第36話 家じまい 1


 車で片道三十分の現場だ。

 奏多さんが運転する軽ワゴンに四人で乗り込み、本日依頼のあった家へ向かう。丸一年ほど放置されていた建物の家じまいを頼まれたのだ。

 午前中の仕事を終わらせ、お弁当を持参してのお出掛けになる。


「カイは今日、牧場の仕事は休みなんだよね?」

「おう。だから、片付けの仕事が終わった後で、ダンジョンにも潜れるぞ?」

「元気だねぇ」


 短時間で終わらせたい為に、力仕事担当の甲斐にはかなり働いて貰うつもりなのだが、スキルを毎日使いこなしている彼には大した負担でもないようだった。


「元気と言えば、ノアさん。お留守番をお願いするつもりだったのに……」

「そうね。大人しく待っていてくれたら良かったんだけど、まさかあんなにダンジョンに行きたがるなんて……」


 はぁ、と奏多さんがため息を吐く。

 車やお弁当の準備をする私たちに猫のノアさんは甘えた声音で訴えてきたのだ。

 身体をすりつけ、外の蔵まで誘導されて。

 後ろ足だけで立ち上がり、器用に鍵穴の辺りを爪でカリカリと引っ掻いた。

 上目遣いでニャオン、と何やら訴える。

 彼女がダンジョンに入りたがっているのは、すぐに分かった。


 飼い主である北条兄妹が懸命に説得するが、頑として蔵から離れない。

 結局、根負けした奏多さんが「一階層だけなら」「無茶と怪我はしないように」「何かあればすぐに逃げること」を言い聞かせて、ダンジョンに送り出したのだ。


「心配だわ……」

「まぁまぁ。ノアさんなら大丈夫ですよ。もうレベルも7でしたよね?」

「だよなー。レベル1の段階で無双状態だったんだから、余裕だよ」


 帰宅が昼を過ぎる可能性があるので、一階層にはノアさん用の飲み水とおやつ、キャットフードは置いてきた。

 きっと今頃は、適度に休憩を挟みつつ、スライム叩きを楽しんでいることだろう。

 疲れたらドロップしたポーションを自分で舐めることを知っているので、実を言うと、あまりノアさんのことは心配していない。過保護な北条兄妹だけ、物憂げな表情をしていた。




「ここが依頼されたお家ね。そんなに荒れたようには見えないけれど……?」

「まぁ、外からはそうみたいね」


 対応した奏多さんが難しい表情をしている。見上げた先には二階建ての築五十年ほどの家。

 手入れをしていない庭は荒れ放題だ。


「ま、とにかく入ってみようぜ?」

「そうですね。とりあえず、マスクはしておきましょう」

「ホコリもそうだけど、匂いもキツいものね……」


 何度か家の片付けを依頼された四人は慎重だった。マスクにゴーグルをしっかりと装着する。

 服装は汚れても良いジャージで、災害用シューズに分厚い軍手も忘れていない。

 ゴミ屋敷ではちょっとした油断が怪我を招くのだ。


 依頼主である、この家の住人の息子夫婦から預かっていた鍵を使い、玄関のドアを開けた。

 途端、マスクごしにでも分かる異臭が鼻をつく。


「わぁ……」

「さっそく、すごいゴミの量ですね」


 ドアを開けてすぐの玄関口から、大量の物が溢れていた。靴箱からはみ出して山を築いている沢山の靴。二人暮らしだったはずだが、五十足以上ある。

 新聞の山、未開封の郵便物やダイレクトメールの束がそこかしこに散らばっていた。

 依頼主の話では、老夫婦二人ともに痴呆の症状があり、「捨てられない」「片付けられない」状態だったらしい。


「まぁ、まずは家の中の確認ね。ビフォー動画を送らないといけないから、先に撮影するわ」

「はーい。カナさん、気を付けてくださいね?」

「ええ。慎重に進むことにする」


 ペットボトルや空き缶、食べ終わった後の弁当の空き箱などが部屋から溢れて、廊下にまで転がっているのだ。一面にゴミが散らばっているため、床の色さえ分からないほどに。


 依頼主から承諾は貰っているので、靴のままで家に上がる。

 撮影する奏多さんの邪魔にならないように気を付けながら、家中の窓を開け放った。

 焼石に水かもしれないが、少しは臭いがマシになるかと期待して。


 幸い、床が腐ったりなどの、建物の大きな劣化は見当たらなかった。

 奏多さんの撮影も終了したので、心置きなく「お片付け」を始めることにする。


「じゃあ、まずはゴミを集めちゃいましょう。分別は気にせずに、段ボール箱やゴミ袋に放り込んでください!」

「おう、分かった」


 四人がかりで一部屋ずつゴミを集めて、纏めて【アイテムボックス】に放り込んでいく。

 軍手ごしにでも、物に触れれば収納出来たのは地味に嬉しい。

 分別を気にせずに一気に片付ければ、あっという間にゴミは消えた。

 あとは家具類や雑貨などをひたすら収納していくだけ。ボロボロのカーテンもきっちりと収納すると、部屋の中は空っぽだ。


「じゃあ私は、ざっと汚れを落としますね」

「アキラちゃん、お願いね。さ、私たちは隣の部屋の片付け!」


 浄化スキルで畳や壁にこびりついた汚れを綺麗にしていく晶さんを置いて、隣の部屋に行く。

 元寝室だったらしき部屋は、大量の衣類に埋め尽くされていた。


「よし、収納!」


 作業をするのに邪魔な大型の家具類をまず収納し、床に積まれた衣類は大きめのゴミ袋に放り込んでいく。

 100リットルのゴミ袋が8個ほどの量になった。粛々と【アイテムボックス】に収納していく。

 そんな感じで一部屋ずつ、部屋の中身を収納し、汚れを落としていく作業を続けて──およそ二時間後。


「終わった……!」

「とんでもない量だったな…」


 とりあえず片っ端から収納したので、中身の確認は帰宅してからだ。

 一階のゴミの量も凄かったが、二階の荷物の多さも相当だった。

 子供部屋をそのまま倉庫がわりに使っていたらしく、大量の日用品やストック類が詰め込まれていたのだ。

 

 他にもご主人の趣味部屋には大量の書籍とレコードが眠っており、心配性らしき奥さんの買い溜めしたらしきトイレットペーパーや缶詰なども、ぎっちりと部屋に押し込められていた。


「箪笥ごと収納したから、まだ貴重品の確認は出来ていないけど、とりあえず依頼通りに家の中は空っぽにしたし、見られる程度の掃除も完了!」

「お疲れさま。じゃあ、私がアフター動画を撮っている間に、お昼ご飯食べちゃいなさい」


 お腹がぺこぺこだった三人は、遠慮なく良い子の返事をして外に出た。

 晶さんの浄化スキルで全身ピカピカにしてもらい、車の中で重箱を開ける。


「わぁ…! ご馳走!」

「旨そうだな」

「カナ兄、珍しく早朝から頑張っていると思ったら……」


 三段重ねの重箱にはぎっしりとご馳走が詰め込まれている。おにぎりは俵型で四つ、どれも具が違っていた。鮭にツナマヨ、塩昆布、焼きたらこ。

 卵焼きは少し甘めの出汁巻きだ。唐揚げはうさぎ肉を使っており、タルタルソース添え。半熟の味玉に鹿肉ミートボール。

 もちろん野菜のおかずもたっぷり詰まっている。ほうれん草のおひたし、ツナサラダ、ポテトサラダ。茹で野菜はどれも麺つゆに漬けているので良い味だ。

 春キャベツのサラダをプチトマトが彩り、どれも美味しそうだった。

 スープジャーには野菜たっぷりのコンソメスープが入っており、ほっとする味に癒される。


「デザートは、ラズベリーのレアチーズケーキ! すごく綺麗!」

「カナ兄、張り切りすぎでは?」

「大歓迎だ!」


 撮影を終えた奏多さんも合流し、四人でわいわいお喋りを楽しみながら、重箱を突いた。

 ダンジョンで狩った肉と魔力をたっぷり含んだ野菜はどれも絶品だ。片付けで疲れた身には、沁みるほどに美味しかった。



 帰宅してから、四人でノアさんの様子を見に行った。怪我ひとつなく、ご機嫌な様子で出迎えられて安心する。

 いつもは地面に大量に転がっていたはずのドロップ品が、なぜか一箇所に集められていた。

 どうやら一匹の大型スライムがせっせとドロップアイテムを拾い、まとめているようだった。


「……もしかしてあのスライムも、ノアさんがテイムしたの?」

「ニャッ!」

「わぁ、良い返事ぃ」


 鶏のテイムで練習した成果か。

 ノアさんはスライム程度なら余裕でテイム出来ることが分かった。


「うちの子、天才すぎ……?」


 考えることを放棄したらしい奏多さんが手放しでノアさんを褒めている。晶さんも素敵な笑顔で頭を撫でてあげていた。

 もちろん私も盛大に褒めておいた。


(だって、すごく助かるもの!)


 地味にドロップアイテムを拾い集めるのは面倒だったのだ。

 これ以降も、ノアさんの従魔になったスライムさんには大変お世話になった。

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