第52話 ダンジョンキャンプ 8
「今日は五階層に挑戦、で良いんだよね?」
朝食後、ダンジョン産フルーツをデザートに摘まみながらあらためて確認する。
「もちろん! せっかく四人揃ったんだから、五階層へ降りてみたい」
一番張り切っているのは、予想通りに甲斐だった。やる気に満ちた表情できらきらと瞳を輝かせている。一方、北条兄妹は落ち着いて見えるが。
「新しいフロアで手に入る素材が楽しみです。錬金に使える鉱石だと良いんですが」
「私は美味しいお肉かどうかが気になるわぁ。ウサギに鹿、猪とジビエ肉が続いたから次は豚とか牛だと嬉しいわね」
もう既にドロップアイテムに思いを馳せているのは、さすがと言うべきか。
確かに、錬金に使える鉱石や素材がドロップするのはありがたい。
物作りの幅も一気に広がるだろう。
美味しいお肉のドロップも物凄く楽しみなので、奏多さんの意見には同意しかないが。
「皆、意外と武闘派……?」
「何を今更」
ぽつりと呟くと、きょとんとした甲斐に首を傾げられてしまった。
「最初はゲーム感覚でダンジョンに潜っていたけど、強くなると楽しくなってきちまって」
「私も最初は美味しいお肉狙いではあったわね。あと、レベルが上がると【鑑定】スキルや魔法も強くなるし」
「私は素材集めが目的なので。【錬金】で色々と作り出せるのが、単純に楽しかったから……」
意外と皆、積極的にダンジョンを楽しんでいたようで何となく嬉しくなる。
かく言う自分も、今では水魔法や薙刀で魔獣を倒すことが楽しみで仕方ないのだ。
「なんとなく、あと少しで【アイテムボックス】スキルが進化しそうな予感があるんだよね。だから、私も五階層がすごく楽しみ」
どんなモンスターがいるのだろう。
奏多さんが期待しているように、美味しいお肉をドロップしてくれると良いけれど。
晶さんが用意したキャットフードを食べていたノアさんが、お皿から顔を上げてニャアと鳴く。
ノアさんに寄り添っていたスライムのシアンも楽しそうに上下に揺れている。
「……貴方たちも乗り気みたいね」
「ふふっ。ノアさんに新しい従魔が出来るかもですよ?」
くすくす笑いながら、晶さんがノアさんを撫でている。額から耳の裏まで優しくマッサージされたノアさんは気持ち良さそうに喉を鳴らした。
モンスターからのドロップアイテムはそのまま放置していると、十時間ほどでダンジョンに吸収されてしまう。
ダンジョンの外から持ち込んだ荷物がどうなるかは不明だが、せっかくのアウトドアグッズを失うのは惜しいので、まとめて【アイテムボックス】に収納した。
「お昼休憩時にまた設置するね。とりあえず、魔力の使い過ぎでお腹が空いた時用の軽食とポーションは渡しておくから」
「おう、ありがとな」
「一緒に行動はするけれど、万一はぐれた時用にね?」
「良い考えよ。はぐれた場合の待ち合わせ場所はここにしましょ。四階層のセーフティエリア。方位磁針はしっかり持ったわね?」
「はーい」
皆で良い子の返事を返して、装備を確認する。晶さんが作ってくれたダンジョン用の衣装は【錬金】スキルで上限まで強化してくれているので、今ではアルミラージやワイルドディアの角攻撃が掠めても、傷ひとつ付かない。
同じく、晶さんが作ってくれた、それぞれの武器も万全の状態だ。
いつも休憩時に
「じゃあ、行くか」
先頭を行くのは、甲斐だ。
セーフティエリアを通り過ぎて、その奥。下の階層に続く階段を気負いなく降りていく。
晶さんと並んでその後に続き、最後尾は奏多さん。何とも心強い布陣だ。
「お、五階層も森林エリアみたいだな。ちょっと森の雰囲気が違うけど」
「そうだね。整えられた針葉樹林みたい」
「立派な木が多いわ。杉、ヒノキ、松も色んな種類があるみたいね……」
奏多さんがしっかり鑑定している。
私も見慣れた木々に囲まれて、何となく森林浴気分で深呼吸してみた。
「これはイチイ、アスナロ? あら、モミの木まであるわね」
「どれも良い木材になりそう……」
うっとりと木肌を撫でる晶さん。
甲斐が笑顔で「じゃ、切って持って帰るか!」などと提案している。おい。
「ちょっと、カイ! ダンジョンの木を伐採する気? さすがに無理でしょ、それは」
「何でだ? ラズベリーやビワは持って帰れたんだから、木もいけるんじゃないか?」
「……たしかに、持ち帰り禁止の旨は、鑑定でも見たことがないわね」
「カナさんまで、もう!」
「ミサさん、ミサさん。実は先日、斧を作ったんです。ワイルドディアの角素材で強化したので、とっても切れ味が良くなっているはずなので、ちょっとだけ試してみたいかもです!」
普段は無口な晶さんが瞳を輝かせながら、饒舌にお願いしてくる。
こんなの、断れるはずがない!
「……じゃあ、とりあえず一本だけお試しで切ってみる? ちゃんと周囲の気配だけは、気を付けておいてよ?」
「おう、分かってるって!」
チェーンソーの騒音よりはマシだが、斧を使うと音や気配でモンスターが集まってくるかもしれない。
甲斐が狙いをつけた大木をぽん、と叩いている間に、そこから距離を取る。その木を中心に円を描くように位置取りし、武器を構えた。
「じゃあ、斧を入れるぞー?」
「はいはい」
「よっ、と」
何とも気の抜けた声音が聞こえた、ほぼ同時に。コーン、と腹に響く音が耳朶を震わせて。
ありゃ、と甲斐が戸惑う様子に、嫌な予感がして振り返った。
「ちょっとカイ。何が……」
「ミサちゃん、危ない!」
「ふぇ…っ…?」
何故か、甲斐の一振りで綺麗に根元から切られた大木がゆっくりとこちらに倒れてきて──慌てて転がるように横に逃げる。
ズシン、と重い音がして、振り返ると。
「あー、ビックリしたぁ……!」
甲斐が両手でしっかり大木を受け止めていた。【身体強化】のスキルを使ったのだろう。
よいしょ、と地面に大木を置く。
相当な重さがあるはずだが、まるで木の棒を振り回しているような気軽さだ。
「ミサちゃん、大丈夫? 怪我はない?」
「ああ、カナさん。大丈夫です。すり傷ひとつないです」
心配そうに覗き込んでくれる奏多さんに、へろりと笑って答える。
両脇から掬い上げるようにして立ち上がらせてくれる奏多さんマジ紳士です。
「カナ兄! カイさん! モンスターが来ました!」
「あら、やっぱり聡いわね」
「あれはオオカミ……?」
漆黒の毛皮を纏ったオオカミらしきモンスターが五匹、こちらを目指して駆けてくる。
「ワイルドウルフね。五階層は残念ながら、美味しいお肉は無さそうだわ」
さりげなく背後に隠してくれながら、奏多さんが苦笑する。その手には既に弓が構えられている。
晶さんが目潰しの光魔法をワイルドウルフ達に向けて放ち、ギャンと悲鳴を上げたところで、奏多さんの放った矢が一匹の額を貫いた。
もう二匹はノアさんの土魔法、
「っしゃ、貰った!」
甲斐が素早く近寄り、瀕死の息の二匹を刀で切り裂いていく。
残り二匹。出遅れたが、私も魔力を練り上げて
「ラスト!」
ノアさんが器用に土魔法で作った穴に落とされた、最後の一匹を晶さんの短槍が突き刺して最初の戦闘は終わった。
「はー、焦った……。オオカミはそう言えば群で行動するんでしたねー」
「五階層は地味に面倒そうだな。倒せないことはないけど」
甲斐が索敵するが、今のところ他の気配はないようなので、一息つく。
「あ、ドロップアイテムに変わりました」
「これは毛皮と牙と魔石ね」
「こっちも同じく」
「これも毛皮と牙と魔石だなー」
「あれ? このフロア、ハズレ……?」
倒すのが大変そうな割には、ドロップ品がしょぼそうで悲嘆に暮れかけるが。
「あ、レアドロップありました!」
「マジ? アキラさん、それ何っ?」
高々と晶さんが掲げるそれは、鈍い光を放つ美しいナイフだった。
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