第34話 猫の手も借りたい 2


「これは……」

「何があったの……?」


 二人で呆然と立ち尽くす。

 一階層の洞窟内はスライムエリア。1分ごとに一匹ずつ湧いてくるボーナスステージだが、これまで見たことのない光景が広がっていた。


「地面に大量の魔石とポーションが落ちているわね」

「こんなにたくさんのスライム狩り、いったい誰が……」


 地面に転がっているのは、水色の魔石とポーション入りの瓶だった。

 これだけの数があると言うことは、二時間以上はここで戦闘を繰り返した者がいると言うことで。


「ミサちゃん、ダンジョンに潜る前にちゃんと蔵に鍵を掛けてきた?」

「鍵は、掛けてきたはずです。でも、だったら誰が」


 混乱する二人の足元にふわりとした柔らかな温もりが寄り添った。覚えのある温もりだ。

 慌てて足元を見下ろせば、ふわふわの毛並みの美しい三毛猫が二人を見上げていた。


「ニャア」

「ノアさん……⁉︎」

「どうして、ここに……まさか…」

「ミャオン」


 三毛柄にしては珍しい長毛猫のノアさんが上機嫌で奏多さんに体を擦り寄せている。

 ゴロゴロと喉を鳴らして甘える姿はとても可愛らしかったが。


「カナさん、まさですけど、この一階層でスライムを狩ったのは……」

「待って。まさか、そんな。だって、この子は可愛い猫で、ちょっと前まで弱々しく寝込んでいた──…」

「ニャッ!」

「あ、」


 混乱した奏多さんが額に手を当てて何やら呻いている間に、三メートルほど離れた場所からスライムが現れた。

 比較的冷静だった私が薙刀を振る前に、ノアさんが動いた。

 タン、と身軽くジャンプしてスライムの側に跳び降りると、手慣れた様子で前脚を素早く振り上げた。ぱちん、と良い音を響かせての猫パンチだ。

 可愛らしいピンクの肉球にそんな威力があるとは思えなかったが、スライムは呆気なく弾き飛ばされて、凄い勢いで壁に当たった。


「すごい。ノアさん、一撃!」

「にゃーん」


 ぱちぱちと拍手しながら褒め称えると、ノアさんは満更でもなさそうで、ふかふかの胸元の毛を見せつけるように胸を張った。とても可愛らしい。


「しかも、ポーションがドロップしたよ! ラッキーキャットだねー」

「にゃ」

「待って。本当にこれ全部、ノアが……?」


 途方に暮れたような表情の奏多さんがそっと手を伸ばすと、ノアさんはととっと歩いてその腕の中に収まった。抱かれ慣れているのだろう。楽な体勢でだらりと寛いでいる様は、いかにも猫さまで。


「……私たちがダンジョンに入るのに、ついて来ちゃったんですかね?」

「そうね……。ここしばらく庭で日向ぼっこしたり、周辺をお散歩していたから」


 ノアさんは賢い。齢十七才のご長寿にゃんこで、とても頭が良かった。

 ポーションで癒されるまではずっと寝たきりだったけれど、若い頃は自分でドアを開けることが出来るほどに器用で賢かったと云う。


「一緒に蔵に入っちゃって、気付かずに私が鍵を掛けてしまったんですね。で、ダンジョンへの扉を開けて私たちを追い掛けて来てしまった、と」

「その可能性はとても高いわね。もともと好奇心旺盛で悪戯が好きな子だったから……」


 でもまさか、最弱モンスターとは云え、スライムを簡単に倒してしまうとは。

 

「カナさん、もしかしてノアさんにもスキルがあったりとか……?」

「待って待って。鑑定してみるわね。……ああ、もう! どうして猫に魔法やスキルが与えられちゃっているのよ、ダンジョン!」

「やっぱり」


 どうやら、このダンジョンへの扉を潜った者には、人でなくとも恩恵が与えられるようだ。頭を抱える奏多さんに、ノアさんのスキルを訊ねてみる。


「レベルは3ね。一匹でこの数を殲滅したからか、成長が早いわ。【土魔法】と【テイム】のスキル持ちみたい」

「えっ、土魔法? いいなー! 私がずっと欲しかったやつ!」


 農業で稼いでいる身としては、喉から手が出るほど欲しい魔法だった。

 本気で悔しがる私を奏多さんが何とも言えない表情で見下ろしている。


「カナさん?」

「いえ、いいえ。何でもないわ。ここで驚くよりも羨ましがるミサちゃんの素直さに少し癒されただけ」

「? 良く分からないけど、ありがとうございます?」


 ノアさんも何やら面白そうな表情でこちらを眺めている。翡翠色の瞳がとても綺麗だ。


「普通は、猫なのにスキルが【テイム】なの? って方を突っ込むと思うのよ」

「そうなんです? そもそも、テイムの意味があまり良く分からなかったんですけど」

「ああ、なるほど。説明、の前にドロップアイテムを回収して家に戻りましょ」

「そうですね。これ全部回収かぁ……」


 げんなりしながら、周囲を見渡す。

 洞窟中に散らばっている魔石やポーション。アイテムボックスのスキルは収納する物に触れていないと使えないので、地道に拾っていくしかない。


「私も手伝うから」

「はい、すみません。カナさん」

「にゃっ」

「ノアさんも手伝ってくれるの?」


 返事は再び現れたスライムへの猫パンチで返された。どうやら、回収作業中のボディガードを務めてくれるようだ。


「ありがと、ノアさん」

「にゃ」


 どういたしまして。そう返事されたようで、思わず口元が綻んでしまう。

 きちんと理解はしていなくても、何となく会話が通じているようで面白い。

 そうして、猫にガードされながら、二人は黙々とドロップアイテムを拾ったのだった。




「えー、何だそれ! そんな面白い事があったなんて!」

「そうですよ。ずるいな、二人とも。カナ兄もミサさんも、呼んでくれれば良かったのに」


 四人と一匹が揃った夕食時、代表して奏多さんがダンジョンでの出来事を説明すると、甲斐と晶さんに盛大に拗ねられてしまった。

 まあ、ノアさんの猫パンチ姿はとても凛々しくてドヤ顔は大変可愛らしかったから、その気持ちは分からないでもない。


「まさか、ノアさんもスキルや魔法が使えるようになるなんて」

「ビックリだよね。それも憧れの【土魔法】! いいなぁ。ノアさん、畑弄り手伝ってくれないかなぁ?」


 ほうっと切なげなため息を落とせば、甲斐が呆れたような視線を寄越してきた。

 

「いやいや、ミサ。違うだろ。そこは【テイム】スキルを羨むところじゃね?」

「そうなの? その、テイムとやらを知らないからなー」

「テイムって、あれだ! ファンタジー作品で良く見かける、モンスターや魔物を支配して操るスキルだよ!」

「猛獣使い的な?」

「そうそれ! たぶん!」

「説明ありがとね、カイくん。支配まではいかないけれど、ある程度の掌握は可能みたいね。動物、モンスターどちらも言うことを聞かせることが出来るみたい」

「ノアさん、すごい!」


 専用のスツールに横たわったノアさんが誇らしげに喉を鳴らした。うん、やっぱり彼女とは言葉が通じている気がする。

 奏多さんも同意見らしく、少し難しそうな表情を浮かべていた。


「それは良いとして。……いや、本当は良くないわよ? でも、今更スキルを無くすことも出来ないから、仕方ないとして」


 問題は魔法とスキルについてだろう。

 いくら賢いとは云え、猫相手に説明をするのは難しい。スライムについては、単に玩具扱いでじゃれていた可能性が高いだろうし。


「ノア。貴方が得た新しい力はとても厄介なものなの。特に【テイム】スキルね。これは人に対しては絶対に使ってはいけない」

「ニャ?」


 小首を傾げるノアさんは奏多さんの言葉を理解しているのかどうか。

 だが、奏多さんは淡々とした口調で続ける。


「もちろん、【土魔法】も人に向けたり、私たち以外の前で使ってはダメ。ダンジョン内なら存分にスライムたちにぶつけてもいいから。……できる?」

「ニャオン」


 こくり、とノアさんが頷いた。たまたまとは思えない程のタイミングだ。やはり、彼女はきちんとこちらの話を理解しているのだろう。


「カナ兄、それって」

「もしかしてノアさんもダンジョンに連れて行くつもりか?」

「ええ、そのつもりよ。本猫ほんにんもその気だし、それにレベルが上がってステータスが強化されたら、それだけノアも強くなれるから」

「ああ……」


 ポーションで命を繋ぎはしたが、猫の寿命は短い。ならば肉体自体を鍛えようと奏多さんは考えたのだろう。

 確かに、自分たちもダンジョンアタックを始めてから体力がつき、強くなったと思う。

 山登りの最中、崖から転がり落ちたはずの甲斐が無傷でけろりとしていたように、物理的にも肉体が強固になっているのだ。


「一階層のスライム相手なら危険もないし、実際に余裕で倒していたから、運動不足解消にも良いと思わない?」

「私は賛成。ノアさんなら大丈夫だと思う。それに、ちゃんと教えてあげたら、もしも怪我をしたとしても自分でポーションを飲めるだろうし」


 ドアの開け閉めが出来る天才猫なのだ。そのくらい出来るはず。たぶん。 


「俺も賛成。実際、いまの俺たちの会社『猫の手』自体が忙しくて、借りたいくらいだからな、ノアさんの手」

「……確かに、ノアさんがスライム狩りを手伝ってくれたら、とても助かりますね。私も賛成します。でも、無茶したらダメですよ?」


 そっと顔を覗き込んで、心配そうに晶さんが言う。ノアさんがその鼻先を宥めるようにぺろりと舐めた。

 


 こうして、便利屋『猫の手』に新しいスタッフが増えた。

 可愛らしくも頼もしい、三毛猫のノアさんだ。

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