第32話 会社を作りましょう
「ねぇ、私たちで会社を立ち上げない?」
突然の提案に驚かされたけれど、奏多さんが理路整然と説明してくれた後は三人とも会社作りに乗り気になっていた。
もともと不安はあったのだ。
田舎の古民家でのシェアハウス生活。そこで見つけたダンジョンのおかげで自給自足生活は順調だ。
私は魔法とポーションを使った農作業、甲斐は【身体強化】スキルを使っての牧場勤務。
晶さんは【錬金】スキルを駆使しての物作りと販売が軌道に乗っている。
唯一、奏多さんだけはダンジョンの恩寵は関係なく、自身の能力で動画配信を行なっているが。
(でも、ダンジョンがいつまでもここにあるとは限らないし)
ダンジョンに繋がる扉は、突然現れたのだ。なら、突然消える可能性もある。
【水魔法】で畑の水やりは出来るし、魔力をたっぷり浴びた野菜は美味しいのでこれまで通り、売ることはできるだろう。だけど、ポーションはダンジョンでしか手に入らない。
(ポーションがなければ、これまでのような収穫量は期待できない。それにダンジョンがなくなれば、中で狩っていた肉も手に入らなくなる……)
もしもダンジョンが消えてしまった時のために、収入を確保できる体制を整えておきたい。
「それに、このままの状態が続いたら、私たちニートのままよ? いえ、フリーターになるのかしら。どちらにしろ田舎では外聞もあまり良くないし、いっそのこと会社を皆で始めればと思って」
個人事業主と迷ったが、選んだのは持分会社──「出資者」=「経営者」で、出資者が社員となる形式の合同会社だ。
「ざっと調べてみたのだけど、設立にかかる初期費用も低く済むし、ハードルも低いらしいのよ」
「そっか。会社を作っちゃえば、出資者の私たちも会社員になるんだ……?」
「いいな、それ。でも何の会社にするんだ?」
「そうだよ、カナ兄。この四人で経営する会社……想像がつかない…」
晶さんの発言ももっともだ。
何せ、四人とも性格も趣味も特技も全く違う。
唯一の共通点が「お酒と美味しいご飯が好き」くらいか。
頭を抱える三人を前に、奏多さんは挑発的に笑った。バカねぇ、と何とも魅力的な笑顔でダメ出しを喰らう。
「これまでと同じよ。ミサちゃんが野菜を作って私たちがそれを手伝って売る。アキラちゃんもこれまで通り、服やアクセサリーを作って、それを売る。フリマアプリを利用するのを止めて、自分たちのサイトを作って、そこで販売しましょう」
甲斐が眉を寄せて、唸る。
不服そうだ。
「それじゃ、女子組だけ負担がデカくないか? 俺は手伝うだけで給料貰うのか?」
「そこね。会社を「何でも屋さん」にするのはどうかしら? たとえばカイくんの【身体強化】スキルを活かして、引越しの手伝いとか」
「あ! 引越し手伝いなら、私も役に立ちますよ? なんと言っても【アイテムボックス】がありますから!」
はいはい、と手を上げてアピール。
自分たちの引越し作業中に思い付いてはいたのだ。晶さんもそっと手を上げる。
「それなら、私も役に立ちそうです。光魔法の【浄化】スキルでお掃除ができます」
「待って。私の【アイテムボックス】と晶さんの【浄化】スキルがあれば、あれができるんじゃない?」
「うふふ。ミサちゃんも気付いちゃった? そう、その二つのスキルさえあれば、ゴミ屋敷だって瞬く間に綺麗に出来ちゃうのよね」
「おお…! その手が!」
甲斐も感心している。
そうだ、私の【アイテムボックス】はダストボックス機能付き。ごっそりと収納した邪魔なゴミをそのまま消してしまえるのだ。
汚れた部屋は晶さんの【浄化】スキルで綺麗にすれば、あっという間に片付けは終わるだろう。
(ゴミ屋敷の片付け料金はいくらなのかな? 前にテレビで見たのは大きな一軒家でゴミも相当たまっていたから、数十万円ほどの費用を請求されていたっけ……)
四トントラックを何度か往復させて、作業員も十人くらいの案件だった。
たしか、作業員の人数に応じての日給と車両費やゴミの処理費用などにもよるのだったか。
「でも、私のスキルを使えば大型トラックも要らないし、ゴミの処理費用も掛からない」
「私のスキルで汚れを落としたら、特殊清掃の手間も要らないですね!」
「ついでに私の【鑑定】スキルでゴミの山からお宝を発見出来るかもしれないし?」
「いいな、その商売! ……てか、俺は⁉︎」
「カイは力持ちだから、引く手数多じゃないかな? 荷運びや農作業とか山の手入れとか。田舎はたくさん仕事があるよ」
ゴミ屋敷だけでなく、田舎の家じまいの手伝いもできるだろう。
不便な田舎の家から親族のいる都会への引越しの話はこの地方でもよく聞く。
亡くなった親が残した手付かずの家を持て余している子供世代も多くいるらしいし。
「それを私たちが他の業者よりもお手軽価格で引き受ける、と?」
「そうね。スキルを使っているところを見られたくはないから、いくつか条件は付けると思うけど」
元手は殆ど掛からずに、さくっと片付けることが出来るのだ。個人では難しいが、「何でも屋」なら、きちんと仕事として受けられる。
「正直、個人事業主だと確定申告とか面倒じゃない? いっそ会社にした方が脱税を疑われないで済むし、外聞も良いでしょ」
「ですね。正直どうしようかと思っていたんですよ、確定申告。会社にして難しいところは専門家にお任せしましょう!」
まあ、事務仕事は必須なので経理の勉強は自力で頑張るとして。
「で、責任者とか会社名とか、どうします?」
「それはもちろんミサちゃんが代表ね、住所もここだし」
「あ、じゃあ「塚森ファーム」とかどうだ?」
「それだと、農場だけになりません? 何でも屋っぽい名前、難しいですね……」
待って待ってと慌てて止めるが、結局のところ地主ということで、私が代表に決定してしまった。
ちなみに会社名は便利屋『猫の手』になった。猫の手お貸しします、というやつだ。
塚森の名前を使うことは断固拒否。
会社設立までに掛かった日数は一ヶ月ほど。正直、そんなに早いのかと驚いた。
奏多さんがバーの代理店長をしていた際のお客さん繋がりで行政書士、税理士を紹介してもらい、どうにか開業できた。
それなりに費用は掛かったが、不備なくスムーズに仕事を始められる方が良い。
こうして便利屋『猫の手』の活動をダンジョンアタックの合間にこなす日々が始まった。
*****
※あやふや知識なので深く突っ込まないで頂けると嬉しいです…!
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