第11話 共同生活開始 2

 新しい家で迎える朝は爽やかに始まった。

 都会のマンションでは感じなかった、スズメのさえずりに起こされる。


「んぁ…朝か……」

 ベッドの中で伸びをして、もぞもぞと起き出す。顔を洗い、寝癖を直して着替える。

 Tシャツと上下のジャージ姿。

 高校時代の体育用のジャージはちょっと恥ずかしいが、生地もよく着心地は最高なのでずっと愛用している。

 昨夜、引っ越し記念に一杯だけ、とビールで乾杯した後で今日からの予定を皆で決めたのだ。


「朝食の後、畑仕事をしてダンジョンの様子見。なるべくノアさんのためのポーションをゲットする。それで昼食後はご近所さんに引っ越しの挨拶まわりっと」


 午後は帰宅してから予定を立てるつもりだ。引き続きダンジョンの攻略に向かってもいいし、周辺を散歩するのもあり。


「とりあえず、朝ごはん作ろう。さすがに、ずっとカナさんに頼りきりはダメだ」


 母屋に向かい、お湯を沸かす。

 冷蔵庫を漁りながら献立を考えていると、欠伸を噛み殺しながら晶さんがキッチンに顔を出してきた。


「おはよ、晶さん。よく眠れた?」

「おはよう…ございます……。それがちょっと興奮してしまって、寝付きが悪くて」

「あらら。もうちょっと寝ていても良かったのに」

「んー、でも初日ですし。それにカナ兄、朝にすごく弱いから……」

「え、意外。でもないのかな……? バー勤務なら夜遅いもんね」


 生活習慣はそうすぐには変えられない。

 でも、彼が朝に弱いなら朝食担当はやっぱり私がやろう。


「朝ごはん、何にしようかなー。和食と洋食どっちがいい?」

「どっちも好きです。でも、せっかくだから野菜たっぷりの和食がいいかも」

「おっけー。じゃあ、食べたい野菜、畑から取ってきてくれる? あ、ビニールハウスのプチトマトも食べ頃かも」

「え、いいんですか! 行ってきます!」


 晶さんが嬉しそうに駆けていく。

 わかる。畑仕事は大変だけど、収穫作業はとても楽しい。


「とりあえず、炊飯器セットして、お味噌汁を作ろう。あとは玉子焼きと焼き鮭。……鮭がないな、ウインナーを焼いちゃおう」


 野菜料理は収穫物を見てから決めよう。

 奏多さんほど手際良くはないが、それなりの手付きで朝ごはんを準備する。


「ミサさん、野菜取ってきました」

「はよ、ミサ。出汁巻? うまそう」

「晶さん、ありがとー。カイ、おはよ。走ってきたの?」


 Tシャツ短パン姿の甲斐ときっちりめのシャツとデニム姿の晶さんが並ぶと違和感がある。


「おお。朝早くに目が覚めたから、周辺の地図覚えがてら走って来た」


 からりと笑いながら云う甲斐。さすが脳筋。

 ジョギング帰りに晶さんと合流して、一緒に野菜を収穫してきたのだろう。


「汗かいてるね。シャワー浴びてきなよ。スッキリしたら、朝ごはんの準備も手伝ってね」

「おう! 皿並べるくらいしかできねーけどがんばる!」

「そこはもっと努力しよ……?」

  

 騒がしくバスルームに向かう甲斐を見送って、女子ふたりで調理に戻る。

 キャベツは千切りにしてサラダに。スライスしたキュウリとプチトマトで彩りをつけてドレッシングは手作りした。

 大根は塩昆布と混ぜて即席浅漬けにする。

 お味噌汁は野菜メインだ。バターをひとかけら隠し味にするとコクと旨みがでる。

 出汁入りの玉子焼きに奮闘する私の横で、真剣な表情の晶さんがウインナーを焼いている。

 たどたどしい手付きに、奏多さんが頭を抱える理由を知る。シェア暮らし中にもう少しだけでも料理を覚えられるといい。

 朝食の準備が終わる頃、甲斐もシャワーを終えて戻ってきた。


「カイ、遅いよー」

「悪い悪い。じゃ、カナさん呼んでくるよ」


 ひらりと片手を振って逃げていく背中に、もう一人仕込まないといけない相手がいることを強く感じた。




「ご馳走さま。朝食美味しかったわ。朝、起きられなくてごめんなさいね」


 申し訳なさそうに謝られて、慌てて首を振る。


「気にしないでください。むしろ、昼と夜の食事作りにお世話になりまくりなんですから!」

「そう。カナ兄一人に任せるのも居心地悪い」

「俺なんて全然役に立ってないしな!」

「あんたはもうちょっとどうにかしよう?」

「ふふ。ありがと。じゃあ、朝はお願いしてもいい?」

「はい! まかされます!」


 奏多さんほど美味しくは出来ないが、そこは新鮮野菜のポテンシャルに賭けておこう。


「さて、次は畑作業だね。実はちょっと試してみたいことがあって」

「ためす?」

「うん、せっかく水魔法を覚えたんだから、一度やってみたくて」


 ウキウキと畑に出ると、興味をもったらしい他の三人も後をついてくる。まずは、家のすぐ前の小さめな畑の前に立って意識を集中させた。


(えーと、魔法はイメージ重視。ゆるく蛇口を捻って、出す水は細く柔らかなシャワー)


 右手を掲げて、てのひらを開く。

 と、サァ…ッと静かな雨音と共に何もない空中から魔法のシャワーがあらわれた。


「水魔法で水やり……?」

「なるほど、ミサらしいな」

「さすが、ミサちゃんね! こーんなでたらめなファンタジー能力を畑の水やりに使うとか。最高じゃない」

 

 呆然とする晶さん、納得する甲斐。奏多さんは予想通り、笑って受け入れてくれる。


「だって、これだけの規模の畑の水やり、かなり大変ですよ? 重くて長いホースを引っ張らなくて済むし、届かないところなんてバケツリレーですもん、そりゃ使いますよ水魔法最高!」

「まぁ、なぁ。せっかくの能力なんだから、使わなきゃ損だよな。バレなきゃ大丈夫だろ」

「それがいちばん心配なんだけど。でも、この場所ならめったに人も来ないだろうし、多少は使っても平気かしらね」


 しっとりと地面が潤んだところで場所移動。

 すべての畑とビニールハウスに水やりとお世話を済ませたところで、畑仕事を終了した。


「お水をあげると、こんなに元気になるんですね、野菜」


 感心したように晶さんが云う。

 あらためて見下ろすと、たしかに生き生きと繁っている。


「水魔法の水、美味しいのかな……?」

「どれどれ?」


 小首を捻っていると、聞きつけた奏多さんが寄ってきて、じっと野菜を眺めている。


「あらあら。【鑑定】してみたところ、その予想当たっているみたいよ? 魔力を含んだ水は動植物に良い影響を与えるって」

「マジか! じゃあ、俺たちの飲水とかもミサに出してもらったほうがいいとか?」

「そうね。負担がないなら、良いかも。疲労回復効果が付くらしいし」


 三人の無言の視線を感じて、うむ、と頷いてみせた。


「がんばります……」


 それなりの広さの畑に水やりしたため、水魔法の精度は上がっている、と思う。

 細かに調整もできたし、日常生活で頻繁に使った方が、魔法のランクも上がるのでは? と期待もあった。


「負担も特にないかな、水を出すくらいなら。大型の攻撃魔法なんかは疲れそうだけど」

「おお。だったら、頼みたいな」

「水魔法の練習にもなるし、それは全然いいんだけど。ただ……」 


 言いにくくて、口ごもってしまう。


「ただ……?」


 心配そうに見詰められると、恥ずかしいとかは言ってられないよね……。


「ただ、たくさん魔法を使ったからか、めちゃくちゃお腹がすく」

「は?」

「さっき、あれだけ食べて?」

「ううう…。はい、あれだけ食べたけど、すっごいお腹すきましたー」


 涙目で申告すると、そっと寄り添ってくれた晶さんが優しく肩を抱いてキッチンへとエスコートしてくれた。紳士。まじイケメン。だいすきです……。



「魔法って燃費悪いのかしら?」


 奏多さんが握ってくれた、塩にぎりにかぶりつく。朝の残りのご飯が余っていて良かった。

 お米の甘さと絶妙な塩加減のおかげで、シンプルな塩にぎりがとても美味しい。

 あんまり幸せそうに食べていたせいか、他の二人もつられて、おにぎりに手を伸ばしている。


「こんなにお腹がすくなら、ダンジョンにはお弁当持参の方がいいかも」

「だな。今日は魔法の練習も兼ねてるし、途中で動けなくなったら困る」


 顔を見合わせて、神妙に頷きあった。


「……お弁当を作ろう」


 大急ぎで五合ほどの米を炊き、合間に摘みやすいおかずを作っていく。

 幸い田舎の農家だ。戸棚の奥にはどデカいサイズの重箱がしまわれている。かくして一時間半、奮闘して立派な重箱入りのお弁当が完成した。


「あとはお水やお茶、低血糖症予防のための甘いお菓子なんかも『収納』しておけば安心かな?」


 大荷物になっても、【アイテムボックス】スキルがあれば無手でダンジョンに挑めるから安心だ。


 なう、とすり寄ってくるノアさんには餌と水もきっちり用意して、お留守番をお願いする。

 心配していた引越しストレスもそれほど感じていないようで、ほっとした。


「よし、じゃあそれぞれ武器だけ持参して、ダンジョンに行こうぜ!」

「了解。じゃあ、前にも言ったけど、命大事にをモットーに、無理せず行きましょ」

「はーい!」


 良い子の返事をして、土蔵内ダンジョンへ向かった。

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