第8話 お引越し 1
ひとしきり周辺を案内し、後はのんびりと家で過ごした。
畑から野菜を収穫し、料理ができない甲斐をのぞいて、三人で台所に立った。
ちなみに甲斐は庭で薪割りに挑戦中。
ダンジョンで入手した、身体強化スキルがさっそくお役立ちだ。
「菜花は芥子和えにしますね」
「ミサちゃん、手際いいわねぇ」
「祖母仕込みです」
奏多さんに褒められるが、得意なのは祖母に教え込まれた煮物などの田舎料理だけだ。
洋食は大学に進学して、レシピ本片手にぼちぼち覚えたクチなので、腕前はいたって普通である。
「私は野菜炒めを作りますね」
「アキラちゃんは指切らないようにね?」
「気を付けます」
生真面目な表情でそーっと野菜を切るのは晶さん。手先は器用なはずだが、料理はあまりしないようだ。切って焼く、レンジで蒸す、程度の調理過程で寮生活をしのいでいたらしい。
「ちょっとこれは性別云々置いといて不安だから、鍛えるわ。兄として」
「えー、でもカイより全然マシですよー? あいつ、野菜は生で齧る、肉は塩で焼くオンリーなんだから」
軽口を叩きながら、時間をかけて夕食を作っていく。主食はコンビニで買ってきた袋ラーメンに野菜やハム、卵を落とし込んだ。あとは彩り豊かな野菜料理がテーブルいっぱいに並ぶ。
新鮮野菜サラダ、野菜たっぷりのお味噌汁、ネギ入り玉子焼き。菜花の芥子和えにキュウリとツナのマヨ和え。野菜炒めは冷凍庫に眠っていたイノシシ肉のスライス入り。
あとは風呂上がりの酒のお供に野菜をスティック状にスライスし、冷蔵庫で冷やしている。
味噌、辛子マヨ、胡麻味噌など、ディップソースもきちんと用意しているので、今から楽しみだ。
賑やかに夕食を終え、順番に風呂に入る。
縁側の窓を開けて、買い込んできたビールや酎ハイを片手にぽつぽつと今後のことを話し合い、就寝。
一人暮らしには久しぶりのおやすみを言い合い、何となく面映い気分で新屋二階の自室ベッドにもぐりこむ。
興奮して眠れないかと不安だったが、すぐに寝落ちた。想像以上に疲れていたらしい。
寝覚めは悪くなかった。
野菜中心のヘルシーな朝ごはんをたっぷりと食べて、帰宅する。戸締りをしっかり確認して、奏多さんの車に乗り込んだ。
引っ越しは一週間後に決行する。
準備期間が短いが、荷造りが不要だから、片付けと各種手続きだけで終わるので充分だろう。
荷物は家具ごと『収納』できるので、不用品の処分と細々とした物だけ段ボールにでも入れてくれれば、すぐに引っ越しは完了する。
「ほんっとうに便利なスキルだわー」
「不用品でも、大量に収納できるなら預かってもらうのもアリだわね」
「いいですよー。今はいらなくても、後で必要になるかもですし、ステータス画面でフォルダ分けも出来るから預かっておきますよ」
「フォルダ分けって」
「パソコンみたいな画面なんですか? 使いやすくて便利ですね」
「ほんとアイテムボックス、超便利」
昨夜、酒を飲みながら、ちょこちょこ触ってみたのだが、それこそ無限の可能性がありそうだった。
納屋の不用品や、蔵の中の大型家具などの邪魔な物品も『収納』するのが良いかもしれない。
「そう言えば、フォルダにタッチしたら、ゴミ箱マークが現れたんだよね。もしかしたら収納物を削除出来るのかもしれない」
「なにそれ、粗大ゴミも引き受けられるってこと? 最強じゃないの!」
「すげぇな。それで稼げるんじゃね? 粗大ゴミ格安で回収しますって」
茶化すように甲斐が云うのに、私ははたと手を打った。なんだそれ。元手ゼロで儲け放題? テレビ番組で見たことのある、ゴミ屋敷のお片付け料金を思い出して、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「そんな手が……」
「ミサさん、落ち着いて。もっと楽しくスローライフしましょう?」
帰りの車内も賑やかに、楽しく過ごした。
順番に自宅まで送ってもらえたので、快適だ。
「じゃあ、一週間後に」
「はい、一週間後に」
「またね」
「よろしく」
【アイテムボックス】内のゴミ箱機能は、有能だった。
引っ越しをするにあたり、不用品を捨てるのに、かなり役に立ったのだ。
一人暮らし用の家電品は転居先には不要だが、捨てるのももったいない。まあ、別に圧迫しないしと、どんどん『収納』に放り込んでいった。
捨てるにしても、削除すればいいだけだから、有料で回収を頼む必要もない。
支出を抑えたい身にはとても有用なスキルだ。
面倒だったのは退出の手続き関連の方で。
電気水道ガス、ネット関連の引っ越しや解約手続きを終え、そうして一週間後。
「迎えに来たわよー」
「カナさん、ありがとうございます!」
待ち合わせ時間ぴったりに迎えに来てくれた奏多さんの車にいそいそと乗り込む。
部屋の荷物はすでに『収納』済み。掃除も終わらせて、鍵も返却したからバッチリだ。
「最初にアキラちゃんの部屋、次にうち、カイ君のとこを回ってから、最後に『宵月』に寄ってもいいかしら?」
「いいですよ。お店の片付けもあるんですね」
ちょっとしんみりとする。
宵月を教えてくれたのは甲斐だ。
上京した先で再会した甲斐と話が盛り上がり、バイト先の社長から教えてもらった、良い店があるんだと連れて来てもらったのが最初。
落ち着いた雰囲気のバーで、柔らかな物腰の奏多さんが綺麗で美味しいカクテルを出してくれた。
値段もそれほど高くなく、貧乏学生でもどうにか週に一度は通えるほどで。
たちまちお気に入りの店になり、常連となった。週に一度、甲斐と待ち合わせて飲んだ。
バーテンダーの奏多さんとも親しくなり、その妹の晶さんとも顔見知りになった。
四人とも趣味も性格もまったく似ていなかったが、不思議とウマが合った。
(でも、まさかその四人で一緒に暮らすことになるなんてね)
勢いでシェアハウスにと誘ったのは自分だが、まさか良い返事がこんなにあっさりともらえるとは思わなかった。それも、あんなファンタジーなドアがある田舎の古民家に。
「あの、カナさん。本当にうちなんかで良かったんですか……?」
「ん? いいに決まっているでしょ。刺激的で退屈を感じる暇もなさそうで、今から楽しみだわ」
大人の余裕たっぷりの微笑を向けられた。
艶っぽい眼差しは、恋愛偏差値の低い身には刺激が強すぎる。
「着いたわ。ここがあの子が住んでいる寮よ」
「寮って言うより、マンションみたいですね」
地方からの上京者が多い専門学校は、女子寮を併設している。
四階建ての寮は平日にしか管理人は滞在していない。今日は土曜日だが、引っ越しで立ち入りの許可はもらっているので、このまま部屋を訪ねるだけなので気楽だ。
「さ、行きましょ。三階の角部屋よ」
「はーい」
足取り軽く奏多さんの後を追う。
荷物を持たずに引っ越すので、人目がないうちにさっと済ませてしまおう。
寮と聞いていたので、なんとなく大きな建物の中に一部屋ずつ与えられているのだと思っていたが、見た目はふつうのマンションだ。
それぞれが独立した部屋で、これなら落ち着いて作業に耽ることも出来るだろう。
「すいません、ミサさん。お願いします」
「まかせて!」
1DKの部屋には荷物がギッシリ詰まっていた。
生活雑貨の他、多いのは裁縫道具関連だ。ミシンが二台、大きめの作業台、大量の布に糸、リボンやレースに、作りかけの衣装。
変わったところでは、等身大のマネキンか。
それぞれ『収納』しやすいように纏められていたので、荷物量のわりに早く済んだ。
綺麗に使っていたのだろう、あまり汚れていなかったので、掃除も軽く済ませることが出来た。
「さて、カモフラージュ用に空の段ボールでも抱えていこうか」
「いいですね」
ふはっと笑いながら、三人で空き箱を抱えて、部屋を後にした。
「で、ここが私のうち。とりあえず、全部『収納』してくれる?」
「はいはい」
案内されたのは、落ち着いた雰囲気の綺麗なマンションだった。質の良い家具類がしっくりと収まった、所謂ホテルライクな部屋だ。
「さすが、センスいいですね、カナさん」
空間を贅沢に生かして、広々と使っている。感心しながらも、家具や荷物に手を触れて、さくさく『収納』していった。
「あ、あと、肝心なことを言い忘れていたんだけど……。この子も、いいかしら?」
そっと差し出されたのはキャリーケースに入った、もふもふの塊。覗き込んで、息を飲んだ。
「猫ちゃん……!」
「ノアさんです!」
鼻息あらく紹介してくれたのは、晶さんだ。なんでも、この子を拾ってきたのは彼女らしい。実家では飼えなくて、兄に世話を任せたのだと云う。
綺麗な三毛柄の長毛種で、賢そうな目をした女の子だ。
「ノアさん、かわいい……。もちろん、大歓迎です、犬も猫も大好きです!」
「良かった。十七才で、お年寄りなのよ。ずっと寝てばかりだけど、大切な家族だから」
「引っ越し、ストレスにならないですかね……。田舎だから、空気は良いし、環境は良くなると思うんですけど」
「それがちょっと心配なのよね……」
くったりと身を横たえる猫の姿に胸が痛くなる。なんとかならないか、と考えて、ふいに【アイテムボックス】内のポーションの存在を思い出した。
軽い怪我と内臓疾患を癒す効果があるのなら、ノアさんも元気が出るのでは?
さっそく取り出して、奏多さんに手渡す。
「これ、飲ませてあげてください。効くかどうかは分からないんですけど」
「いいの? これ取ったの、カイくんでしょ?」
「アイツも動物好きだから、同じこと考えますよ。ポーションならまたダンジョンでゲットすれば良いし、ノアさんが元気になる方が嬉しいです!」
「……ありがと」
キャリーから出した三毛猫を晶さんが抱き上げた。奏多さんが手慣れた様子で口を開けさせて、ポーションを飲ませてやる。
「ニャッ」
いきなりの狼藉に、ノアさんが少し怒ったように鳴いたが、ぶるりと身震いをして不思議そうに小首を傾げている。とても可愛らしい。
「効いてる?」
「……気がします。ちょっと元気になったみたい?」
「これはダンジョンで大量に仕入れないとですね! 毎日飲ませてあげなきゃ!」
新しい目標ができた。北条兄妹が嬉しそうに猫を見下ろしている。なんとも麗しい光景だ。
「ありがとね、ミサちゃん」
「どういたしまして! 家族ですもん」
シェアハウスの一員に大好きな猫さまが追加され、素直に嬉しい。
【アイテムボックス】には生き物は入れられないので、ノアさんにはふたたびキャリーケースに入ってもらい、晶さんの膝の上で待機だ。
残りの家具類も全て『収納』し、甲斐のアパートへ向かった。
ここがいちばん滞在時間が短かった。
何故なら、マトモな家具類が置いていなかったからだ。
「え、本気……?」
「本気って何のことだ?」
六畳一間の古いアパートはトイレとシャワーが共有だ。水回りは小さなキッチン用シンクと手洗い台だけ。自炊はしないので冷蔵庫もレンジも置いていない。ちなみにベッドもない。なんと布団もない。
趣味のキャンプに注ぎ込んだ結果、自宅で眠るのも寝袋を使用しているのだと云う。
部屋に並んでいるのは、そのキャンピング用品で、お家キャンプ状態だ。ちょっと楽しそうだと思ってしまったのは内緒である。
「意外と困らないのなー。キャンプ用の折り畳みイスとテーブルは使えるし、夏は寝袋のかわりにハンモック使えば涼しいし」
「うん、わかった。もういい……。『収納』するね」
家のはずが、家に見えない部屋の少なめな荷物を『収納』して、ため息を吐いた。
「使っていない客用布団あげるから、うちでは寝袋やめてね?」
「? おう、分かった!」
良い笑顔の甲斐と連れだって、北条兄妹が待つ車に戻る。最後は『宵月』だ。
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