第28話 幸運だめし 1


 翌日、午前中の農作業を終わらせて、自由時間中に奏多さんと二人でお出掛けすることになった。

 晶さん作の幸運のキーホルダー効果をダンジョン外で試したくなったからだ。

 私が所有しているのは祖父から引き継いだロートルの軽トラだけなので、奏多さんの車に乗せてもらった。


 奏多さんの車は意外にも、軽ワゴン車だ。

 カラーリングはティファニーブルー。

 とても可愛らしい外観で小さく見えるが、中は広くて快適だった。荷物がたくさん積めるところが更に素晴らしい。

 もっとも、今は車に運び込む振りをして、こっそりアイテムボックスに収納しているので余裕を持って座れます。


「どうぞ、ミサちゃん」

「ありがとう、お邪魔します」


 スマートな所作で助手席のドアを開けてくれる。お礼を言って、隣に座った。

 行き先は片道三十分ほどの場所にある、ショッピングモールだ。


 私としては近くのコンビニくじで運だめしをするつもりだったのだが、奏多さんが「どうせなら足を伸ばして買い物に行きましょ?」と誘ってくれたのだ。もちろん笑顔で頷いて、うきうきとお出掛けの準備をした。



 買い物は大好きだ。

 それほどお金に余裕のある生活は送っていなかったけれど、並べられている商品を眺めるだけでも楽しい。たまに掘り出し物を見つけることもあるので、悪くない趣味だと思っている。


「ちょうど調味料やオリーブオイルを買い足したかったのよね。今、モールの食品街でギフト商品の解体セール中なのよ」

「それは買いですね! たくさん買っちゃいましょう!」


 野菜や肉は畑とダンジョンでどうにかなる。米や卵、乳製品は物々交換だったり、ご近所さんから安く買えるので問題ない。だけど、調味料と油の類や嗜好品はさすがに購入するしかなかった。


 幸い野菜の販売が順調なので、シェアハウス内の予算は潤沢だ。

 水道代は井戸水利用のため無料。固定資産税などは別として、今のところはガス代と電気代、通信費と消耗品代くらいしか、お金は使っていない。

 

(食費がかなり安く済んでいるのがありがたいよね。ダンジョン様々だわ)


 自給自足と物々交換でかなり助かっているが、さすがに米以外の穀類は購入している。

 うどんやラーメン、パスタや蕎麦などの麺類は市販品を愛用し、ピザやパン類は凝り性の奏多さんが自作していた。

 ちなみに晶さんはお菓子作りだけはそれなりの腕前なので、パイやタルト、ケーキなどの焼き菓子は率先して手伝ってくれている。


「お買い物リスト、私の方でメモしているのは、小麦粉と薄力粉、お砂糖とベーキングパウダー。塩と胡椒やスパイス類はカナさんの方が詳しいですよね? あとはお醤油や麺つゆ、みりんに料理酒」

「とりあえず、調味料類は解体セールで良い物があったら大人買いしましょ。ミサちゃん、カートで車に運ぶ振りで収納をお願いするわね」

「はい! 荷物持ちは任せてくださいね! たくさん買っても劣化しないって幸せ……」


 買い溜めが趣味の祖母はよく食材をダメにしていたので、その悔しさはよく分かる。

 せっかく安値で買えても、きちんと消費出来なければ意味はないのだ。冷凍庫の容量にも限度はあるし、もちろん冷凍しても消費期限はある。

 アイテムボックススキルのおかげで心配しないで済むようになったのは、本当にありがたかった。


 ステアリングを握る奏多さんは朝から上機嫌だ。よほど、買い物が楽しみだったのか。

 鼻歌まじりに運転する奏多さんをちらりと横目で見ると、にんまりとした笑みを向けられた。


「ちょうど今、ショッピングモールでお買い物くじキャンペーンをしているのよ。幸運を試すにはちょうど良いと思わない?」

「ああ、なるほど。それはナイスなタイミングですね。ちょうど大量に買い物をする予定だし」


 たしか、三千円の買い物ごとに抽選券を一枚くれるのだったか。買い物リストからざっと計算しても、二十回はガラポンが回せるだろう。

 すかさずスマホで調べてみたが、参加証はポケットティッシュか駄菓子。

 いつもの自分なら、ほとんどがポケットティッシュに化けたものだが、今日は幸運のうさぎさん(の後ろ脚)がついている!


「カナさん、カナさん! 上位賞の景品、かなり豪華ですよ! 高級ブランドの和牛肉にカツオ丸々一本、ずわい蟹セットにお米20キロ! その下の賞もビールの詰め合わせセットにご当地ラーメン食べ比べセットまで!」

「特賞がたしか、ギフトカード十万円分だったわよね?」

「そうですけど、さすがに特賞は無理ですよー。と言うか、まだ当たるともかぎっていませんし」


 期待しすぎると、外れた時にダメージがあるので、あまり本気にはしていなかった。

 だけど、奏多さんは違ったようで。


「んー、でもね、ミサちゃん。くじが当たるかはまだ分からないけれど、少なくとも地味な幸運は続いているわよ?」

「え?」

「気が付いていなかった? 今日のドライブ、まだ一度も赤信号に引っ掛かっていないの。とっても快適に運転出来ているのよね」

「あ……」


 そう云えば、一度も停車していない。

 地味な幸運とは云え、これは期待も高まるというもの。


「あの、カナさん。買い物の後で、キャラくじを引きたいのでモール内の書店に寄っても良いです?」

「ふふ。いいわよ。実は私もモール内の宝くじ売り場に用があって」

「カナさん本気過ぎる……!」


 顔を見合わせて、二人で笑い転げた。

 どうせ、買い物ついでのおまけのくじなのだ。参加証のポケットティッシュはそれなりに便利だし、駄菓子は甲斐の好物。

 当たればラッキーな、懐が特に痛むことのない運だめし、楽しまなければ損だ。


「よし! まずはお買い物ですよー!」


 張り切って臨んだギフト商品の解体セールは、鼻息荒く奏多さんが買い占めに走るほどのお得商品が溢れていた。

 買い物リストにあった調理用オイルや調味料の類だけでなく、高級乾麺セットや高級缶詰、コーヒーや紅茶、高級茶葉まで七割から八割引きで購入できてしまった。


「カナさん、カナさん! 高級海苔やお高い昆布や干し椎茸が八割引きですよっ?」

「買い占めて、ミサちゃん。私はそこのスイーツコーナーを制覇するわ。普段なかなか手に入らない高級チョコや焼き菓子がとんでもない値段で売られているのよ!」

「ご武運を!」


 がっと固く握手をかわし、それぞれ狙いの商品を大型カートにどんどん積み込んでいく。

 不思議なことに、これほどのお得な商品ばかりの売り場に客は驚くほど少なかった。


(皆、このお得なセール会場に気付いていないみたい。まさか、これも幸運のキーホルダーのおかげ?)


 カートがいっぱいになったので、先に支払いを済ませて、駐車場に行く振りついでに、大荷物を収納した。

 まだまだ欲しい物はたくさんある。

 奏多さんにはとりあえず五万円分の予算を先に渡してあるので、多分足りるだろう。


 会場に戻ると、再び黙々と商品をカートに積んでいく。高級カニ缶詰め合わせセット定価一万円が二千円で本当に大丈夫? 買い占めますよ?

 珍味おつまみセット五千円が千円以下! 某有名レストランブランドの大人気なドレッシングセットもとんでもない安値で売られている。


「高級タオルもむっちゃ安い……。なにこの、すばらしい手触り。絶対に買う。ブランドのシーツも安い。型落ち? そんなの気にしない、買う。洗剤の値段がおかしいけど、…ああ、箱に傷みありで、この安値? 中身に問題ないもの、買うに決まっているでしょう!」


 売り場から駐車場まで三往復したところで、とりあえずの買い物欲は満たされた。

 支払いは全てカード払いにしている。

 請求額が少しばかり恐ろしいが、とても良い買い物が出来たので後悔はしていない。

 奏多さんのカートの中身も都度預かって収納したので、身軽くショッピングを楽しんでいるようだ。


 ようやく買い物を終えて合流した二人は、満ち足りた笑顔で互いの健闘を称え合った。

 さて、次はお楽しみのキャラくじだ。A賞は無理でも、次賞のぬいぐるみが当たると嬉しい。

 わくわくしながら、二人で書店に向かった。

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