第56話 オリーブハマチを食べよう


 使わずに保管していたショッピングモールの商品券が大活躍した、楽しい買い物だった。


 電話で取り置き予約をお願いしていたオリーブハマチはもちろん、その他にもサーモンの柵やいくら、ホタテの貝柱などを購入した。

 魚屋には新鮮な本ワサビも売っていたので、せっかくなので大量に購入しておいた。

【アイテムボックス】に収納しておけば、いつでも新鮮で美味しい本ワサビが堪能できる。


 ついでに新発売の缶ビールもケースで購入する。以前に抽選くじで当選して貰ったクラフトビールも見かけたので、それもたくさん買い込んだ。

 規模の小さな醸造所で作られるクラフトビールは、一期一会なのだと聞いたことがある。

 気に入った味のクラフトビールはたくさん買って応援しなければ。


「あ、これ。オリーブハマチと同じ地方で作られているレモンビールですって。カナさん、これも買っちゃいましょう!」

「いいわね、レモンビール。オリーブハマチにも合いそうだし、夏にピッタリじゃない。あら、こっちも同じ醸造所のビールみたいよ。ええと、うどんビール……」

「………うどんビール……?」


 奏多さんと無言で見詰め合ってしまった。

 予想外のネーミングに怯みつつ、そっとラベルを確認してみたが、たしかに「うどんビール」とある。

 気付いた店員さんが苦笑しつつも、おすすめしてくれた。


「うどんと銘打たれていますけど、うどんの味はしませんよ。要は小麦を使ったビールなんですし」

「なるほど……?」

「逆に、飲みながらうどんの味を探しても迷子になります」

「どうしましょ……。すごく気になってきたわ。買っちゃいましょう、これ」

「ですね。味の想像が付かなくて、逆に飲みたくなってきました」


 毎度あり、と笑顔の商売上手な店員さんに手を振って大量にお酒類を詰め込んだショッピングカートを押していく。


 侮れない、うどん県。

 あとリカーショップの店員さん。


「いっぱい買っちゃったわねぇ。でも、いい買い物が出来たわ」

「はい! 商品券も綺麗に使い切れたし、満足です」


 ほくほくしながら、駐車場へ向かい、車に積み込む振りをして【アイテムボックス】に買い物品を収納する。

 お店の出入り口で見かけたアイスクリームショップでも大量にお土産を購入し、ドライアイスごと収納しておいたので、しばらくデザートにも困らないだろう。

 奏多さんが奢ってくれたお洒落な珈琲ショップの、期間限定のピーチフラペチーノを堪能しながら帰宅の途に着いた。



 今日の夕食の準備はお手伝い不要とのことで、代わりに動画の撮影をお願いされた。

 定点撮影用のスマホやタブレットの他に、人の視点からのが欲しいのだと言う。

 いつの間にか、高性能なカメラを揃えていたらしく。使い方を教わって、ほぼぶっちゃけ本番で撮影することになってしまった。

 五分ほど、猫のノアさんを撮影練習しただけの素人なので不安しかないが、ちゃんと切り貼りするから気にしないで、と軽く背を押されてしまった。


 撮影用の衣装に着替え、きちんとメイクした奏多さんがキッチンに戻ってくる。

 衣装はいつものバーテンダースタイル。綺麗に洗浄した手には、念のためにピッチリとした薄手のゴム手袋を着用済みだ。

 慣れた様子で奏多さんは本日の食材、オリーブハマチについて説明している。サイズがサイズなので、キッチンテーブルいっぱい使っての調理だ。

 まな板には乗り切らないので、テーブルには消毒済みのブルーシートが敷かれている。


「さて、ここのシーンは使えないけれど、記録として撮影お願いね? ミサちゃん」

「はーい! バッチリ綺麗に撮りますよ!」


 うっかり麗しいお顔を重点的に撮影したくなるが、その欲望を抑え込んで、奏多さんの手元にレンズを向けた。

 取り出されたのは、鈍色のブッチャーナイフ。

 特殊個体からドロップした、初めてのレアアイテムを使用する瞬間は、とんでもなく緊張した。


「では、さっそく。──解体」


 奏多さんが魔力を込めて、オリーブハマチの腹に差し込んだブッチャーナイフの刀身が、禍々まがまがしい赤色に染まった。

 魚の表面が同じ色の光に包まれて、その輪郭があやふやになり──やがで光が収まった時には、ブルーシートの上には切り分けられた柵やアラ部分が横たわっていた。

 まるでドロップアイテムのように。


「すごい……。けど、魚だと、ちょっと地味ですかね?」

「そうね。撮影してもらってなんだけど、動画的にはハマチを捌いているシーンの方が撮れ高あったかも……」


 たしかに、魚を捌いている動画は何故だか、眺めているだけでも楽しいものだ。

 奏多さんがこんなに立派なハマチを捌く姿をファンなら見たかったに違いない。


「まぁ、今回はブッチャーナイフの使い方を調べるためのお魚解体だったし。それに、カナさんのハマチ料理、すっごく楽しみなので!」

「ふふっ、ありがと。美味しいトロ部分、ミサちゃんにあげちゃうわ」


 ブリトロ部分は大好物だ。

 笑顔で撮影を続けることにした。

 

 奏多さんはしげしげと解体された部分を観察している。不思議なことに、魚を捌いた際に捨てるはずの内臓部分やヒレなどはどこにも見当たらない。


「鱗もそのままの状態でナイフを使ったんだけど、ちゃんと取り除かれているわね。頭の部分は私が使いたいと思ったから残ったのかしら……? 中骨なんかも外されて消えているわ」

「まるでブッチャーナイフが食べちゃったみたいですね」

「……どうやら、そうみたいね」


 あらためてナイフを鑑定した奏多さんが、ため息を吐いている。

 こんなに大きな魚なのに、鱗や血、皮まで綺麗に消えているのは、そういうことなのだろう。


「じゃあ、お肉の解体でもグロくなさそうで良かったですね! 内臓の後始末とか、ものすごく大変そうだもの」

「ふっ…。そうね、助かるわね。匂いもキツいもの」

「あ、でも内臓なんかは、スライムさん達が美味しく食べてくれるのかな……?」

「食べてくれるだろうけど、キツい匂いはしばらく残るから、消えてくれる方がありがたいわねぇ」

「そうでしたね。晶さんの浄化クリーンでも臭いは消せるのかな……?」

「そういう疑問は後でね。じゃあ、さっそく刺身にしていくわよ」

「はーい」


 良い子の返事を返して、真面目に撮影再開だ。

 綺麗に三枚におろされた身を、刺身包丁で薄く切っていく様は圧巻だった。

 メインはもちろん、大皿いっぱいの刺身料理。ピーラーでせっせと作りおいたツマは我が家自慢の大根を使っている。

 その他にも大葉や飾り切りの野菜をさりげなく添えたのは、流石のセンスが光る奏多さんだ。

 キュウリやニンジン、ラディッシュはもちろん、レモンまで軽く捻って蝶々に仕立て上げている。

 すだちは菊釜に刻まれ、食べるのがもったいないほど美しい。

 ワサビ台として笹の葉の飾り切りまで用意されていたと知った時には、カメラを放り出して拍手喝采したくなったほどだ。


(こんな立派なお刺身の盛り合わせ、料亭でしか見たことないなぁ……)


 オリーブハマチだけだと、さすがに寂しいので、サーモンや甘エビ、ホタテの貝柱などを彩りよく並べてある。


「あとはオリーブハマチ丼にしましょう。海鮮丼と迷ったけれど、ここはシンプルにハマチの味を堪能しましょ」


 酢飯ご飯を丼鉢に盛り付けて、ハマチの刺身を重ねていく。大サービスで三重だ。

 真ん中に生卵の黄身を割り入れて、薬味として胡麻とネギと刻み海苔を散らした。

 本ワサビも添えて、お醤油は各自で好きなだけ、セルフ方式とする。


「美味しそう……」


 喉が鳴りそうなのを我慢して、出来上がったお皿を粛々と収納する。調理現場を眺めるのは楽しいが、なかなかの拷問だ。

 奏多さんは楽しそうに、次々とハマチ料理を作っていく。カルパッチョになめろう、ムニエル。

 シンプルな塩焼きでさえ美味しそう。

 削ぎ落とされた中落ち部分は、つみれになってお吸い物に投入された。

 アラはぶり大根ならぬ、ハマチ大根に。

 頭部分はオーブンで塩焼きに。これがまたこんがり焼けて、良い匂いがして堪らない。


「ムニエルや唐揚げにして甘酢餡かけも作りたかったけど、それはまた今度にしましょうか」


 流石に、あの大きさのハマチは使い切れなかったようで、次回のおあずけに。

 それでもテーブルいっぱいのご馳走は圧巻だった。

 匂いに釣られて、屋根裏の作業部屋から降りてきた晶さんと牧場から帰宅した甲斐が揃ったところで、夕食だ。

 冷蔵庫でしっかり冷やしておいた新作ビールを皆に配って、笑顔で乾杯した。

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