第6話 ダンジョン…? 1


「洞窟、だよね…?」


 目の前の光景に呆然としながら、つぶやいた。

 開かれた扉の先に続くのは、三方を岩肌に囲まれた道のような物。幅は二メートルほどか。

 明かりもないのにうっすらと四方が光っていて、遠くまで見通せた。ごつごつとした岩壁の様子は、どう見ても洞窟だ。


「いやいや、土蔵に洞窟?」

「実はこのドア、裏山に続いてるとか……」


 扉から離れてそっと確認してみるも、やはり裏側は何もない空間だ。


「………やっぱり、どこにでも行けるドア的な…?」

「まさかー…って言い切れない自分が嫌だ……」


 四人とも、ちゃんとこのドアの向こうの世界が見えているようだから、幻の類ではないだろう。

 やけにリアルだから、夢でもないはず。


「よし、行ってみるか!」

「ちょ……」


 止める暇もなかった。

 考えるよりも先に動くがモットーの甲斐らしく、好奇心に満ちた眼差しはまっすぐドアの向こうを見据えて。

 何の気負いもなく踏み出された足に驚いて、ついその背を掴もうと手を伸ばしてしまった。


「ふぁ……っ?」

「ミサちゃん!」

「危ない!」


 いかんせん、体勢が悪い。

 おろそかな足元はドアの下枠に引っかかり、前を歩いていた甲斐もろとも転がり落ちてしまう。

 さらに悪いことに慌てた奏多さんが支えようと手を伸ばし、一呼吸遅れて駆けつけてくれた晶さんとこちらも接触事故。

 見事に四人全員がドアの向こう側に転がり落ちてしまったのだった。


「いったー……」

「重ぇよ!」

「私としたことが……」

「あ、ごめんなさい」


 まずは最後尾の晶さんが立ち上がり、続いて奏多さんが手を引いて起こしてくれる。

 言葉遣いは女性的だが、態度は紳士なのだ。


「カナさん、ありがと」

「どういたしまして。怪我はない?」

「幸い、ちょうど良いクッションがあったから」

「いやそこは俺の心配しよ?」


 ぶつぶつ文句を言いながらも、立ち上がった甲斐は服についた埃を払う。


「バッカじゃないの、カイ! なんであんたはそう考えなしなの! ちょっとは様子見なり、頭を使いなさいよ、危ないじゃない!」

「や、だから俺一人で行くつもりだったんだって。誰か見てこなきゃ、不安だろ?」

「だからって……!」

「ストップ、ミサちゃん。お説教はとりあえず後で」

「ですね。結局、みんな入ってしまった後ですし」


 一息ついて、そろりと周囲を窺った。

 うん、洞窟だ。そっと触ってみた壁も本物の岩肌。土の匂いと、湿った独特の空気はなんともリアルだ。


「本当に洞窟だったね……」

「というか、これアレみたいだな」

「アレ?」

「おう、ダンジョン!」


 ゲーム好きな甲斐にしばしば付き合わされた身には、とても馴染みやすい単語だ。

 ダンジョン。たしかに、造形だけ見れば、とてもよく似ている。が、あれはフィクションだ。ありえない。ため息と共に、甲斐を嗜めようとして。

 頭の中に、ふいにピロン、と軽快な音が響いた。


『ツカモリダンジョン、挑戦パーティを確認。ダンジョン初回特典スキルを付与』


 男とも女とも知れぬ、機械的な音声が脳内でそう告げる。


「え、本当にダンジョン……?」

「マジか」

「嘘でしょう……?」

「あ、何か体が熱い?」


 妙なアナウンスの後、ふいに身体が痺れるように熱くなった。ほんの一瞬。

 だけど、その一瞬のうちに、色々な情報が脳に刻み込まれたのだと思う。


「ふ…っ」


 両腕を抱きしめるようにして、その感覚に耐えた。ゆるりと目蓋を押し上げて、呆然と己のてのひらを見つめる。


「……本物のダンジョンだったか。えっと、たしか、ステータスだっけ?」


 立ち直りの早い甲斐が、さっそく『刻まれた知識』にある言葉を唱えている。

 ダンジョンで、ステータス。まるでゲームだ。


「お、俺の初回特典スキル【身体強化】と【火属性魔法】だってさ。かっこいいな」

 

 自身のステータスを確認した甲斐が、楽しそうに飛び跳ねている。

 ぼんやりとそれを眺めていたが、ほかの二人がおそるおそるステータスを確認するのを目にして、仕方なくつぶやいた。


「……ステータス」


 ブン、と低い音がして、目の前に薄青いモニタのような物が現れた。

 触ろうとしてみても、透明なモニタには触れられないらしい。



【塚森美沙】

レベル 1

体力 F

魔力 C

攻撃力 F

防御力 F

俊敏性 E

初回特典スキル 空間魔法(アイテムボックス)・水属性魔法

取得スキル なし



「まんま、ゲームのステータス画面ぽい」


 先程のアナウンスにあった、初回特典スキルには【空間魔法】と【水属性魔法】とある。


「【アイテムボックス】って、よくラノベで見かける収納系の魔法だっけ?」


 じっとステータス画面を睨んでいると、何となく使い方が分かった。

 ためしに地面に落ちていた石を拾い、収納と唱えてみる。スッとてのひらから石の感触が消えた。

 代わりにステータス画面の下方、『アイテムボックス』というフォルダに「小石×1」という記載が増える。


「これが収納魔法か。便利だね。出すには、念じればいいのかな」


 てのひらに戻れ、と念じると石の感触がふたたび現れる。これはちょっと面白いかもしれない。

 刻まれた知識が、幾度も繰り返しスキルを使うことにより、スキルレベルが上がり、能力が進化するのだと教えてくれる。


「触った石を収納して、一メートル前の空間に落とす」


 意識しながらスキルを使うと、てのひらではなく、離れた場所に物を出せることも分かった。

 やはり、このスキルは便利だ。

 【アイテムボックス】スキルのレベルはまだ低いが、何となく体感でかなりの収納力があるのが分かる。少なくとも、先ほどの蔵なら、丸ごと余裕で収納できるほど。──つまり、これは。


「引っ越し代がかからない……!」

「そこかよ。いや、便利だけどさ」


 ひととおり先にスキルを試したらしい甲斐から突っ込まれる。


「いや、だって一人暮らしとは言え、引っ越し料金はかなり痛いよ? 十万単位で貯金がとぶんだから! それが、この無限収納を使えば実質無料。最高じゃない?」

「たしかに、すげー助かる。……で、もうひとつのスキルは?」


 どうやら、皆ふたつずつスキルがもらえたらしい。太っ腹だね。


「もうひとつは、水の魔法だね」


 てのひらを宙に差し出し、頭の中で蛇口を捻るイメージ。魔法の使い方もちゃんと教えてくれるとは、なんと親切仕様。

 パシャリ、と音を立てて、何もない空間から水が溢れてくる。


「わ、わ」


 慌てて蛇口をしめ、水を球状にまとめるイメージを思い浮かべる。

 宙に浮いた、まんまるい水の塊を遠くに放り投げた。シャボン玉が弾けるように、水が地面を濡らす。


「こっちは、水道代が節約出来る?」


 そういえば、この家は山から引いた井戸水利用だから、水道代はかからなかったんだ。ちょっと残念。


「せっかくのファンタジーなスキルなのに、ミサの感想ズレすぎ。まあ、らしーけど」

「失礼な」

「で、そっちは?」


 甲斐が視線を流した先では、北条兄妹が腕組みをして、何やら考え込んでいる。


「ああ、私は【鑑定】ってスキルね。それと【風属性魔法】だったわ」


 先に口を開いたのは奏多さんだ。

 ふいに差し出された長い人差し指の先に、小さな竜巻が舞っている。さっそく使いこなしているあたり、とても器用だと思う。


「【鑑定】の方は、今のところレベルが低いから、少ししか分からないわね。この洞窟の壁を試しに鑑定してみたけど、ツカモリダンジョン入り口としか分からないし」

「私は【錬金】スキルでした。魔法は【光属性魔法】。ええと、小さな灯りをつけたり、あと回復魔法が使えるみたいです」

「え、すごいじゃない、アキラさん! 回復魔法とか日常でもすっごく助かる魔法だわ!」

「日常でも使う気満々か、お前……」

「むしろ日常以外で使う気?」

「え、ダンジョン攻略しねーの?」

「え?」

「え?」

 

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