第7話 ダンジョン…? 2
無言で見つめ合ってしまう。奏多さんがため息まじりに割って入ってくれた。
「はいはい、とりあえず今日のところは撤収しましょ」
「えー、でもせっかくのダンジョンにスキルなんだから攻略したい」
「攻略するにしても、こんな無防備な格好で挑むわけ? 命知らずすぎるわよ」
「それはたしかに」
「とりあえず疲れたから家でやすみたい」
「同じく……」
晶さんも同意してくれる。
うー、と唸っていた甲斐も蛮勇を認めたらしく、しぶしぶ折れた。
「じゃあ、帰りましょうか」
「あ、待って。何か変な気配がする」
「ん?」
何かに気付いたように、甲斐が顔を上げた先に視線をやった。
地面の上、何かが揺れている、ような?
「水たまり……?」
「違う、スライムよ」
鑑定したらしき奏多さんの断言に、慌ててしまう。
「え、え、モンスター? どうしよう、逃げる?」
「落ち着いて、ミサさん」
「そうそう。スライムなんて雑魚敵だろ?」
てのひら大の石を拾った甲斐が、勢いをつけてスライムにぶつけた。
身体強化のスキルを使ったのだろう。それは物凄い勢いで飛び、スライムにぶち当たった。
パシャリ、と水風船が割れたような音がして、スライムが弾け飛んだ。その場が小さく光り、何ががころりと地面に落ちる。
「なんだろ、あれ」
「ドロップアイテム!」
嬉々として駆けていった甲斐が持って帰ってきたのは、人差し指サイズのガラスの小瓶だ。
形はアンプルのようで、上部の細い部分を折って使う物に見えた。
「ポーション、と鑑定には出てるわね」
「これがポーション……」
「怪我とか病気が治るんだっけ?」
「いえ、これは軽い外傷と軽めの内臓損傷が治るだけの初級ポーションね。中級ポーションなら、効果があるのかもしれないけど」
「すごい物が出たね」
「いちばん最初の雑魚スライムがポーション落とすなら、攻略していけば、もっと良いお宝がざくざく手に入りそうだな」
「………」
からりと笑う甲斐。無言で見つめ合う三人。とりあえず、ドアの向こうに撤収することにした。
お湯を沸かし、人数分のお茶を丁寧に淹れる。
茶碗を居間のテーブルに並べた。
あいにく洒落た茶菓子はなかったので、コンビニで仕入れたポテトチップスをパーティ開けして摘まむことにする。
「あー……」
「美味しい。良い茶葉ね」
「頂き物なんで」
一口飲んで、ようやく人心地がついた。
無言で温かいお茶をすすり、それぞれが思いを馳せているのは、先程の土蔵の中の不思議空間。
ドアの向こうに広がるダンジョンだ。
念のため、ドアにも土蔵にもしっかりと鍵をかけてきた。
「あれ、いつからあったんだろうな」
「少なくとも、私がここに住んでいた高校生の頃にはなかったことは確かだけど」
「さすがに、おじいさんおばあさんがダンジョン攻略していたとは思えないしねぇ」
「見て分かるとおり、いらない荷物を順に押し込むだけで、奥まで覗いたりしなかっただろうし、たぶん私たちが初めて見つけたんだと思う……」
「アナウンスも初回特典って言ってましたもんね」
もし、もっと早くこのダンジョンの存在に気付いていたら。攻略して病気も治るポーションを手に入れることが出来ただろうか。
祖父母の顔が浮かぶ。
仲の良い老夫婦だった。癌に犯された祖母が亡くなり、四十九日が過ぎた頃、後を追うように祖父も亡くなった。心不全だった。
祖母が癌にならなければ、二人とも今でも元気に生きていたかもしれない。
「ミサ。なに考えてんのか、なんとなく分かるけど、お前のせいじゃねーから」
ぶっきらぼうな口調で甲斐が言う。
考えなしの猪突猛進、脳筋タイプだけど、こう言う時は妙に聡いし、優しい。
「…だね。済んだこと悔やんでも仕方ない。今はこれからどうするかを考えなきゃ」
「おう」
もう一口お茶を飲んで、心を落ち着けて。
そろりと北条兄妹を見やった。
「ん? どうしたの、ミサちゃん?」
あわい微笑を向けてくれる奏多さん。気遣わしそうにまっすぐ見つめてくる晶さん。なんて優しくて、まぶしい人たちだろう。
「その、どう、します? やっぱりイヤですよね、こんなわけの分からない家……」
「ああ。まあ、まさかダンジョン付きのシェアハウスとは思わなかったわねぇ」
くすくす笑う奏多さん。
隣に座った晶は存外に真面目な表情であらたまって宣言した。
「私はここが気に入ったので住みたいです」
「……アキラさん、いいの?」
「ダンジョンには驚いたけど、物件じたいは気に入ったし、条件もかなり良いから迷いはないです。それに物作りをしたい身には、この【錬金】スキルはとてもありがたいし」
そういえば、晶さんのスキルはくわしく説明されていなかった。
「その【錬金】スキルって、どんなことができるんですか?」
「ん、そうだね。その髪ピンもらってもいい?」
「あ、はいどうぞ」
後毛を留めていたピンを外し、晶さんに手渡す。両手でピンを握り込んだ晶さんが目を瞑り、何かを念じている。
一分ほど経った頃、晶さんが笑顔で手を差し出してきた。
「はい、これ」
「え? これ、さっきのピンですか……?」
「うん、【錬金】スキルで弄りました」
てのひらにころんと転がるのは、小さなハート形のかたまり。念じただけで金属を状態変化させ、再整形もできるのか。
「金属が手に入ったら、アクセサリーを作りたいです。頭に思い浮かべるだけで、好きな形に創れるのは、最高に楽しい」
「なるほど……」
なんとも、晶さんらしい考え方だ。
【錬金】スキルは金属だけでなく、薬草から薬を作ることも出来るのだと云う。
「アキラちゃんに先を越されちゃったけど、私もここに住みたいわ。スローライフに憧れもあったし、この【鑑定】スキルを鍛え上げるのも楽しそう」
にっこり笑顔の奏多さん。
いろんな含みがありそうだが、深追いはせずに素直に喜ぶことにした。
「やった! じゃあ、四人でのシェアハウス生活に乾杯しましょ!」
「俺には聞かねーのかよ」
「アンタがダンジョンに釣られないはずないし」
「とうぜんだな」
「ダンジョンに挑戦するのはいいとして、命大事に、は絶対条件だよ?」
ドロップアイテムやスキルレベルアップを期待して、ダンジョンを攻略するのは良い。
だけど、大怪我をしたり、命を落としてまで挑戦することは大家として推奨できない。
「当然よね。生活向上をモットーにゆるく頑張るわ」
「俺だって痛いのは嫌だし、かーちゃんとチビども残して死にたくねーし、無茶はしない」
「同じく」
「よし。では、あらためて。ダンジョン付き古民家シェアハウスにようこそ!」
わっと歓声が上がる。
危険なダンジョンが扉一枚を隔てた先にあるというのに、それを通報することは考えもしなかった。
アナウンスから刻まれた知識から、ダンジョンが資材の宝庫であることはもう知っている。
そんな貴重な場所を国家権力に取り上げられることを恐れたからだ。
(私たちの家だ。誰にも渡したくない)
そうして、四人でのダンジョン付き古民家シェアハウス生活が決まったのだった。
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