第50話 ダンジョンキャンプ 6


「夕食はカツカレーよ」


 厳かな口調で奏多さんが告げると、わあっと歓声が上がった。皆大好きなカレー、しかもカツ付き!

 キャンプ場で食べると尚美味しいと聞くので、もう皆大喜びだ。


「アキラちゃんはサラダ担当、ミサちゃんは適当に何か摘めるものをお願いしてもいい?」

「サラダ、がんばる……」

「はーい! 酒の肴系がいいですよね? んっふふ。ビール解禁だー」

「カナさん俺は?」

「カイくんは野菜の皮剥きね。はい、ピーラー」

「おう! カレー用だなっ」


 夕方五時にセーフティエリアの拠点に集合し、手分けして夕食の準備をする。

 奏多さんはワイルドディア肉のカツ作り中。

 ミートスライサーで薄切りにした鹿肉の間にチーズと大葉を挟んで重ねていって、分厚く揚げるミルフィーユカツだ。


「それは絶対に美味しいやつ……」


 ただでさえ美味しい鹿肉カツをチーズと大葉入りのミルフィーユカツに進化させているのだ。

 しかも、サクサクに揚げたものをカレーに載せる豪華版。とても楽しみだ。


 甲斐は真剣な表情でジャガイモとニンジンの皮を剥いている。以前に包丁を手渡してお願いしたら、皮を剥くというよりも、実を削る惨状だったので、奏多さんはピーラーを渡したのだろう。さすがにピーラーでの皮剥きくらいは出来るようで安心した。


 晶さんはネットで見かけた簡単サラダを作るようだ。調理しながら横目で見ると、トマトを一口サイズに切り、千切りにした大葉とオリーブオイルで和えている。最後に回しかけたのはポン酢だ。さっぱりして美味しそう。

 さすがにその一品だと物足りないと考えたのか、白菜を取り出して細かく刻んでいった。ビニール袋に切った白菜を入れて塩を振り、しばらく放置。その間に兎ハムをほぐしている。ツナの代わりに兎ハムを使った白菜のマヨ和えサラダだ。

 麺つゆをほんの少し隠し味に使うと、途端に味に深みが出て、さっぱり食べられる。


(晶さん、成長してる……!)


 一人でちゃんとサラダが作れたし、材料を変えてのアレンジまで!

 これは負けていられない。

 薄くスライスしたジャガイモを重ねて、ホットサンドメーカーで焼いていく。焦げ付かないようにオリーブオイルを塗り込んで、味付けは塩胡椒だけ。両面がパリパリに焼けてガレットのようになったら、皿に盛り付けてバターを載せると、じゃがバタの完成。

 ふかしたイモを使った、じゃがバタも好きだけど、ビールに合うのは断然こちらだと思う。熱々のまま【アイテムボックス】に収納した。


「これ、バターの代わりにチーズを載せても美味しそうよね?」


 思いつくままに、じゃがチーズ焼きを作ってみる。バターに比べて味にパンチが足りなさそうなので、塩胡椒の代わりにカレー粉で味付けしてみた。

 少し焦げついた端っこの部分を味見すると、こちらも美味しい。

 皿に盛り付けて【アイテムボックス】へ。


「お野菜だけじゃ物足りないから、次はお肉よね! たしか、ワイルドボアのドロップ肉にトロ部分があったから、あれを使っちゃおう」


 とんトロならぬ、ボアトロだ。

 奏多さんがスライスしてくれていたので、使いやすい。網焼きで食べても美味しいけれど、今回はせっかくのキャンプなのでホットサンドメーカーで焼いてみよう。

 焼き色がつくまでボアトロに火を通し、途中でタレを投入する。タレはネギ塩。みじん切りにした長ネギに胡麻油とニンニク、生姜を少し、粉末のコンソメに塩を混ぜたものだ。

 ジュウジュウと賑やかな音を立てるボアトロ。豚トロもそうだが、ボアトロも焼くと脂がすごい。

 シャクシャクとした歯応えが堪らない肉のトロ部分はもちろんビールが良く合う。

 

「こってりの脂をビールで流して、また噛み締めるのが良いんだよねー」


 深皿にたっぷりのボアトロの塩ダレ炒めを盛り付けて、こちらも【アイテムボックス】へ収納する。

 

「美味しそうな匂いがするわね、ミサちゃん」

「カナさん。カツ揚げ終わったんです?」

「ええ。熱々のうちに収納してくれるかしら?」

「もちろん喜んで!」


 大型バットにもりっと山盛り揚がった見事なミルフィーユカツ。さくさくで味わいたいので、すぐに【アイテムボックス】送りにした。

 食べやすいように切らずに、敢えてそのままカレーライスに載っけるようだ。

 こういうのはワイルドに齧りつく方が美味しいので、とても楽しみ。


「そういえばカイは……」

「ああ、ちゃんと揚げ物の傍らで指示したから、大丈夫よ。市販のルーを使うし」

「それなら失敗のしようがないですね」


 ちゃんと言われた通りの量で、忠実に作ってくれたので、カレー作りは順調そうだ。

 半寸胴鍋の中身が焦げ付かないよう、甲斐は真剣な表情でお玉をくるくる回している。

 うちの自慢の野菜とワイルドボア肉をたっぷり使ったカレー。あまり煮込む時間はなかったけれど、これが不味いわけがない。

 

 晶さんが即席で作ったチェアソファでゆったりと微睡む猫のノアさん以外、皆が忙しく働いている。

 スライムのシアンも調理の際に出た生ゴミを積極的に消化してくれていた。

 

 サラダ作りを終えた晶さんは、氷を満たしたタライにせっせと缶ビールや瓶ビールなどを突っ込んでいる。うん、お酒を冷やすのは大事だ。

 くじの景品のクラフトビールは、今日のカレーにすごく合いそう!


「カナさん、もう良いかな、カレー?」

「どぉれ? ……うん、良い感じよ。カレーも完成したし、食べましょうか」

「やったー!」


 ご飯が食べられる、お酒が飲める!

 ともなれば、うちのメンバーはとても仕事が早い。私がせっせと【アイテムボックス】から取り出した料理の数々を、綺麗に盛り付けたり取り分けたりと、鮮やかな手付きでテーブルをセッティングしていく。


 奏多さんが冷えた缶ビールを皆に手渡してくれる。皆の笑顔がとても眩しい。

 テーブルを囲んで、一斉に唱和する。


「乾杯!」


 お疲れさま、とか今日の反省とか、そんなのは放り投げて。

 ただただ欲望のままに缶ビールを掲げて乾杯し、プルタブを引くのももどかしく、黄金色の素晴らしい飲み物を喉の奥に流し込んだ。

 キリリと冷えたビールの苦味が心地良い。弾ける泡まで美味しい。半分ほどを一息に流し込まれたビールに、胃のあたりがカッと温まるのが分かった。


「ぷはーっ、美味しいー!」

「労働の後のビールはうめぇなー」


 甲斐はビールを一気に飲み干して、満面の笑みでカツカレーを頬張っている。

 何処で見つけたのか、使うのは先割れスプーン。カレーライスは掬えるし、カツは先端のフォーク部分に突き刺して食べられるので、ちょうど良いらしい。


「うんまっ! なに、このカツすげぇ! とろっとろのチーズもだけど、鹿肉がめちゃめちゃ柔らかい」

「んんっ、ホントすごく美味しい、ミルフィーユカツ……」

「ワイルドディア肉がこんなに柔らかく味わえるなんてビックリです」

「んっふふー。良い部位の肉を選んだから、赤身だけど柔らかくて味わい深いでしょ? それだけだと、ちょっと物足りないからチーズで底上げしたんだけど、美味しく仕上がったなら良かったわ」


 さくさくの衣の中身はとろりとしたチーズと鹿肉。こってり感が抑えられているのは、間に挟んである大葉の仕事だろう。

 これはいくらでも食べられそうだ。

 具沢山のカレーも美味しい。市販のルーを二種類投入しただけで、他の隠し味は何も追加していないのだと甲斐が言う。


「チョコとかソースとかケチャップとかコーヒーとか色々聞いたことあるから入れようとしたら、カナさんに凄い形相で止められた」

「カナ兄、英断です」

「グッジョブ、カナさん」

「キャンプカレーはレシピ通りの家庭の味でも充分美味しいもの。アレンジレシピはもっと料理の腕が上がってからよ?」

「うぃーす……」


 しおしおと項垂れつつも、甲斐がカレーを食べるスピードは衰えない。あっという間に完食し、ウキウキとおかわりをよそいに向かっている。

 私もおかわりには心が惹かれたが、せっかく作ったので他の料理にも箸を伸ばした。

 まずは晶さん作のサラダ。トマトと大葉のサラダはさっぱりとしており、カレーとの相性は抜群だ。オリーブオイルとポン酢が意外と合っていて美味しい。

 白菜と兎ハムのマヨサラダも無限に食べられそうだ。シャキシャキした歯触りが楽しい。くぴくぴ缶ビールで流し込みながら、無心で食べてしまう。


「このジャガイモのガレット? 美味しいわ、ビールが進んじゃう」

「じゃがバタですよー。お口に合って良かったです!」

「本当、すごく美味しいです。このチーズとカレー味のジャガイモ、絶品ですよ」

「うん、美味いな。これ、明太子味にしても合いそう! ビールおかわりしよ」

「明太子味……。それも美味しそう……」

「待って。明太子が合うなら、塩辛もイケるんじゃなくって?」

「それも絶対美味しいやつー!」

「おお……! このボア肉の塩ダレのやつも、めっちゃ美味い。白米欲しくなる」

「ボアトロだよー」

「ボアトロか。炭火で焼いて七味マヨで食ってみたくなる肉だな!」

「カイは料理しないくせに、プレゼンうますぎない……?」

「ダテに賄い目当てに居酒屋バイトしてねぇぞ」

「そうだった。舌は確かだった」


 缶ビールや瓶ビールが見る間に消費されていく。わいわい賑やかに騒いでも、ここはダンジョン。

 誰にも迷惑は掛からない。

 

(ヤバい。ダンジョンキャンプ超楽しい)


 ご飯もお酒もいつでも美味しいが、キャンプ飯はまた格別だった。

 こんなに楽しいなら毎週末開催したいなと、フルーツの香りのするクラフトビールを舐めながら、真剣に考え始めていた。

 

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