第12話 スライム

 

 魔法が使えるようになったとは言え、ダンジョン内は魔物が溢れている。

 ある程度レベルが上がるまではスライム狩りに徹する予定だが、自衛の手段は多い方が良い。

 そんなわけで、各自で用意した武器は。


「俺は木刀! 修学旅行土産が役に立つ時がようやく来たぜ」


 じゃーん、と取り出した木刀をさっそく構えてみせる甲斐を冷ややかに見据えた。


「カイ…」

「そういうミサも農具じゃねぇか!」


 ちょっと赤くなった甲斐に指摘されるが、ふんっと胸を張る。


「熊手をバカにしないように。……や、晶さんもカナさんもそんな呆れた目で見ないで! スライム退治には特化してると思ったんですっ!」


 慌てて麗しの北条兄妹に言いすがる。

 納屋にあった熊手は、いわゆるアメリカンレーキと呼ばれるタイプのもので、鉄製の丈夫な爪部分で土の塊を砕くことも出来る。

 長さもあるので、スライムを攻撃するにはちょうど良いはずなのだ。


「んー、そうね。スライムはカラダの中央部分にある核を潰せば仕留められるから、熊手は悪くない選択かもしれないわね」


 必死に説明したところで、奏多さんの眼差しが和らいだ。


「なるほど。なら、私はやっぱりコレを借ります」


 晶さんが誇らしげに持ち上げたものは。


「ピッケル?」

「先端が鋭くてそんなに重くないから使い回しも良さそうですし」

「なるほど。晶さんに合ってる気がします!」


 少なくとも熊手よりはスマートでカッコいい。

 あれ、わたし選択肢誤ってる?


「あら、じゃあ私はコレね。ふふ。一度使ってみたかったのよねぇ…」


 よいしょ、と振り上げるように奏多さんの肩に背負われた代物は。


「まさかのバール!」

「マジかよ、カナさん似合いすぎ……」


 ちなみにこれらの武器もどき、甲斐の木刀以外は納屋に放置されていた物を有効利用している。

 それぞれ動きやすい軽装で武器を構えて、いざダンジョンへ。



 ノアさんはお留守番。朝ごはんを食べた後はのんびりとうたたねしていた。少しだるそうにしていたので、はやくポーションをあげたい。


 来客はいない予定だが、念のため土蔵は中から鍵を掛けた。

 真鍮製のノブを握り、ゆっくりとドアを開ける。

 ダンジョン内はひんやりとしていた。

 淡く発光する岩肌のおかげで視界は悪くない。

 幅は二メートルほどあるので、二人ずつ並んで進んだ。甲斐と奏多さんの男子チームが前、女子二人が後ろに続く。

 ダンジョンに足を踏み入れて一分もたたないうちに、先頭の甲斐が足を止めた。


「スライムだ」


 俺が行く、と告げるや否や、甲斐は素早くスライムに飛び掛かる。

 どろりとした不定形の魔物の中央、蠢く白いビー玉のような核にその木刀の先を突き込んだ。

 

「よっ。……お、ドロップアイテムがでた。残念、ポーションじゃねぇ」


 ひょい、と拾い上げたドロップ品を手に戻ってくる。広げたてのひらを皆で覗き込む。

 小指の爪ほどの大きさの、石のような物体だ。

 雫型でつるつるした触感の、綺麗な水色の石。


「綺麗だね」

「シーグラスに似ている気がします」


 交代で手に取って眺めた。

 ポーションでなかったのは残念だが、綺麗なものは嫌いじゃない。それにしても何だろうか、これ。


「待ってね。鑑定してみるわ」


 奏多さんが指先で摘んでじっくり観察する。


「うん、魔石だそうよ。魔物を討伐した際にドロップされるアイテム。あいにく今の私の鑑定結果ではそこまでしか分からないみたいね」

「魔石…!」


 ファンタジー作品でよく聞くアレだ!

 テンションがあがる三人を、奏多さんが呆れたように見やる。


「……とりあえず活用方法が分からないから、今のところはハズレアイテムじゃない? 目的はポーションだし」

「それはそうだけど! ロマンアイテムじゃん?!」

「ハズレでも綺麗だから、ガラス瓶に飾っておくのもいいかも?」

「あ、私ちょっと魔石を使ってアクセサリーか何か作ってみたいです!」

「盛り上がっているところ悪いけど、またスライムが出たみたいよ?」

「あ、次は私がやりたいです!」


 熊手を構えて、うようよ蠢いているスライムに突撃する。えいっ、と振り下ろすと、ぬるりとした感触が握りしめた熊手ごしに伝わってきた。

 反発はほとんどない。動きの鈍いスライム相手なら農具でも充分戦えそうだった。

 核をつぶしたスライムは淡い光を発しながら消えた。水色の魔石だけを残して。


「あー、また魔石か。残念」


 拾い上げて、先程の魔石とまとめて『収納』する。


「お、次のスライムも湧いてきたぞ。誰が行く?」

「では、私が」


 ピッケルを構えた晶さんが颯爽とスライムに向かっていく。


「晶さん頑張って!」


 危なげなくスライムを討伐した晶さんは魔石を持って戻ってくる。

 三匹狩って、どれも魔石ドロップのみ。

 もしかしてポーションはレアドロップなのだろうか。同じように思ったのか、奏多さんが苦笑いしている。


「ポーションでないわねぇ」

「でも、スライムじたいはいっぱい沸いてくるな」

「あー、それ時間はかってみたけど、一分につき一匹沸いてきてるね」

「おお、それは狩り放題だな」


嬉しそうに破顔する甲斐の頭をこつんと叩く。


「一人で先走らないでね? 順番で! 命だいじに!」

「分かってるってー。あ、ほらカナさん次!」

「はいはい、よいしょ」


 バールで殴りつける奏多さんは優雅な所作でオーバーキル状態だ。

 四匹目のスライムも魔石を落とした。

 ドロップ品はとりあえず私が預かって『収納』する。初期スキルの【アイテムボックス】はどれだけ利用しても負担はないようで、ありがたい。

 まあ、常時利用で魔力を消費するスキルなら、都度『収納』した品物を吐き出さないと枯渇してしまうよね。


「あ、ポーションが出た!」

「やったね、カイ!」


 二周目の攻撃でスライムはポーションを落とした。うきうきと拾い上げ、続けて別のスライムを攻撃。こちらはまたしても魔石だ。


 何度か試すうちに分かったことがある。

 スライムは一分ごとに一匹湧く。

 五分の一の確率でポーションを落とす。


「これなら、毎日数時間もこもれば、結構な数のポーションを確保できそうだね」

「だな! 自分たちの分も欲しいから頑張ろうぜ」


 それから張り切ってスライム叩きに熱中した。二時間ほどダンジョンで過ごして、ポーションは二十四個ゲットできた。

 一時間頑張った後で、空腹が我慢出来ずにお弁当を皆で平らげた。

 甲斐から借りたキャンプ用品がとても役に立った。折り畳み式のテーブルとチェア、すごく良い。



「初日に頑張り過ぎても後がキツいから、今日はこのくらいにしましょ」


 ドクターストップならぬ、奏多さんストップにより、二時間、渋る甲斐を引きずりながらダンジョンを後にした。

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