第33話 猫の手も借りたい 1
野菜の販売は順調だ。
フリマアプリ販売を止めて、自分たちで用意したネットショップでの販売に切り替えて。
販売数が減るかもと心配だったが、ありがたいことにうちの野菜を気に入ってくれたリピーターさんのおかげで、つつがなく移行できた。
口コミで野菜を購入してくれるお客さんも増えて、売り上げはかなり良い。
特に最近はレストランなどの飲食店からの注文も増えており、嬉しいかぎりだった。
晶さんの作品の販売も好調だ。
錬金スキルのおかげで思い通りに金属などの素材を加工出来るようになったため、最近ではコスプレ衣装製作も、服だけでなく鎧や大型の武器もどきも発注されるようになった。
アニメや原作に忠実な素晴らしい出来映えに、既に一定のファンがついているようだ。
もちろんメインで販売しているのは、オリジナルの作品だ。アクセサリーはもちろん、ダンジョンで手に入れた素材を使っての小物類も販売している。
特に人気なのはワイルドディアの革を使った鞄だ。
「鹿革がこんなに軽いなんて知らなかったな。それに、この手触り! 新品なのに、すごく馴染んで良い感じ」
晶さんが作ってくれたワイルドディア革のリュックサックは一番のお気に入りだ。
しなやかで柔らかくて、とても軽い。甲斐も同じくリュックを作って貰い、愛用している。
ちなみに晶さんはショルダーバッグ、奏多さんはトートバッグを使っている。
職人が手掛けた鹿革リュックは、ざっとネットで検索したところ、およそ四万円ほどで販売されていた。
そこは素人だから、と晶さんは二万円から三万円の値付けにしている。
デザインも出来映えもとても良い物だと思うが、仕入れが無料だからと安価で提供していた。
品物は良い──何せ普通の鹿革ではない──ので、値段に釣られて購入した人はそのまま固定客になった。
リュックサック、トートバッグ、ショルダーバッグ、ポーチにブックカバーなど。思い付くままに晶さんは楽しそうに鹿革を加工している。どれも販売サイトに掲載するや即完売の人気商品だ。
ダンジョンで得た素材は他にもある。
特に多いのがアルミラージの毛皮。これはラビットファーとして色々と加工に挑戦していた。
小物として人気があるのが、ふかふかの毛玉型のアクセサリーか。ポーチやマフラーも需要があるが、我がシェアハウス内での一番人気はアルミラージ毛皮を使ったふわもこクッションだった。
「抱き心地最高……。顔を埋めると天国」
アルミラージは凶悪なモンスターだが、その毛皮は最高品質だと思う。
たとえるなら、ふわふわの猫チャンの柔らかなお腹の毛に匹敵する、すばらしい魅惑の毛並み。
あまりの触り心地の良さにオンライン販売サイトでの紹介文章が荒ぶり過ぎてしまったことは反省している。が、それで興味を掻き立てられた人がぽつぽつと購入してくれ、おかげさまで素晴らしいレビューをいただいてしまった。
ありがとうございます、いっぱい売れました!
お値段は少々上がってしまうが、ラビットファーのラグも人気だ。これはアルミラージの毛皮二十匹分で、晶さんの錬金スキルで素材を綺麗に繋げて作った物である。
クッションと同じく、その触り心地は抜群なので買ってくれた方からの評判はすこぶる良い。
ただし、同じ色の毛皮でそれなりの数を必要とするため、頻繁には作れなかった。
「オーダーのお仕事もいくつか入っているし、晶さんも大忙しだよね」
「そうね。今日も作業場にしている屋根裏部屋で嬉しい悲鳴を上げていたわ」
奏多さんとのんびり語りながら、二人でせっせと一階層のスライムを倒していく。
晶さんは物作りが忙しいため、本日のダンジョンチャレンジはお休みだ。
甲斐は牧場でのお仕事と、合間に便利屋『猫の手』に依頼された庭仕事に出掛けるため、こちらも欠席予定。
そのため、本日はこの二人だけでのダンジョン仕事だった。
野菜のお世話と収穫、発送の業務が終われば比較的暇な私と、三日に一度の動画配信をメインにしている奏多さんは空いている時間を『猫の手』の依頼か、ダンジョンアタックに費やしているのだ。
「ポーションはこのくらいで大丈夫そうですね」
「そうね。じゃあ、後は二階層でうさぎちゃん狩りをしましょうか」
「人気すぎてアルミラージ毛皮の在庫が心許ないって晶さん言ってましたもんねー」
「そうそう。それに、ラビットフットもなるべく手に入れておきたいし?」
「宝くじ高額当選金をゲットするために必須ですもんね! 頑張りましょう!」
三階層の鹿肉もいっぱい食いたい、と甲斐からお願いされていたが、今日のところの優先順位はうさぎさん狩りです。
「なんだか、あの二人ばっかり忙しそうで申し訳ないです……」
「あら? うちで安定して稼いでいるのは貴方じゃないの。ミサちゃんの魔法の水とポーションがなければ、こんなに稼げないわよ?」
「そうかもですけど、もうちょっと役に立ちたいと言うか……」
「それを言われたら、私なんてもっと役立たずじゃない? スキルを使って一円も稼いでいないもの」
奏多さんが風魔法を放つ。
深めの茂みに隠れていたアルミラージが三匹まとめてドロップアイテムに変化した。
「カナさんのスキルを使っての稼ぎ……って言ったら、やっぱり【鑑定】で良い物をゲットですかね?」
「蚤の市なんかに出向いて、お宝を安価に手に入れる、くらいかしらねぇ。でも私、せどりには興味がなくて」
眉を顰める奏多さんの気持ちは分かる。
ちゃんとした仕事なのだろうけれど、どうしても転売屋のイメージが強い。
「でも、最近は【鑑定】スキルのおかげで良い買い物が出来ているのよ?」
生鮮食品は良い物を選べるし、くじに限らず、「当たり」を見抜ける。
当たり付きのお菓子を【鑑定】で判別できる奏多さんを甲斐は大喜びでコンビニに引きずっていったものだった。
「あれ? だったらカナさん、賭け事に挑戦したら強いんじゃ?」
「ふっふふー。実はちょっと試してみたのよねぇ。あいにく日本じゃまだカジノはないから、パチンコだけどね」
自由時間中、ふらりと立ち寄ってみたパチンコで「当たりの台」を探してみたのだと云う。
たまたま一台だけ見つけて、一時間ほど打ってみたら、そこそこの儲けを出したらしい。
「お金に換えるのはどうかと思って、全部お菓子やお米なんかに交換してもらったのよね」
「ああ、そういえば、大量のお菓子のお土産を貰った日がありましたね……」
また、何かのくじを当てたのかと思ったが、まさかパチンコの景品だったとは。
「ミサちゃんが前に挑戦した、キャラくじ? あれも直接くじを見たら鑑定で内容が分かるわよ。A賞や狙った景品、取り放題ね」
「カナさん最強じゃないですか! あっ、じゃあポーカーとかも?」
「トランプをじっと眺めて鑑定したら、分かっちゃうわね」
「うん、カナさん。宝くじ当てたら、そのお金で海外のカジノに行きましょう!」
「落ち着きなさいな。中身が分かっても、こっちに良いカードがくるとは決まっていないし、あんまり賭け事には興味がないのよね」
「そうなんですね、残念」
「まあ、たまに楽しむ分には悪くないけどね?」
にこりと笑ってウインクする様がとんでもなく似合っている奏多さん。
きっとまたパチンコで大量のお菓子をゲットしてくれるのだろう。
そういえば、景品を並べていた売店前には巨大なぬいぐるみや精巧なフィギュアも置いてあった。ちょっと、いや、かなり羨ましいかもしれない……。
「カナさん、今度私も連れて行ってください、パチンコ! 当たりの台で売ってみたいです!」
「そうね、自由時間にちょっとだけ遊んでみましょうか。女の子はビギナーズラックも多いみたいだし、楽しいわよ?」
「やった……!」
ガッツポーズついでに、水魔法をアルミラージに叩き付ける。
レベルが上がって覚えた、ウォーターカッターは使う水の量は少ないのに攻撃力はとても高い。
「毛皮と魔石、お肉もたくさん! 今日はラビットフットは出ないですねー」
「まあ、レアドロップ品だから仕方ないわよ。休憩して帰りましょうか?」
魔力やスキルを使うと、お腹が空く。
セーフティゾーンまで戻って、二人仲良く、おにぎりを頬張った。
鹿肉のしぐれ煮入りのおにぎりはとても美味しい。最近、ビニールハウスで作り始めたとうもろこしの味も良かった。
「焼きとうもろこし、すごく美味しい……。甘みが強いからそのままでも良いけど、香ばしい醤油味だといくらでも食べられちゃう」
「腹持ちもいいから、焼きとうもろこしはたくさん作っておきましょ」
冷たい麦茶でさっぱりすると、二人は休憩を終えた。あと三十分ほどはダンジョンに滞在する予定だったので、一階層でスライムを狩ろう。
「最近ノアさん、すごく元気になりましたよね?」
「ええ。たまに庭で日向ぼっこを楽しんでいるわ。獣医さんも毛並みや内臓の状態もすごく良くて驚いていたのよ」
なんて事ないおしゃべりを楽しみながら、のんびりと一階層に戻った二人は、そこに広がる光景に言葉を失って立ち尽くした。
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