第190話〈2巻発売記念SS〉リクの日常


 夏休みの一週間。兄の御幸みゆきが住む田舎の古民家に遊びに行った。

 双子の弟たちを連れての、初めての旅行だ。

 自分も含めて都会っ子のはずの七海ウミ大空ソラだったが、あっという間に田舎の暮らしに馴染んで、大いに夏を満喫した一週間だった。


 弟たちの面倒を見ていた陸人リクトも大変ではあったけれど、緑豊かな古民家暮らしは楽しかった。

 兄が暮らす古民家のシェアハウスで出される食事はどれも美味しい。兄の同居仲間は皆優しくて、陸人に簡単な料理を教えてくれた。

 ニワトリをあんなに近くで眺めたのも初めてだし、川遊びも興奮した。

 何より、あの家のぬしのように存在感のあるネコ、ノアさんに触れることができたのが最高だった。


「うちのアパートはペット禁止だからなー。チビたちがもみくちゃにしそうだし、ネコは飼えないんだよね」


 ぼやきながら、そっと彼女の毛皮に触れてみる。淡いパステル調の三毛柄がとても美しい。

 飼い主のカナさん曰く、ノルウェージャンフォレストキャットの血が混じっている彼女はかなり大柄なネコさんだ。


「綺麗だね、ノアさん」


 惚れ惚れしながら、撫でてあげると気持ち良さそうに瞳を細めて喉を鳴らす様が愛らしい。

 そんな彼女に誘導されて、入るのを禁止されていた蔵に足を踏み入れてしまった陸人は、まさかあんなことになるとは思いもしなかった。



◇◆◇



 魔法は便利だ。

 特に、陸人が重宝しているのは生活魔法。なにせ、いちばん面倒だった掃除が一瞬で終わる。

 母や弟たちにバレるわけにはいかないので、使用する際には細心の注意が必要だが、幸い母は仕事で忙しい。

 活発的な弟たちは夏休みの間も遊びや習い事に夢中で、家でのんびり過ごすことは少ない。

 なので、陸人は一人になると存分に生活魔法を使って颯爽と家事をこなした。



 朝食は各自、パンを焼いて食べる。

 昨夜の内に茹でておいた卵と洗って切っただけの野菜サラダで軽く済ませることが多い。

 パンにはジャムかバターを付けて食べていたが、お盆の旅行から帰宅後は皆、ジャムを楽しんでいる。ダンジョンで採取したベリーを使ったジャムなので、市販品よりも美味しいのだ。

 野菜は塚森農園産なので、これまた美味。

 卵はさすがに普通のニワトリが産んだ卵だが、ポーション水を常飲しているため、この卵も絶品である。

 弟たちはもちろん、朝はあまり食欲のなかったはずの母がもりもり食べてくれて、陸人はホッとしていた。


「すごく美味しいわぁ。リクくん、腕を上げたわねぇ」

「素材がいいんだよ。この野菜サラダは双子たちが作ってくれたんだ」

「まぁ、ウミとソラが? すごいわねぇ、あなたたち。旅行から帰って、なんだか成長したみたい」

「ミサとカナさんに教えてもらったんだ」

「コンロはダメだけど、レンチン料理はちょっとだけ作れるようになったんだよ?」

「本当にすごいじゃない。お母さんもリクお兄ちゃんも助かるわー」


 息子たちの成長を無邪気に喜ぶ母。双子たちも胸を張って誇らしげだ。

 レンチン料理は蒸し野菜のことだろう。

 小さなことでもお手伝いができると分かった弟たちは、最近は本当に頼りになる。

 もう少し落ち着いたら、目玉焼きや野菜炒めを任せることもできそうだ。


「じゃあ、行ってくるわね」


 スーツに着替えて颯爽と玄関に向かう母を引き留めて、水筒と弁当を渡す。


「弁当を作ったから、持って行って」

「まぁ! 嬉しいけど、無理はしていない? 受験生なのよ、リクくん」

「大丈夫。手間はそんなに掛かっていないんだ。ご飯を詰めて焼いた肉をのせただけの手抜き弁当だから。どうせ双子たちの弁当も作らなきゃだったし」

「そうだったわね。今日はサッカーの日だ」


 双子たちは週に三日、地域のスポーツ少年団で活躍している。

 お昼のお弁当作りにはすっかり慣れた。

 以前は不恰好なおにぎりだけを持たせていたが、今はちゃんと肉と米、野菜をバランス良く詰めてある。


(炊飯は夜のうちにタイマー予約しておけばいいし、お肉もタレに漬け込んで、朝焼くだけ。野菜はブロッコリーをレンチンして、ミニトマトを添えたら彩りもばっちり!)


 焼肉弁当は弟たちに好評だ。

 たまに、玉子焼きや鹿肉ソーセージ、うさぎ肉の唐揚げをチョイスしても大喜びしてくれる。

 最近は野菜を残さず食べてくれるようになったので、二人ともすこぶる体調が良さそうだ。

 もっとも、それは兄に渡されたポーションをたまにこっそり飲ませているのもあるかもしれない。

 ポーションの効果が一番効いていたのは如母だろう。最近は疲労のせいか、食も細っていたのだが、ポーションとダンジョン食材のおかげですっかり健康体になっている。


「じゃあ、ありがたく! 稼いでくるわねー!」


 元気よく手を振る母を苦笑混じりにみおくる。


「はいはい。無理はしないでね」

「俺たちもサッカーに行ってくる!」

「じゃあね、リク兄」

「ん、気を付けてな。いってらっしゃい」


 賑やかな三人を見送ってからが、本領発揮だ。

 まずは洗い物。【洗浄ウォッシュ】でお皿はピカピカだ。汚れ落ちはもちろん、ちゃんと乾いているのが嬉しい。

 シンクごと綺麗になった食器類を片付けて、次は洗濯。こちらも【洗浄ウォッシュ】で汚れは完璧に落ちる。どちらも一瞬だ。


「生活魔法、便利すぎ」


 部屋の掃除も、魔法の呪文を唱えればあっという間に終わってしまう。

 これまでは数時間は費やしていた家事が今は一瞬だ。魔法、最高!

 おかげで受験勉強のための時間を余裕で確保できる。涼しい午前中のうちに、集中して勉強を進めた。参考書がするすると解けていく。

 集中力と記憶力が上がっている気がする。

 多分だが、ダンジョンでレベルアップしたからだも思う。体力や魔力だけでなく、知力も上がったのかもしれない。

 昼は皆の弁当と同じメニューを食べる。

 食後の片付けも【洗浄ウォッシュ】。食休憩ついでに夕食を仕込むことにした。


「んー…【収納クローゼット】。今日はボア肉の生姜焼きにしよう」


 ワイルドボアの塊肉とキャベツ、生姜を取り出して、まずは肉を薄切りに。生姜焼き用のタレに肉を漬け込んでおく。

 その間にキャベツを千切りに。お味噌汁はさつまいもと玉ねぎ入り。甘くて美味しい,この組み合わせは双子が好きな味だ。

 お米を三合研いで、炊飯器をセットする。


「野菜や肉、お米に卵、魚もたっぷり貰えたから、買い物に行かなくて済んで嬉しいな」


 ダンジョン産のお肉は特に量が凄まじい。

 陸人の【収納クローゼット】のほとんどを占めている。

 買い物の手間がなくなるのはもちろん、食費を管理する身にはとてもありがたい。

 ボア肉の生姜焼きは食べる前に焼き上げるつもりだが、味噌汁は先に作っておく。

 大鍋ごと【収納クローゼット】にしまっておけば、出来立ての味噌汁を楽しめる。

 多忙だったり、体調が悪い日のために作り置きしてあるおかずも鍋や大きなタッパーごと【収納クローゼット】で眠っていた。

 カレーやシチュー、おでんなどの鍋物が多い。

 ちなみにご飯も暇さえあれば炊いてあるので、いつでも炊き立てご飯が楽しめます。


「【加熱ウォーム】も使えるからレンジ要らずでエコだよね」


 残念なのは、【水生成ウォーター】と【着火ファイア】か。コップ一杯の水しか作れないので、お風呂には使えない。

 長兄のようにアウトドア趣味がなければ、【 着火ファイア】の使いどころもなかった。


「氷魔法も日常的にはあんまり使わないし」


 とはいえ、今の季節には地味に嬉しい魔法でもある。かき氷魔法、と勝手に名付けた氷属性魔法は粉雪のようにサラサラの細かい氷を生み出すことも可能なのだ。

 これがまた美味しい。美沙から貰ったベリージャムと練乳で食べると、最高だ。

 寝苦しい夜にはバケツの中に大きめの氷柱を入れて、エアコン代わりにして涼んでいる。


「うん、美味しい」


 ベリージャムと練乳を添えたかき氷は格別だ。

 ベリーのほどよい酸味と練乳の甘さが雪のような食感の氷を多彩に彩ってくれているように思う。

 三時のおやつを堪能したあたりで、双子たちの帰宅時間だ。


「っと、デトックスウォーターを作っておかないと」


 美沙が作り出した魔法の水にスライスレモン、ミントを浮かべて、最後にポーションを混ぜれば完成だ。


「ただいまー!」

「暑くて死にそうー!」


 騒ぎながら帰宅した二人が洗面所へ手洗いうがいに向かっている間に、特製のデトックスウォーターをコップに注いでやる。


「おかえり、二人とも。はい、水分補給」


 疲労回復効果のある水を、陸人は笑顔で弟たちに差し出した。



◆◆◆


ギフトありがとうございました!


本日、2巻の発売日です。

お手に取ってくださった皆さま、ありがとうございます。

まだの方はぜひ、よろしくお願いします🙇


今回はリク視点のお話でした。


◆◆◆

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