第55話 買い物に行こう
週末のダンジョンキャンプを大いに楽しんだ後は、お仕事です。
甲斐は元気に牧場へ出勤し、奏多さんは動画の編集、晶さんも一番人気の鹿革バッグ作りに余念がない。
早朝、畑の水やりと収穫物の箱詰めも終わらせているので、のんびりと居間で事務作業を片付けることにした。
ついでにシェアハウスの収支確認。光熱費と通信費以外はそれほど経費は掛かっていない。
なにせ、井戸水を使っているために水道代は不要だし、基本は自給自足。
調味料と穀物類、魚介類はさすがに購入しているが、それでも月に三万弱ほどの出費に抑えられている。食欲旺盛な大人四人の食費としてはかなりの倹約になっていた。ダンジョン様々である。
通信費はWi-Fi代と固定電話を引いた分が毎月の経費だ。これは仕事用に使っているので、削るわけにはいかない。
電気とガス代も、シェアハウス住民から徴収している家賃各一万五千円で充分に支払えている。
「プール金は貯めておいて、家の修繕費に使おうかな」
築百二十年の古民家なので、そこかしこにガタがきている。
何度も修繕の手を入れたり、使いやすくリフォームをしているが、まだ何箇所か気になる場所があった。
「玄関の扉はいつの間にか、カイが直してくれていて助かったけど」
この田舎に引っ込む前に、甲斐は何件かバイトを掛け持ちしており、その一つが工務店だった。
基本的には力仕事中心の下っ端だったが、現場仕事を数年こなしている間にそこそこ学んだようだ。
その上、便利屋『猫の手』の仕事として、庭の草刈りや山の手入れの手伝いに駆り出されている間に親しくなったご近所さんが、元大工の親方で。
気難しいと噂のお爺さんは裏表ない性格の甲斐を気に入り、合間に基本技術を仕込んでくれたのだ。
簡単な大工仕事が出来る程度だが、便利屋的にはとてもありがたい。
時給換算でのお手伝い要員なので、甲斐は庭の草刈り、大型犬の散歩、電球の取り替えに加えて、棚を拵えたり、犬小屋を直したりと大活躍だ。
オーバーワークではと心配だったが、当の本人が楽しそうにやっているので、今のところは任せている。
教えてもらった技術を試してみたいと、積極的にうちの古民家も修復してくれていた。
おかげで当初はそれなりに覚悟していたシェアハウスの赤字運営からは免れている。
「家と山、その他の土地の固定資産税や保険関連は、お爺ちゃんたちの遺産から経費として支払うから、私の持ち出しはなし。……うん、順調に貯金も増えているわね」
通帳を眺めて、にんまり笑ってしまう。
内定が決まっていた会社で真面目に働いていたとしても、これだけの貯金額を短期間で稼ぐのは難しいだろう。
美味しいご飯がほぼ自給自足で食べられて、気の合う仲間とわいわい楽しく過ごせるシェアハウス生活は、とても充実している。
「あんまりお金も使わなくなったから、余計に貯金が捗るんだよねー」
四人の共通の趣味である、お酒も奏多さんが『宵月』から退職金代わりに貰ってきた物がまだたくさんあるし、ショッピングモールの抽選の景品もあった。
たまに近くのコンビニでお菓子を買うくらいの出費はあるが、金額としては微々たる物だ。
「服もアキラさんが作ってくれるし……」
材料費と少しの手間賃だけで、既製品よりよほど着心地の良い服を作ってくれるのだ。
倍額払いたいくらいだが、本人は楽しいし勉強になるから、と爽やかに辞退するので、せめてと美味しいお取り寄せのお菓子を購入し、女子二人でこっそりお茶会を楽しんでいる。
「期間限定のフルーツ大福を注文したから、明日には食べられるかな?」
いちご大福の他にもキウイ大福、マスカット大福、いちじく大福、みかん大福など、多彩な和菓子の箱詰めだ。
フルーツサンドと迷ったが、和菓子はなかなか自作できないのでこちらを選んでみたのだ。
美味しかったら、レシピを調べて我が農園のいちごで作ってみるのも良いかもしれない。
奏多さんが張り切って作ってくれそう。
「加工品を売るのは大変そうだから、作っても自分たち用かな。まぁ、それなりに儲けることが出来ているし、しばらくはダンジョンに集中しよう」
便利屋『猫の手』は現在、週に二、三件の依頼で落ち着いている。
ゴミ屋敷お片付けのビフォーアフター動画がそこそこバズったおかげで、ゴミ捨て込みの清掃と家じまいの相談がそれなりにあった。
気軽に頼まれているのは、甲斐の『お手伝い』の方で、一時間二千円のコースが売れ筋だ。
そう言えば、五百メートルほど離れたご近所さんの愛犬シロの散歩を、毎朝のジョギング時についでに請け負っていると聞いた。
ハスキーのミックス犬で生後十ヶ月ほど。運動量が凄まじいらしく、年配のご夫婦では付き合いきれないようで、ちょうどジョギングコースだし、と快く散歩代行を楽しんでいるとのこと。
散歩のお礼に貰ったと、お米二十キロの大袋を笑顔で抱えて帰って来たのは記憶に新しい。
「相変わらず、カイはお年寄りキラーよね……。お米はすっごくありがたいけれど!」
週に二回の『お片付け』コースの依頼頻度が、いちばん負担なく受け入れられるのでちょうど良い。
塚森ファームの野菜は美味しいと人気がある。少々お高くはなるが、野菜嫌いな子供たちでも食べてくれると好評らしい。
無農薬が売りの野菜は、初期費用──種や苗だけ購入すれば、魔法の水とポーションで延々と収穫できる。
最近はダンジョンで採取してきたラズベリーやビワもお試しで販売しているが、こちらも人気商品だ。
五階層はまだ階段周辺しか探索していないが、美味しくて珍しい果実が採取できると嬉しい。
「そう言えば、五階層では木を伐採してきていたよね」
アイテムボックス内にしっかり収納してある。立派な大木なので、薪にするのは惜しい。
晶さんが錬金やリフォームに使いたがるかもしれないから、蔵に置いておこう。
帳簿付けも終わり、のんびりと麦茶を飲んでいると、奏多さんが台所から声を掛けてくれた。
「ミサちゃん、昼からショッピングモールに買い物に行く予定なんだけど、一緒に行く?」
「行きます!」
ちょうど事務作業も終わったところなので、大喜びで頷いた。
ショッピングモールは久々だ。
しばらく買い物はネット通販か、近場のスーパーで済ませていたので。
電話番は二階の屋根裏で作業中の晶さんにお願いして、二人でのお買い物。
ティファニーブルーの軽ワゴンに乗り込んで、いざショッピングモールへ。
「そう言えば、何を買いに行くんです?」
「んっふふふー。実はねぇ、今朝のうちに問い合わせたら、ちょうど朝イチで入荷したブツがあるって聞いて、予約しておいたのよ」
「予約?」
「そ。養殖モノだけど、かなり美味しいって聞いたから、一度試してみたかったのよねぇ。下処理なしのオリーブハマチ。ショッピングモールの魚屋まで買いに行くわよぉ!」
「ええ~っ⁉︎」
予想外の買い物に驚いたが、カツオやマグロ丸ごと一本よりは断然良いな? と思い直し、落ち着きを取り戻した。
「あ、もしかしてダンジョンで手に入れたブッチャーナイフを試してみるんですね?」
「そうね、さすがに締めたばかりの新鮮な肉が欲しいとは注文しにくいし、最初は大きめの魚で試したくって」
「魚の解体だと、三枚に下ろされたりするのかな……」
想像がつかないが、久々の新鮮な魚が食べられるのは、素直に嬉しい。
ハマチなら刺身で食べたい。
海鮮丼にしても美味しそうだ。
聞いたことのないネーミングだったので、スマホで検索してみたが、オリーブの葉を粉末にして調合した餌を使って養殖したハマチらしい。
「酸化、変色がしにくい肉質に改善されたハマチ……? 脂がのって、すごく美味しそう」
「そうなのよ! 流石にオリーブの香りはしないみたいだけど。歯応えが良くて、さっぱりした脂が後を引く美味しさで有名なのよ。食べてみたいでしょ?」
「食べたいです……! カルパッチョにも合いそうだし、色んな食べ方に挑戦してみたいですねっ」
四キロはある大きさのオリーブハマチが一本でキリよく一万円らしい。
前回の買い物時の運試しで手に入れた商品券を使うので、実質無料だ。
せっかくなので、海鮮丼用に他の魚介類も商品券で買って帰ろうと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。