第10話 共同生活開始 1

 

 初めてのシェアハウス暮らし。

 一人暮らし開始の時と同じく少しの緊張と期待いっぱいに始まったが、存外に快適だった。


 住人の四人ともが、まったく性格の違うマイペースさを誇っていたのが、かえって良い方向に働いたのかもしれない。

 それぞれが大事にしているものがあるため、かえって他人に踏み込み過ぎずに、ちょうど良い距離感を保てているのだ。

 仲が悪いわけではなく、むしろすぐに慣れ親しんだが、お互いのプライベートは尊重している。それが何とも心地良くて、新生活は笑顔が満ちていた。



 引っ越しは【アイテムボックス】スキルのおかげでスムーズに完了した。

 部屋に入る前にざっと掃除をして、後は部屋の住人の指示に従い、家具を設置し荷物を出すだけで終わり。半日もかからずに全ての荷物の運び込みと片付けは済んだ。

 自室があっさり片付いたので、四人は示し合わせたように納屋に集合し、あっという間に暗くて埃っぽい建物はお洒落なバーに変身した。


「すごい。典型的な農家の納屋が港近くのお洒落な倉庫風イメージのバーになってる……」


 無骨な建物だったはずが、今はコンクリート打ちっぱなしデザイナーズ物件にしか見えない。

 納屋の中身は全て『収納』し、水魔法で綺麗に汚れを洗い流した。

 奏多さんの風魔法で乾かして、あとは指示された場所に粛々と家具類を設置しただけで、これほどに見違えるとは思わなかった。


「納屋の中にコンセントがあって良かったわ」

「冷蔵庫とワインセラーが大物だもんな。てっきり母屋からコードを引いてくるのかと思ってた」

「納屋の中で作業することもあるし、色々と便利だから付けてたみたい」

  

 おかげで元納屋はお洒落な照明器具に照らされた、臨時バー『宵月』へと進化できた。

 奥の壁際に冷蔵庫とワインセラー、食器棚を置き、カウンターテーブルも設置した。

 スツールを三台並べる。本当は四人分置きたかったが、奏多さんが自分はカウンター内にいたいと云うので諦めた。

 お酒を飲むのはもちろん大好きだが、バーテンダーとしての仕事も譲れないほど拘りがあるのだと笑う。


「ここが私の定位置だから。本腰を入れて飲むときは、ちゃんとそっちのソファテーブルに移動するから安心して?」

「カナさんがそれでいいなら」


 壁際には重厚なソファセットを置いている。

 気兼ねなく飲み食いする時のため、入口近くには広めなスペースを空けていた。

 いずれバーベキューやビアガーデンを楽しむ折に使う予定のテーブルセットもバッチリ用意している。

 ワインセラーは鍵付きだが、さすがに高級なアルコール類を元納屋に置いておくのは不安なので、それらは【アイテムボックス】に預かったままだ。

 飲み会時に取り出して楽しめばいい。

 【アイテムボックス】内は時間経過がないので、収納した瞬間の状態で取り出せる。

 冷えたビールをいつでもどこでも取り出し放題だと知って、酒好きの皆が色めきたった。



 片付けを終え、畑の野菜を収穫する頃には夕焼け空が広がっていた。

 普段はあまり目にしない、壮大な夕景にしばし見惚れる三人の背を押して母屋へ戻る。


「ほら。夕焼けならこれからいつでも見られますよ。それよりいっぱい働いたからお腹すきました!」

「おう、俺も腹減った!」

 

 甲斐とふたり、空腹にぴいぴい鳴いていると、奏多さんが小さくため息を吐いた。


「もう仕方ない雛鳥たちね。すぐにお蕎麦を茹でてあげるから、もうすこし我慢なさい」

「やった! 引っ越し蕎麦だ!」

「蕎麦だけじゃもたねぇ……」

「ああ、もう! ちゃんと天ぷらも付けてあげるから!」

「わーい」

「カナ兄、海老天もお願い」

「分かってるわよ、もう! せめて手伝いなさい」


 途中で寄り道したスーパーで野菜以外の当面の食材は購入しておいたので抜かりはない。

 新鮮な野菜をからりと揚げた天ぷらは絶品だった。普段は肉ばかり口にしようとする甲斐が積極的に箸を伸ばしたほどに美味しかった。


「この、さくさく加減、天才」

「だなー! 野菜の苦味とか全然感じねーし、むしろ甘い? 揚げ物なのに重くないのがすげー不思議」

「カナ兄の天ぷら最高。海老と大葉無限に食べられる」

「分かったから、ちゃんと蕎麦も食べなさい」

「はーい」

「蕎麦もうまい」


 欠食児童さながらに、お代わりを繰り返し大満足の夕食は終わった。



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