々とこなしていた。
餅つきは男子チームに任せて、女子二人はつきたての餅を丸めていく。
きな粉やあんこ、砂糖醤油を用意して、皆で味見してみた。
「美味しい! 蒸した餅米もだけど、やっぱり臼と杵でついたお餅は格別!」
「つきたてのお餅って、こんなに柔らかいのね」
「美味しいです。いくらでも食べられそう」
柔らかいのに弾力があって、満足感がすごい。
甲斐などは冷蔵庫から納豆を取り出して餅に絡めて貪るように食べている。
「うっ…んまっ!」
「納豆とお餅。やるわね、カイ」
「次は大根おろしで食いたい」
「えっ何それ、美味しそうっ!」
つきたてのお餅が美味しすぎて、貰った餅米をすべて蒸し上げてしまった。おかげで大量のお餅が手に入って、とても嬉しい。餅つき用の機械もあるけれど、手作りのお餅の方がやはり美味しいのだ。
「いつもは乾燥させて、冷凍庫に保管していたけど……。今年はつきたてを【アイテムボックス】に収納できちゃう!」
いつでも、つきたての美味しい餅を味わえるのだ。嬉しすぎる。
たくさん在庫ができたので、甲斐家へのお土産としてマジックバッグに詰めておいた。
「カイはいつ実家に帰るんだっけ? 三十日まで仕事だったよね」
「仕事が終わったら、そのまま帰るつもり。牧場から最寄りの駅まで自転車で行くから」
自転車はマジックバッグにこっそり収納して持ち歩くつもりらしい。帰省用の荷物もそのまま収納して出勤するので、身軽に動けそうだ。
「二日の夜には帰って来る」
「早くない? もっと、のんびりして来たらいいのに」
「うちのアパート、狭いからなー。のんびり過ごすのは難しいんだ。あと、俺もダンジョンで過ごしたい! ずるいぞ、皆」
年末年始、ずっとダンジョンに引きこもる予定の三人は苦笑するしかない。
拠点にするのは十一階層の予定だ。お正月に南国の無人島リゾート気分を味わう気満々である。
「水上コテージも完成したしね!」
「ふふ。島にヤシ科の蔓性植物を発見できたのはラッキーでしたね。ラタン素材で家具を作れちゃいました」
「憧れのラタン家具! アジアンテイストでリゾート気分爆上がりだよ、アキラさん!」
「ダンジョン産の
「神! シェアハウス用のお洒落な家具が欲しいですっアキラさま」
「おまかせください。家具作り、楽しいです」
水上コテージを「らしく」するために、晶はラタンチェアやスノコベッド、ハンギングチェアなどを次々に作り上げてくれた。
特にラタン製のハンギングチェアはノアさんもお気に入りの逸品だ。
「クッションやシーツ類もすべてスライムの魔石を使って、ひんやり加工済みです」
「快適に熟睡できそう。ありがと、アキラさん!」
バスハウスに取り付けてあるソーラーパネルもあるが、念のために発電機も持っていけば安心だ。
バスハウス内でスポットクーラーが使えるのはありがたい。
「動画をダウンロードしたタブレットも持参しよっと! 海外ドラマ一気に観るんだー」
「あら、良いわね。私は買い溜めしてあった本を読破しようかしら」
「私はせっかくなので、カゴバッグの製作に取り組んでみようかと」
美沙は海外ドラマ、奏多は読書、晶はラタン家具作りでハマった
黙々と帰省用の荷造りをしていた甲斐が、ここで「羨ましすぎるぞー!」と叫んで床に突っ伏した。
嘆く甲斐をノアさんが迷惑そうに一瞥する。
ライバルの憔悴した姿に同情したのか、小型化したブランがそっと寄り添ってあげている。やさしい。
「まぁまぁ。二日の夜には帰ってくるんでしょ? 余った有給休暇を使うから、五日まで休めるなら、ダンジョンにも潜れるじゃない」
「三日間しか遊べない……」
「ほら、落ち込まないの。十二階層への挑戦に付き合ってあげるから」
「マジ⁉︎ 絶対だぜ、カナさん!」
「はいはい」
連休の間に新しい階層へ挑むことを約束して、どうにか宥めることに成功した。
◇◆◇
そうして、待ちに待った年末。
ポーチ型のマジックバッグに大量のお土産を詰め込んで、甲斐は実家へ帰省した。
お土産の中身のほとんどは食材だ。ダンジョン産の魚介類に各種果物。我が農園の野菜とニワトリの卵も収納してある。物々交換で入手したお米と乳製品も忘れずに。
もちろん、奏多特製のお節料理も渡してある。これは美沙も作るのを手伝った。
コッコ鳥の卵で作った伊達巻き。田作りはダンジョンの海で獲った小魚で作った。姿煮にしたエビやハマグリもダンジョン産だ。
紅白のなます、筑前煮、黒豆はうちで育てた野菜を調理してある。庭になった金柑の甘煮で彩りを添えた。
鴨肉のロースト、イノシシ肉の角煮はもちろんダンジョンで狩ったお肉を使っている。
「レンコンと昆布巻き、イクラに数の子はさすがに買ってきたけど……」
「意外と作れちゃったわね、カマボコとか」
「まさか、紅白のカマボコを自宅で作れるとは思いませんでした」
「栗きんとんも美味しかったわね? うふふ」
秋に拾った栗と、うちの農園で育てたサツマイモを使った栗きんとんは絶品だ。ダンジョン産の蜂蜜を使っているので、とびきり甘い。
「小さいながらも、ブリも捕まえることができて良かったです」
「ブリの照り焼きも必須だものね、お節には」
その他にも、鮎の甘露煮やオーク肉を使ったローストポーク、サクラマスの西京焼き、鮑のステーキも重箱には詰めてある。
「子供たちが喜ぶお節料理にしないとね」
「カナさん優しい。重箱以外にも、コッコ鳥の唐揚げや鹿肉ハンバーグを大量に持たせていましたよね?」
「年末年始はお母さんがお休みする期間だもの」
おばさんもリクもきっと双子たち以上に喜んでくれるだろう。
鴨南蛮とエビの天ぷら付きのお蕎麦を三人でたぐり、炬燵で歌合戦を眺めた。
薪ストーブと炬燵のおかげで、築百二十年の古民家でも暖かく過ごせている。
年越しのカウントダウンを三人で済ませると、あらたまって新年の挨拶を交わした。
「あけましておめでとうございます」
真夜中ではあるけれど、皆で揃って近くの神社へ初詣に向かった。
車で十分。人はほとんどいない。ぴんと張り詰めた静謐な空気の中、初詣を済ませる。
巫女さんに貰った甘酒を飲んで、のんびりと家へ戻った。
深夜一時過ぎ。すっかり夜も更けた時間だが、三人と三匹は張り切ってダンジョンに向かう。
「さぁ、五日間のバカンスよ!」
◆◆◆
ギフトありがとうございます!
2巻、無事に店頭に並んでいるようです。
お手に取っていただけると嬉しいです✨
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