第35話 猫の手を借りました
「ノアさんが優秀です」
四人と一匹が揃った夕食時、テーブルいっぱいに並ぶご馳走に舌鼓を打つ皆に業務報告をする。
ちなみに本日のメニューは鹿肉ハンバーグに新鮮な採れたて玉子の目玉焼き、にんじんのグラッセ付きがメイン料理だ。
春キャベツのサラダとほうれん草のおひたし、お味噌汁は新玉ねぎをたっぷりと使っている。
ブロッコリーはゆで卵とマヨネーズを和えたものを甲斐がもりもりと食べていた。
「一階層のスライム狩りか? そんなに?」
「うん、とっても優秀。今日は午前中に三時間ほどダンジョンに潜ったんだけど、ちゃんと良い子で待っていてくれたし」
奏多さんと待ち合わせして一階層に戻ると、大量のドロップ品が地面に転がっていた。スライムの魔石と初級ポーションだ。
ノアさんは誇らしげに胸を張って二人を出迎えてくれたのだ。
奏多さんの鑑定によると、ダンジョン内ではドロップ品や外から持ち込んだ物を十時間ほど放置すると、ダンジョンに吸収されてしまうらしい。
三時間ほど経ってもドロップしたアイテムをロストせずに拾えるのはありがたい。
「一日の収穫物にしては充分な量で、本当に助かってるよ。ありがとうね、ノアさん」
「ニャア」
「しかも、疲れたらセルフでポーションを飲んでいたし。ノアさん天才すぎない?」
「すげぇな、ノアさん」
アンプルの形をした初級ポーションは上部の細くなった箇所を指先で折って飲む。
不思議なことに飲み終わると容器は消えてなくなるのだ。
そのポーションをノアさんは器用に前脚で抱えて奥歯でアンプルを折って中身を飲んでいた。
容器は空気に溶けたように消えるので、破片を飲み込むこともない。
「いつも飲んでいるお薬って、気が付いていたんですね、ノアさん」
晶さんがほっこりした表情でよしよしとノアさんを撫でている。
目を細めて喉を鳴らすノアさん共々、尊い光景で拝みたくなる。
「そういや、ノアさん。最近、俺が鶏小屋に行く時も着いてきてくれるんだよな」
「あ、そういえば。私が鶏小屋に掃除に行く時も付き添ってくれますね」
鶏の餌やりと玉子を回収するのは甲斐の担当だ。有精卵を見分けるのは【鑑定】スキル持ちの奏多さんがしているが、基本的には甲斐が鶏たちの面倒を見ている。
晶さんは【光魔法】の浄化スキルを上げるために、積極的に鶏小屋の掃除を手伝ってくれていた。
「ノアさんが睨みを効かせてくれているおかげか、最近は玉子の回収中、鶏に突かれなくなった」
「そうですね。鶏さんたち、温厚になりましたよね。私が掃除をする際もちゃんと退いてくれるようになりました」
それはノアさんがテイムしたからでは?
ちらりと奏多さんを横目で確かめると、額を指で押さえていた。うん、やっぱりか。
「一応、ちゃんとカナさんとの約束を守ってくれているようですね?」
「そうね。
割り切ることにしたらしい。考えすぎるのはストレスもたまるし、それが一番だと私も思う。
実際、ノアさんの働きによって、私たちはとても助かっているのだ。
便利屋『猫の手』はご近所さんからのクチコミ頼りで始めたが、なかなか好評だったりする。
いちばん多い依頼は力仕事関係だ。
先日、甲斐が駆り出されたように庭仕事は特に多い。庭の木の剪定や、草刈り作業。
最近では手入れの手間を取れないからと大木の撤去まで頼まれた。
【身体強化】スキルを駆使して、甲斐はどの依頼もこまめに受けている。
牧場仕事の合間に向かうため、時間給として働いていた。時給二千円。
余った時間は何かしらの手伝いをきっちりとして帰ってくるので、お客さまに大人気だったりする。
つくづく男はフットワークの軽さと愛嬌だな、と甲斐を見ていて思う。もっとも、甲斐がもてるのは主にご年配の方からだが。
晶さんは相変わらず、物作りに大忙しなので、必然的に奏多さんと二人でのダンジョンアタックになる。欲しい物はたくさんあるのに、どうしても手が足りなかった。
そこをノアさんがカバーしてくれたのだ。
農作業はもちろん、今では自分たちやご近所さんにも必須な初級ポーションを大量に集めるには数時間は必要になる。
一階層に集中すれば、うさぎ肉に毛皮、何よりもラビットフットが手に入らなくなる。
鹿肉に鹿皮も必要なので、人手不足に大いに悩んでいたところの、ノアさん参戦。
一階層のスライムを根こそぎ殲滅してくれる頼もしい助っ人だ。
こんなに頼りになる『猫の手』もそうそういないだろう。
「ノアさんには特別に高級おやつを進呈しましょう」
「そうね。うさぎ肉も好きみたいだから、後で茹でてあげましょ」
大抵の猫さまが大好きな液状のおやつは、ノアさんも大好物だ。
腎臓が悪かった時期には貰えなかったので、健康になった現在、たまのご褒美として大喜びで舐めている。
高級猫おやつが、ノアさんへのお給料だ。
今度、特製の鹿肉ジャーキーを作ってあげるわ、と奏多さんも乗り気だったりする。
それはとても美味しそうなので、是非とも人間用の物も作って欲しい。
デザートのラズベリーパイを食べながら、業務報告の続きだ。さくさくのパイ生地の焼き上がりは完璧。手作りのラズベリージャムとカスタードクリームも最高に美味しい。
「ええと、明日は四人揃っての出動だね。ゴミ屋敷のまま放置されている家の掃除かぁ……」
「依頼主は県外在住の息子さん夫婦ね。立ち会いなし、ビフォーアフターの画像を送ればOKらしいから、すぐに終わりそうよ」
立ち会われたら、スキルや魔法を使えないので、これは必須条件にしている。
人数の少ない会社で、空いた時間に作業をするため、立ち会い不要だとの言い訳を使っているのだが、意外と皆喜んで依頼してくれた。
(まぁ、誰もゴミ屋敷の掃除に立ち会いたくはないよね……)
現金や宝石などの、よほどの貴重品以外は、基本的には全て破棄か引き取り処理をして良いとのお墨付きは貰っている。
片付け費用を他所の会社よりもかなり安く見積もっている分、使える物は持って行ってもいいよ、という暗黙の了解だ。
「何か良い物が発掘出来るといいですね」
「うん。田舎の老夫婦が住んでいたお家だから、期待できるかも?」
「使えそうな物は私が綺麗にして、直せそうなら直しますね」
「晶さん、お願いします!」
片付け費用、一律十二万円はかなりお得だと思う。どれだけの量のゴミが溢れていてもその金額なので、依頼主から何度も確認されてしまった。
(でも基本は私の【アイテムボックス】に収納して、ゴミはまとめて削除できるし。掃除は晶さんの浄化スキル頼りだけど、力仕事はカイで、撮影はカナさん。二時間もあれば終わっちゃうのよね)
動画などの撮影は依頼主への報告の他にも、会社のPR動画として使うものだ。
ゴミ屋敷や汚部屋のビフォーアフター動画は意外と人気があったりする。
クチコミ以外の依頼も動画を公開すると増えるかもしれない。
「二時間で十二万円のお仕事、頑張りましょうね!」
明日はお留守番のノアさんだけが、退屈そうに欠伸した。
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