第29話 幸運だめし 2


「ラビットフット、すごい!」


 書店を後にしながらも、私は興奮を隠しきれないでいた。両腕には巨大なぬいぐるみを二個抱えて歩いている。

 柄違いの猫のねいぐるみだ。書店で引いたキャラくじの景品、それも狙っていたA賞とB賞のビッグぬいぐるみ!

 百本中、A賞は一本のみ、B賞は二本の当たりくじを見事に引き当ててしまった。


「四回引いて、どれも上位賞なんて!」


 ちなみに当たったのは、A賞の茶トラぬいぐるみ、B賞のハチワレねいぐるみ、C賞のホットサンドメーカー、D賞のスポーツタオル。

 なかなかの戦績である。


「この超でっかいぬいぐるみ、絶対に当てたかったんです。可愛いし、触り心地も最高! お礼にB賞は晶さんにプレゼントしようっと」

「あら、いいの? せっかく当てたのに」

「当たったのは、その晶さんのおかげですもん! 私の普段のくじ運、最低なんですから。実力では絶対に当たりませんでした!」


 商店街の歳末くじ、20回以上引いてもどれもポケットティッシュだった過去を思い出す。

 同情した係の人にカイロとお菓子をおまけで貰ったのは、良い思い出だ。


「で、C賞はカナさんに! 運転のお礼です。ホットサンドメーカー、欲しがっていましたよね?」

「ふふ。ありがとう、遠慮なくいただくわ。猫の柄にパンが焼けるのね、かわいい」

「気分めちゃくちゃ上がりそうですよね!」


 この猫のキャラクターが大好きなので、奏多さんが気に入ってくれたのが、とても嬉しい。


「スポーツタオルはカイにあげようかな。バイト頑張っているみたいだし。いつまでも酒屋マークのタオルを使わせているのも気が引けるから」


 倹約家で物持ちの良い甲斐は、くたくたの粗品タオルを愛用している。

 蔵で眠っていた未使用のタオルをあげようとしたけれど、まだ使えるし、と遠慮されたのだ。


「くじの景品だったら貰ってくれそう」

「そうね。皆お揃いの猫グッズよって云えば断らないわよ、きっと」


 くすくすと笑いながら、二人は宝くじ売り場に向かう。途中、トイレに寄る振りをして、人気のない場所でくじの景品は収納した。


「あ、あった。あそこね、宝くじ売り場」

「ほんとだ! わー、カナさん、この売り場七千万円の当選くじが出た売り場ですって。すごいですね」

「いらっしゃい。何のくじにします?」


 売り場の中にちょこんと座って出迎えてくれたのは、ふっくらした中年の女性だ。人の良さそうな笑顔を浮かべており、話しやすそうだった。


「そうね。この場ですぐに結果が分かる、スクラッチくじが良いわ」

「スクラッチなら、いま五種類ありますよ」

「じゃあ、一枚ずつ挑戦してみます」

「あ、カナさん。私も一枚、やってみたいです! この猫さんのスクラッチ!」


 値段は一枚が二百円から三百円。

 奏多さんは五種類を一枚ずつ購入し、私は猫さんの絵柄のにゃんにゃんスクラッチを一枚買ってみた。二百円、安い!


「えへへ。私、宝くじとかスクラッチくじ、買うの初めてなんですよ」

「あら、同じね。私も初めてなのよ。ビギナーズラックがあると良いわね」


 お財布からコインを取り出して、一コマずつ削っていく。なかなか楽しい。

 にゃんにゃんスクラッチは一等が三百万。なんと全国で二本しかない。

 

(まぁ、そんな確率なら、このお店にあるわけがないよねー?)


 二百円のくじ一枚なら、気楽に挑戦できる。コインで削る作業もわくわくした。

 一個、二個、三個と同じ柄が斜めに現れて、こてんと首を傾げる。


「ん…? これ、当たり、です……?」


 そっと売り場の店員さんに差し出してみると、あらまあ、と驚かれてしまった。


「当たりですよ! おめでとうございます。三等で一万円です!」

「えっえっ、ほんとに? カナさん、やりましたよ! ビギナーズラックです!」


 二百円が一万円に化けた。

 嬉しくて、手渡された一万円札を握りしめて、ぴょんぴょん飛び跳ねていると、奏多さんが何とも言えない微笑を浮かべて売り場にスクラッチカードを差し出した。


「あの、私も当たったみたい。換金、お願い出来るかしら?」

「まあ、おめでとうございます。続けて当選なんて運が良い……え?」


 福々しい顔立ちの女性店員さんが笑顔のまま固まった。何度も削られたカードを見返して、小さく呻いている。


「……カナさん、どうしたんです?」

「ああ、五種類のスクラッチ、どれも当たりが出ちゃったのよね」

「え、すごい! ビギナーズラックですね、カナさんも!」

「……ビギナーズラック…?」


 呆然とした様子の店員さんに、力強く頷いた。ここは勢いで誤魔化すしかない。


「そうですよ! だって選んで下さったの、店員さんですよね? 全部当たりなんて、凄すぎますよ!」

「そ、そうね…? 私が選んだのだし、不正のしようもないのだから、ビギナーズラック……?」


 奏多さん、くじを五枚買って試したのは、ちょっとやり過ぎですね?

 ちらりと横目で軽く睨みつけると、ごめんね、と片目をつむられた。何それかっこいい。許した。


「ええと、わんわんスクラッチとにゃんにゃんスクラッチがどちらも三等一万円。アニメスクラッチ二種類が、三等三万円と四等三千円。ラインスクラッチが三等一万円で、合計六万三千円になります……」

「ありがとう。貴方は私たちの幸運の女神さんね」


 キメキメのウインクをその場に残し、奏多さんが颯爽と売場を後にする。慌てて後を追い掛けた。


「カナさん、やりすぎ!」

「ごめんなさい。ここまでとは思わなかったのよ。でも千二百円で買ったくじが六万三千円になるなんてね」

「それはすごくありがたいんですけど、何度も使えない手ですよ。幸い今日は平日で人が少なかったから目立たなかったけど」


 ちょうど昼前の時間だったからか、人通りは少ない。この時間帯はフードコートが混雑しているので、くじ売り場は自分たちだけで本当に良かったと思う。


「まあ、方法はあるわよ? オンラインくじなら、売り場に行く必要もないし、当選金は登録した口座に振り込んで貰えるから銀行に出向かないですむもの」

「それは良い方法ですね。この幸運のアイテムがオンラインでも通用するかは分からないですけど」

「まあ、まずは少額でお試しよね」


 オンラインくじがダメだったとしても、たまになら先ほどのようにスクラッチやナンバーズくじを一枚だけ買うのはいいかもしれない。

 ただ、売り場で顔を覚えられたくはないので、一箇所につき一枚だけの挑戦になる。

 当選金額が五万円をこえると、銀行での受け取りになるので、なるべく五万円以下の当たりを狙うしかない。


(でも、晶さんが言っていたみたいに、まだラビットフットの幸運値がそんなに高くないから、高額当選が出なかったんだろうな)


 幸運値が低めのラビットフットでこの結果なら、たくさん合成して幸運値がMAXになったアクセサリーを使えば、どうなるのだろう。

 やはりそこは、皆で一枚ずつ宝くじを買って老後の資金に回すべきか──?


「ほら、ミサちゃん。難しい表情かおしないで。お楽しみの抽選よ!」


 にこにこと笑顔で抽選会場にエスコートされる。奏多さんは良い笑顔だが、私はどうしても浮かない表情になってしまう。


「あの、さっきのくじの結果からして、この抽選結果も凄まじいことになりそうなんですけども」

「私もそう思うわ。幸い、今は人が少ない時間帯。さっとやって、ぱっと帰るわよ」


 抽選券はちょうど五十枚あったので、半分ずつ引くことにした。十五万円以上の爆買いをした計算だが、考えることは放棄する。


「はーい。二十五回分ですねー。続けてガラポン回してくださいね!」


 笑顔の店員さんに抽選券を渡して、いざ。

 結果は想像通りの内容で、大量の当選品を駐車場まで繰り返し運ぶ羽目に陥った。

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