第57話 宴のあと


「オリーブハマチ料理、美味しかったねぇ……」 


 大きな皿鉢いっぱいの豪華な刺身の盛り合わせには皆、歓声を上げて大喜びで挑んでしまった。

 サーモンやホタテも美味しかったけれど、やはりメインのオリーブハマチには敵わない。


 ぷりぷりの肉質の刺身は魚臭さがほとんどなかった。脂が乗っているのに、さっぱりとして後を引かない淡白さが際立っていた。

 その分、魚本来の旨味が感じやすい。

 大葉に包んで食べたり、ツマと一緒に頬張って美味しく平らげた。


「オリーブハマチ丼、あれは天上の食いもんだったな」


 甲斐が特に気に入ったのは、オリーブハマチ丼。

 贅沢に山盛りにした、ぷりぷりの肉厚ハマチは震えるほどに美味しかった。

 卵の黄身と薬味で味変した刺身と酢飯。

 少し甘めに味付けた酢飯は酸味もまろやかで、海鮮との相性は抜群だった。

 あれはヤバい。語彙力が消失し、四人とも「うまい」としか口に出来なかった。


「私はハマチのなめろうとカルパッチョがお気に入りです。あれは良い物です」


 晶さんはカルパッチョとなめろうか。

 たしかに、どちらも美味しかった。

 我が家自慢の新鮮なお野菜を使ったサラダを柑橘系のドレッシングとオリーブオイルで和えたハマチのカルパッチョは、そのまま店に出せるレベルまで昇華されていたと思う。


「美味しかったよね……。どっちもハマチで作れること、知らなかったよ。さすが、カナさん。アレンジも神」


 なめろうも素晴らしかった。

 アジのなめろうは、たまに食べていたけれど、まさかハマチでも作れるとは。

 小骨がない分、ハマチの方が食べやすい。

 文句なしに美味しかった。

 長ネギ、ミョウガと大葉、あとは生姜と胡麻の風味が際立っていた。白みその甘さで、優しい味に仕上がっていたのだと思う。


(あのハマチのなめろうがあれば、延々呑めるね……!)


 ムニエルもハマチ大根も勿論、絶品だったが、皆が無言で箸を往復させたのは、意外にもハマチの頭の塩焼きだった。

 オーブングリルで焼いた塩焼きは、シンプルだけど、それだけに力強い逸品だ。

 黙々と身が詰まった場所を箸でほじって食べる様はお行儀が悪いが、気にする余裕もない。

 だって、引き締まった白身がとてもとても美味しかったので!


 お魚と同じ出身地、瀬戸内の甘塩での味付けも絶妙だった。四人で食べ尽くした頭の骨は見事に身が消えていた。



 お魚を欲しがるノアさんにも、ハマチの刺身を細かく叩いたものと塩抜きで焼いた身をほぐしてあげている。

 おかげで成猫になってからは滅多に聞くことがないという、伝説の「うみゃいうみゃい」をいただきました!


 いつもは上品に食事をする彼女ノアさんが、脇目も振らずにがっつく姿を拝めたのは幸せに尽きる。

 スライムのシアンにもお裾分けをしたが、せっかくの高級魚よりも魔力をたっぷり含んだ野菜の方が好みだったようで、ひたすらカルパッチョを消化していた。

 とはいえ、ちゃんと魚の骨も綺麗に食べてくれたのでありがたい。



 デザートはバニラアイスにダンジョン産のラズベリージャムを添えて。

 奏多さんは何とチョコレートリキュールをかけて優雅に堪能していた。

 もちろん皆で真似をして盛り上がった。定番はウィスキーとバニラアイスだと聞いて、そちらも試してみた。大人のデザートだ、と感動の味。

 高級なお酒を使うのは少しもったいないかもしれないが、こういう楽しみ方もありだなぁ、と思った。


 甲斐は業務用アイスの箱を抱えて、しゃもじで食べていた。アイス用のスプーンより、掬いやすいらしい。とてもお行儀が悪い。

 バニラアイスはシアンも好みらしく、触手を伸ばして甲斐におねだりしていた。

 アイスを頬張りながら、甲斐が疑問を口にする。


「結局、ブッチャーナイフの使い心地はどうだったんだ? カナさん」

「コツは必要だけど、すごく便利よ。猟師は喉から手が出るほど欲しいお宝でしょうね」


 くすり、と奏多さんが笑う。

 ドロップアイテムを肉と魔石に固定する能力はもちろん魔力を込めて肉に差し込むだけで解体できるのは、最高にクールなナイフだとベタ褒めだ。


「コツって、難しそうです? 私も使えるかな」


 その昔、畑の害獣避けのために箱罠を仕掛けていた身としては、とても気になった。

 さすがに学生では罠で捕まえることしか出来ずに、市役所に連絡してカゴごと引き取ってもらうか、手慣れたご近所さんにトドメと解体をお願いしていたのだ。

 

「ミサちゃんなら、多分使えると思うわ。ナイフを刺して、解体作業を思い浮かべる必要があるだけだから」


 オリーブハマチを捌く際には、脳裏にはっきりと三枚におろす手順を思い浮かべていたようだ。

 奏多さんの鑑定では、何も考えずにナイフを突き刺すだけだと、血抜きしかしてくれないらしい。


「うーん…。じゃあ、たとえば裏山の鹿を解体するには手順を知らないと失敗しちゃうってコトかな?」

「失敗まではいかないにしても、可食部すべての肉が綺麗に残るかは不明ね」

「あやふやな知識だと、損しちゃうんですね……。ジビエ解体の動画や本できちんと勉強しておこう」


 今は狩猟のシーズン外なため、鹿や猪を狩ることはできないが、大事な畑のためには害獣退治は率先して行うつもりだ。

 ついでにその命も美味しくいただく予定なので、事前予習は必須である。

 

(ダンジョンモンスターを狩り慣れた身だと、箱罠も必要なさそうだよね)


 魔法を使って倒しても良いが、使い慣れた薙刀でも、多分簡単に倒せると思う。

 裏山の猪や鹿は、ダンジョンモンスターよりもかなり小柄で臆病な生き物なので。



 夕食の片付け後、何となくそのまま解散するのは寂しく思えて、皆を誘って屋根裏部屋で飲むことにした。



 

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