第27話 鹿肉カレーとラズベリージャム


 美味しい鹿肉を入手するために、四人は張り切ってダンジョンに潜った。

 まずはウォーミングアップを兼ねて、一階層でスライム狩り。ここで手に入る低級ポーションをある程度の量を確保すると、二階層へ移動する。


 見渡す限りの草原は、最短距離を突っ切った。

 レベルアップのおかげで、体力や筋力も上がったようで、小走りで駆け抜けても息が切れなくなったのは素直に嬉しい。


「あ、うさぎ!」


 鹿肉を狙う私たちには、もう無闇にうさぎを狩るつもりはないのだが、何故だかダンジョンモンスターは向こうから挑んでくる。

 鋭い角を突き立てようと跳ねるアルミラージを、薙刀で一閃。喉元を切り裂かれたアルミラージは地面に落ちて、魔石と肉に変化した。

 食べ物を粗末にする気はないので、ありがたくアイテムボックスに収納する。


「ミサ、置いてくぞー?」

「待ってよー。うさぎさんに好かれちゃって」

「こっちも仕留めた。肉と毛皮と魔石がドロップしたから、収納よろしく」

「はーい。……それにしても、本当にドロップ運が上がったねぇ」

「なー? 晶さんの【錬金】スキル、ほんとすげぇわ」


 甲斐が腰のベルトに吊るしているキーホルダーを持ち上げて、まじまじと眺める。

 私の腰にも同じ物がぶら下がっていた。

 アルミラージからドロップした『幸運のラビットフット』を、晶さんが【錬金】スキルで合成したのだ。


「でも、まだまだ弱い効力しか付いていないので悔しいですね。ラビットフット自体がレアアイテムみたいで、なかなか手に入らないのが残念です」


 晶さんはこのアイテムにまだ納得がいっていないようだが、既に充分すごい効果を発揮していると思う。

 ラビットフット二本を合成し、幸運値を上げたキーホルダーは、所持した人物のドロップ運を確実に押し上げてくれた。


「スライムがポーションを落とすのは五匹倒して、一個だけ。それが、このキーホルダーを付けて倒したら、三匹で一個を落とすようになったんだよ?」

「そうそう。うさぎや鹿も頻繁に肉を落としてくれるようになったし、最高だぜ?」

「でも、肝心のラビットフットはなかなか落ちないので……」

「はいはい、そこまで。それは帰り道に挑戦することにして、今は三階層を目指しましょ?」


 やんわりと注意を促し、軌道修正をしてくれるのは奏多さんだ。

 こういうところは、さすがに年の甲だと思う。

 

「そうですね。今日もたくさん鹿肉とラズベリーを狩りたいですし!」


 ぐ、と拳を握り込んで大きく頷く。

 奏多さんが作ってくれた、鹿肉ステーキは最高に美味しかった。そして、デザートにと焼いてみたベリータルトも絶品だったのだ。


「果汁たっぷりで、しかもとっても甘いラズベリー。あれも大量に確保したいんです。タルトだけじゃなくて、色んなスイーツに使いたい……!」


 本当はジャムにするつもりだったのだ。

 たくさん摘んできたので、タルトで使っても、まだ在庫はあったのだが。

 あんまり美味しくて、ついつい四人でつまみ食いをして──気が付いたら食べきってしまっていたのである。我に返って、指先を赤く染めたまま絶望したものだった。


「今回はつまみ食いは我慢してね、皆? 私も頑張るから!」

「分かったって」

「そうね。私もジャムを味わってみたいし、つまみ食いはお預けね」

「はい、私も我慢します。今日もたくさん採取しましょうね、ミサさん」


 言い募る私の頭を晶さんが慈愛の微笑みと共に撫でてくれる。聖母か。

 ありがたく心の中で拝み倒し、張り切って三階層へ向かった。



 

 『幸運のラビットフット』は三階層でも効力を発揮してくれたようで、大量のワイルドディア肉をゲットすることができた。

 もちろん、ラズベリーも持参した大きめのバスケットが一杯になるくらい採取した。

 ダンジョン内で採取した植物は、翌日にはまた完熟状態で元通りに実っていたので、最初は混乱したが、今はもう深く突っ込むことは諦めて、ありがたくその実りを甘受している。



 大量の戦利品をアイテムボックスに収納し、ほくほくとしながらの帰り道。

 二階層での、うさぎ狩りだ。

 黙々と武器を振るい、或いは魔法を試し撃ちして、アルミラージを次々と倒していく。

 二十匹目を甲斐が斬ったところで、ようやくラビットフットがドロップした。


「やった……! これで、幸運値がまた上がりますよ!」


 甲斐の手を握り締めて喜ぶ晶さん。

 いつもはクールな彼女にしては珍しく無邪気な様を微笑ましく見守ってしまう。


「あのアクセサリー、どこまで合成できるんですかね? 限界まで幸運値が上がったら、宝くじが当たったりして?」

「まさか。……まさか、よね?」

「…………だと、思うんですけども」


 奏多さんと顔を見合わせて、そっと視線を外す。いや、いくら何でもそこまでの幸運は無理だろう。

 多分、ダンジョン内限定の幸運とかで、多少ドロップ率が上がるとか。

 きっと、そのくらいに決まっている。


「……念のため、外で検証してみましょうか?」

「そうね。私もちょっと試してみておくわ」


 ふわふわの白いアクセサリーをそっと握り締めて、後で近くのコンビニに行ってみようと考える。

 たしか、ちょうど欲しかったキャラクターのくじが始まっていたはず。


(うん、そのくらいなら、良いよね? 幸運のお守り効果が「外」でも通用するかどうか、確認するだけだもの)


 ほんのちょっとの下心は見ないふりをして。

 何事かを考え込んでいた奏多さんと二人でにこりと微笑みあった。



「じゃあ、私は夕食を仕込んでおくわね」

「はい。私はジャムを作っています! 終わったら手伝いますね」

「いいわよ。今日はカイ君待望の鹿肉カレーだから、そんなに手間じゃないもの」


 いつもは夕食を手伝うけれど、今日はラズベリージャムを作りたい。

 幸い、奏多さんが笑顔でカレー作りを請け負ってくれたので、ありがたくお願いした。

 ちなみに甲斐は午後からの数時間、牧場でのバイトに出向いている。

 晶さんは新しく手に入れた素材を使い、さっそく錬金作業に夢中になっていた。


「さて。じゃあ、私も待望のジャム作り!」


 ラズベリーはざっと水で汚れを取り、水分はキッチンペーパーで拭き取ってある。

 

「お砂糖はグラニュー糖、量はラズベリーの半分ほどで。確か、おばあちゃん自慢のホーロー鍋が奥にしまっていたはず……あった!」


 シンク下の引き出し奥に、大事に仕舞われていた大きめのホーロー鍋を引っ張り出す。

 ラズベリーは鍋からこぼれ落ちそうな量があったが、砂糖をまぶし火にかけると、みるみる量を減らしていった。


「うん、追加しなくても水分はたっぷり含んでいたわね。じゃあ、あとは弱火でくつくつ煮込んでいこう」


 木べらでゆったりと掻き混ぜながら、大きな実は潰していく。

 鍋から噴きこぼれたり、中身が焦げると台無しになるので、その場に張り付いて木べらを揺らした。

 アクが出たらすくい取り、根気よく水分を飛ばしていく。


「うーん。完熟状態だったからか、ちょっと種が大きいかな?」


 いちごジャムなどの種はそれほど気にならないけれど、ベリー系の種は気になる人がそれなりにいるらしい。

 せっかくなので、今回は種なしの滑らか仕上がりに挑戦しようと思い、鍋の中身をザルに上げ、スプーンでして種を取り除いた。

 ザルの中身をふたたび鍋に戻し、くつくつと煮込んで、粘度が増したところで火を止めた。


「うん、完成。甘酸っぱくて美味しい!」


 味見をするのは調理担当の役得だ。

 木べらについていたジャムを行儀悪く、ぺろりと舐めてみる。ねっとりとして後を引く甘酸っぱさに頬が緩んだ。


「あら、良い匂い。出来たの?」

「はい! カナさんも味見してください!」


 スプーンですくったジャムを笑顔で差し出した。手が塞がっていた奏多さんは少ししゃがんで、ぱくりと口に含む。


「ん、美味しい。ほんと、このラズベリーは絶品ね。他のお菓子にするのも楽しみだわ」

「ですよねー。このラズベリージャムを使ったマカロンなんかも美味しそうだし、チョコケーキにも合いそうです!」

「たくさん作って常備しておきましょう」

「賛成です!」


 何せ、一抱えするほどの大きさのバスケットにいっぱい、毎日採取出来るのだ。

 ジャムはもちろん、色々なスイーツにも活用できる瑞々しいベリーは美味しい食べ物が大好きな四人にとって、宝石に等しい。

 

 上機嫌でガラス瓶にジャムを詰めていく。

 幸い、瓶は大量にある。

 祖母世代は綺麗な瓶は捨てずに大事にしまっておくもので、ありがたく活用した。

 


 その日の夕食は、奏多さんが圧力鍋でとろとろにした鹿肉カレーに皆で舌鼓を打った。 

 昨日食べたお肉と同じ物かと疑いたくなるほどに柔らかな鹿肉は、口の中でほろほろと解けていった。とんでもなく旨い。お米泥棒だ。


 もちろん、皆でお代わりを奪い合い、お腹いっぱいに詰め込んだ。

 デザートはファミリーサイズのバニラアイスにラズベリージャムを添えて。

 こちらもさっぱりとして美味しかった。


 あらためて、明日からも三階層をメインに活動しようと皆で頷き合った。

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