第51話 ダンジョンキャンプ 7


「空に月が見える。満天の星空も綺麗」


 アウトドア用のチェアに深く腰掛けて、夜空を見上げる。都会から離れた田舎の古民家暮らしでは、星空は見慣れているが、ここまで見事な月はそう拝めないだろう。


「不思議よね。ここはダンジョンの中なのに、ちゃんと空があるなんて」


 そう、ダンジョン内部には空があり、外の世界と時間が連動しているのだ。

 だから、夕方になると陽は沈み始め、深夜にはこれほどに見事な星空が広がる。


「一階層は洞窟だったけど、二階層は草原、三と四階層は森の中だから自然を満喫できて良いよな!」


 アウトドアが大好きな甲斐は久々のキャンプとダンジョンアタックが楽しめて、上機嫌で缶ビールを傾けている。

 まぁ、確かに自然は満喫出来ているのか。

 ダンジョン内を自然と定義できるのかは謎だが、楽しいのは確かなのでそこは受け流した。


「そうねぇ。ダンジョンだから、キャンプ地では鬱陶しい虫はいないし、騒音を撒き散らす迷惑なグループもいないから、確かに快適ね」

「あー…。まぁ、キャンプ場だと仕方ないっスよ。マナーもない連中が多いから、俺ももっぱら人の少ない場所に避難したし」

「今、キャンプがブームなんでしょ? 人の少ない場所とかあるの?」


 不思議に思って訊ねると、設備があまり整っていないキャンプ場やガチめの場所はブームに釣られたグループキャンパーはあまり訪れないらしい。


「トイレが古くて汚いとか、風呂やシャワーの設備がないとか。そういうところは女子や家族連れは嫌がるからなー」

「なるほど。たしかに、嫌かも」


 古い和式のトイレは何となく怖い。

 キャンプ地では汗や汚れが気になるから、せめてシャワーは浴びたいのが女子心。


「あとはソロキャンプ中に知り合った人が、自分で山を買ってキャンプ場にするとかで誘ってもらったりなー」

「何それすごい。でも、それならうちの裏山でもキャンプできない?」

「もうちっと開けた場所があればなぁ、できるかもだけど」

「なら、伐採と整地して広場作っちゃえば、毎日でもキャンプが楽しめるんじゃなぁい?」


 酔っ払った奏多さんが、甲斐の脇腹を肘で突いている。こうまでご機嫌なのは珍しい。

 晶さんもビールを舐めながら、くすりと笑う。


「そんな面倒なコトしないでも、毎週末ここでキャンプすれば良いんじゃないですか?」

「ふ、ふふっ。たしかに。アキラさん、良いこと言う」


 そうなのだ。わざわざ遠方に出向いたり、裏山を開拓しなくても、敷地内のドアを開ければアウトドアを嫌と言うほど体験できるのだ、我が家は。


「そうだった……。たしかに、景色も空気も良いし、俺ら以外に人もいなくて快適なんだよな、ここ。セーフティエリアを出ればモンスターに襲われるけど」

「セーフティエリアにさえいれば、安全よ? キャンプ場によっては蛇や猪、クマが出るところもあるんだし、それを考えれば良いキャンプ地よねぇ、ここは」

「いやいや。モンスターの方がクマより凶悪じゃね?」


 レベルも上がり、魔法も使える今、もはや現代日本の野生の猪やクマは余裕で倒せる。

 

「でも、ダンジョンで皆とキャンプするの、楽しいです」

「アキラさん……」

「そうね、楽しいわ。アウトドア料理も結構奥が深いわよね」

「なら、また来ようぜ。皆でさ」

「それ! 皆に予定が無かったらで良いんだけど、今日みたいなダンジョンキャンプ、毎週末にやらない?」


 皆が乗り気な今、ここぞとばかりに提案してみる。三人ともきょとんとした後、それぞれ笑顔で頷いてくれた。


「おう! 俺は喜んで! キャンプもダンジョンも同時に楽しめるの、最高だよな」

「私も良いわよ。どうせなら、セーフティエリアでアウトドア料理の動画も撮影しようかしら?」

「私も賛成です。平日はあまりダンジョンに潜れないし、集中して素材を獲得したりレベル上げを頑張りたいので」


 まさか全員に賛成されるとは思わなかったが、皆同じ気持ちだったのが素直に嬉しい。

 くすくすと笑い合いながら、もう一度乾杯して、この夜の宴はお開きとなった。




 スマホのアラームで目が覚めた。

 普段使っているベッドよりもかなり狭い寝台コットだったが、どうやら気持ち良く熟睡していたようだ。

 キャンプ気分に浮かれて、いつもよりたくさんお酒を飲んでしまったのもあるかもしれないが。

 のそりと起き上がり、小さく欠伸する。

 晶さん作のパーティションは優秀で堂々と着替えが出来た。


「二日酔い、まではいかないけれど。ちょっと身体がだるいからポーションを飲もう」


 【アイテムボックス】から取り出したポーション。先端部分を親指の先で折ると、一息で飲み干した。さっぱりとした甘さに目を細める。

 しゅわしゅわと喉をくすぐる炭酸の感触。

 胃腸のあたりが温かくなったなと思うと同時に、ふわりと軽くなる。


「うん、良し。今日も元気!」


 コットと枕やブランケットをさっと片付けて【アイテムボックス】へ。

 パーティションも折り畳み、収納する。

 テントでは北条兄妹はまだ眠っているようだった。起こさないよう、そうっとテントの外に出た。


「お、ミサ。はよ」

「おはよ、カイ。もう起きてたんだ?」

「おー日課の走り込みついでに一階層まで降りて、往復してきたとこ」

「元気過ぎない??」

「いっつも、こんくらいは走ってるぞ? ついでにポーションをゲットしてきた」


 甲斐も昨夜の酒の影響を気にしていたらしい。

 昨日、三階層で倒したワイルドディアの特殊個体からドロップした、巾着型のアイテムバッグが早速役に立ったようだ。


「うさぎ肉も鹿肉も猪肉も狩ってきたぞ」

「あー、じゃあドロップ品は預かるね」


 アイテムバッグには決まった容量があるので、こまめに回収しなくては。

 気を利かしてくれたのか、朝摘みのラズベリーとビワも採取してくれていたようだ。


「つやつやのベリー、美味しそう」

「朝イチの収穫、朝採れだからな! 美味いぞ」


 しっかり味見は終えていたようだ。

 しょうがないなー、と笑いながらラズベリーを摘まんで口に入れる。


「ん、美味しい。これはジャムにするのがもったいないね」

「だな。朝食のデザートにしようぜ」

「そうね。カナさん達、まだ寝ているから、今のうちに朝食の準備をしちゃおうか」

「おう。俺はテーブルをセッティングしておくわ」

「もうちょっと手伝いなさいよ」


 軽口を叩きながら、朝食を用意する。

 昨日から大活躍のホットサンドメーカーを使い、具沢山のサンドイッチを作ることにした。

 とは言え、内容はシンプルに。半熟の目玉焼きとロースハムのホットサンドとハムとチーズのシンプルなホットサンドを焼いていく。

 

「俺、ベーコンエッグがいい! フライドポテトを挟んだやつ!」

「何それ美味しそう。ちょうど【アイテムボックス】に冷凍ポテトがあるから使おう」

「あ、あれは? ポテサラをロースハムに包んだやつ。マヨネーズたっぷりで」

「絶対美味しい。作る。ツナマヨとたまごのフィリングも挟んで焼きたいね! 間に野菜も挟んじゃおう」


 料理が苦手な甲斐でも、材料を切ったり挟んだりくらいはさすがに出来る。

 ホットサンドメーカーも使うのは簡単なので、焦げないように気を付けるだけで、なかなか豪華な朝食のテーブルを用意することが出来た。


「ホットサンドは冷えたらもったいないから、収納しておくね」


 サラダはボウルにいっぱい作って、各自セルフ方式に。ラズベリーとビワも綺麗に水洗いしてお皿に盛っておいた。


「スープはどうしようかな。作り置きはもう無かったから、ああ、これを食べちゃおう! 美味しそう」


 奏多さんと出掛けたショッピングモールのお歳暮解体セールでゲットした、某高級レストランのレトルトスープだ。


「ちょうど四人前あるわね。コーンポタージュとパンプキンスープ、どっちがいい?」

「俺はコーンポタージュ!」

「私はパンプキンスープがいいです……」


 ほわほわした声。晶さんだ。

 着替えて眠そうな表情でよろよろと歩いてきた。

 慌ててポーションを手渡すと、腰に手を当てて美味しそうに飲み干した。


「ぷはっ、ありがとうございます、スッキリしました。おはようございます」

「アキラさん、おはよ。じゃあ、パンプキン用意するねー」


 私はどっちも好きなので、二種類を二個ずつ湯煎で温めることにした。

 スープの準備中、それぞれのコップに好みの飲み物を満たしていく。

 甲斐は牛乳、晶さんはアイスレモンティー。奏多さんはアイスコーヒーで、私はオレンジジュース。

 見事に皆、好みがバラバラだ。

 ちょうどスープが温まった頃、奏多さんも起きてきた。【アイテムボックス】から取り出したホットサンドは慎重に切り分けて盛り付ける。なかなか豪華なテーブルになった。


「どうぞ召し上がれ」

「「「いただきます!」」」


 猫ちゃんの焼き型のついたホットサンドは、シンプルな具材だったけれど、とても美味しかった。

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