第53話 ブッチャーナイフ 


 ワイルドウルフからドロップしたナイフは、奏多さんが鑑定したところによると、肉屋ブッチャーナイフという代物らしい。

 

「これは凄いわね。ダンジョンで倒したモンスターがドロップする前に、このナイフで刺すと、ドロップアイテムが肉に固定できるみたい」

「マジで⁉︎ めちゃくちゃ良い物じゃないっスか!」


 甲斐が大喜びしているドロップアイテム、三十センチほどの長さのナイフは、食肉加工用の包丁だったようだ。

 骨スキボーニング皮剥ぎスキニングの両用で使える万能型の包丁──というのが、ブッチャーナイフで検索した内容だが。


「このダンジョン産のブッチャーナイフは、魔道具マジックアイテムの一種のようね。肉ドロップを確定できる効果の他にも、魔力を流して動物を刺せば解体できるみたい」


 何とも言えない表情で、奏多さんが説明してくれる。四人で思わず顔を見合わせてしまった。

 

「えっ、と。それは、たとえばダンジョンの外で、鶏をそのナイフで刺したら、その場で解体してくれる、と?」


 代表して、甲斐が疑問を口にしてくれる。

 奏多さんが神妙な面持ちでこくりと頷いた。


「そういうことね。……試してみる?」

「いやいやいや! さすがに無理! アイツらはもうペットみたいなもんだしっ」

「最初は増やして食べるかーって言ってたくせに」

「無理! だって可愛いひよこ時代見ちまったら、もう絶対に食えねぇ! 市販の鶏肉は美味しく食うけども!」


 胸を張っての主張はある意味、潔い。

 でも、気持ちは分かる。

 薪割りと鶏の世話をするのは甲斐の担当で、たまに親鳥に突かれながらも、せっせと小屋を管理し、餌やりや水替えなどを頑張っていたのだ。

 情を覚えるのも当然だろう。


「じゃあ、他の生き物で試してみませんか?」

「他の生き物って? アキラちゃん」

「解体しやすい、魚介類」


 思いも寄らない提案に、三人は沸き立った。

 たしかに、魚ならば気兼ねなく存分に試せそう。


「いいわね。でも、試すのは帰ってからね?  夕方まではダンジョンキャンプの予定だし」

「じゃあ、お肉ドロップ固定の効果だけ、試してみよう! オオカミ肉は要らないから、四階層のワイルドボアで」

「今夜はイノシシ肉パーティだな!」


 気が早すぎる甲斐の宣言に呆れつつも、ちょっと楽しみだったりする。

 セルフで焼いて食べるバーベキューにすれば、奏多さんだけに調理の負担も掛からないし、美味しくビールが楽しめるに違いない。


「じゃあ、四階層へ!」




 ワイルドボアは巨体のイノシシなので、甲斐以外の三人はなるべく遠方から攻撃していた。

 基本はそれぞれの属性の魔法を使う。

 晶さんは光魔法で目潰しし、奏多さんは弓を放ったり、風の矢ウインドアローで急所を狙った。

 私はもっぱら水の刃ウォーターカッターでボアの頭部を攻撃した。

 そんな中で甲斐は堂々と正面から刀一本で立ち向かう。


「ノアさん、落とし穴お願い!」


 晶さんが叫ぶと、ノアさんがミャと小さく返事して、愛らしい前脚で地面を二度踏み締めた。

 甲斐目掛けて突進して来ていたワイルドボアの足元に大きな穴が開き、その巨体が地に沈む。


「ノアさん、さんきゅ!」


 甲斐が笑顔でノアさんに片手を振り、身軽く落とし穴に飛び降りた。

 刀を掲げ、体重を掛けてワイルドボアの首元に刃を突き刺す。

 悲痛な叫びを上げて痙攣するボアの喉に、甲斐はブッチャーナイフを差し込んだ。


「あ……」

「ワイルドボアの身体が光った?」


 ドロップする瞬間、柔らかな光に包まれて消えるモンスターの死骸は見慣れていたが、光の色がいつもと違って見えた。

 赤に近いピンク色の光。瞬いて消えた後には、いつもより大きな肉の塊がドロップした。


「すげぇ! 本当に肉がドロップした」

「可食部が八割? ちゃんと落としてくれたわね。これは嬉しいわぁ……!」


 いつもは部位ごとのドロップなのが、ブッチャーナイフを使うと、色んな部位の枝肉が手に入るようだった。

 肉の他には、魔石もドロップしていた。

 魔石はどのモンスターを倒しても、必ずドロップする素材なので、特に不思議には思わない。


「でも、このブッチャーナイフを使うには、すぐそばで獲物を倒さなきゃならないから、カイくらいしか使えなさそう」

「だなー。じゃあ、しばらくは俺が預かっていてもいいかな? 肉狩ってくるからさ」

「そうね、基本はカイくんがブッチャーナイフとマジックバックを持つので良いと思うわ。解体を試す時には借りたいけれど」

「いいっスよ!」


 今夜はシシ肉を堪能することに決まったので、魚は明日捌くことになった。

 魚介類を試した後は、裏山の鹿を捕まえて試してみるのも良いかもしれない。


「アルミラージはラビットフット狙いだし、ワイルドディアは鹿皮と肉の両方が欲しいから、しばらくはワイルドボア狩りだな」

「五階層がオオカミだったから仕方ない。オオカミの毛皮と牙がドロップしたけど、アキラさん何かに使えそう?」

「まだ何とも。毛皮のコートやカーペットに使えそうとは思うんですけど、何かを作っても販売は無理じゃないでしょうか」

「えっ、どうして? あ、ワシントン条約だっけ?」


 希少動物の取り引きは原則禁止、だったか。

 詳しくは調べてみないと分からないが、まさか「オオカミの毛皮」と銘打って販売するわけにはいかないだろう。


「うーん、自分たちで使うしかないのかー…。残念だけど、仕方ないよね」

「毛皮自体はとても良い物なんですけどね」

「ほんとだ。意外とふわふわしてる。これは絨毯にしたいかも」


 オオカミの毛皮と言えば、落語だったか。

 その昔、猫のノミ取りに使っていたと聞いた覚えがあるけれど。


「ノアさんにはノミなんていないもんね?」

「ミャオン」


 シャンプー嫌いなノアさんのために、晶さんが毎日、浄化クリーンで綺麗にしてあげているので、彼女はノミ知らずだ。光魔法、便利すぎる。



 それから夕方まで、それぞれ目当てのモンスターを狩ったり、ラズベリーやビワの収穫に励んだ。

 昼食は以前に作り置きしていた餃子を焼いて食べた。甲斐がホットサンドメーカーで餃子を焼いている横で、豪快にフライパンを振る奏多さん。ボア肉焼豚チャーシュー入りの炒飯は絶品だった。

 私はキャベツと鹿肉で回鍋肉ホイコーローを作り、晶さんは玉子スープを作った。

 たっぷり動いて、お腹はぺこぺこ。

 最強の調味料、空腹も手伝って、中華キャンプ飯を美味しく完食した。




「疲れたけど、楽しかったなー! ダンジョンキャンプ!」


 午後四時には撤収し、一息ついた。

 順番にお風呂で汗を流し、のんびりおしゃべりしながら、バーベキューの準備中だ。

 甲斐は上機嫌でバーベキューコンロやテーブルなどを庭に設置している。

 奏多さんは業務用のミートスライサーでボア肉を食べやすいサイズにカット中。私は野菜を切ったり、副菜の準備に余念がない。

 晶さんだけは二日弱お留守番させていた鶏たちの世話に向かってくれた。ノアさんとスライムのシアンがお供だ。

 鶏小屋の掃除と餌の追加。錬金スキルで作った水甕みずがめの様子は気になるが、そこは彼女に任せることにした。


 いつもは【アイテムボックス】に収納している、ミニ冷蔵庫を取り出してコンセントに繋げた。

 中には缶や瓶入りの各種ビールがぎっしり詰まっている。

 『宵月』から回収してきた、海外産のフレーバービールに最近ハマっているので、今夜はそれを飲むつもりだ。

 フルーティーなビールは口当たりが良くて、特に柑橘系の香りがするゴールデンエールがお気に入り。

 

「せっかくだから、グラスで飲もう。雰囲気も大事だもん」


 こちらも『宵月』から回収してきた、ビアグラスを【アイテムボックス】から取り出して、冷蔵庫で冷やすことにした。

 チューリップ型のグラスにパイントグラス、ピルスナーグラス。

 甲斐はいつも大振りのジョッキを選ぶ。

 ビールの種類によってや、泡や味を楽しむ時用などと、奏多さんはグラスについて詳しく説明してくれたが、酔っていたのであまり覚えていない。

 つい、見た目で選んでしまう。

 聖杯型とチューリップ型のビアグラスが可愛らしくて、お気に入りだ。


「ミサちゃん、主食はどうするー?」

「はーい、焼きそばがいいですっ、カナさん!」


 良い子の返事をして、臨時『宵月』バーの準備をしていた納屋からキッチンへ向かった。



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