第5話 周辺探索


「家の中はこんなもんかな。次は外の建物案内しようか」

「そうですね。二人とも何処に行ったのかな」


 二人の気配を追って外に出てみる。

 前庭の畑を眺めていた奏多さんと裏山の周辺を探索中の甲斐を拾い、そのまま案内を続けた。

 まずは、家の前に広がる畑からだ。


「おじいちゃん、最近は米は自分たちが食べる分だけ細々と作っていて。ちゃんと手入れをしていたのは、この畑とビニールハウスだけみたいです」


 稲作用の田んぼは農協を通して人に貸している。田んぼも世話をしないと荒れてしまう。

 貸し賃は収穫物の何割かを提供していたはず。詳しくはあまり覚えていない。

 田舎のなあなあ加減で、毎年新米を大量にお裾分けで貰うだけで、気にしたことがなかった。


「畑、思ったより広いわね」


 奏多さんが感心したように云う。

 地形に合わせて作った畑はくねくねした小道をいくつも挟んでおり、迷路のようで面白い。


「幾つかの田畑は処分したんです。今は散らばっているから正確に測っていなくて、だいたいなんですけど。たしか、合わせて一反くらいだったかな」

「一反。……ええと、あいにく農業には詳しくなくて、三百坪だったかしら」

「ですです。よく知っているじゃないですか、カナさん」

「おう、さっぱり分からん! どんくらいだ?」

「すいません、その単位は私も把握できません……」


 首を捻る甲斐と晶さん。

 まあ、農家関係や不動産に興味がなければ、あまり触れない話題だろう。

 分かりやすい説明だと、何がいいかな。


「んー、そうだね。まず、一坪がだいたい畳二枚分、二畳だと考えて。一反は三百坪だから……」

「畳六百枚分?」

「マジか……」

「あ、家の前のこれだけじゃなくて、他の場所、使っていない土地も合わせてだからね? たぶん労力的に、おじいちゃんも半分くらいしか土地を使っていなかったんじゃないかなー」


 年老いてからは、道の駅や農協におろす分を少しと自分たちが食べるくらいの量しか作っていなかったはずだ。


「本格的に農業するなら、畑をぜんぶ稼働するのもアリですけど」

「素人には家庭菜園が精々じゃない?」

「だと思います。私もそれほど詳しくはないし」

「でも、農機具はほぼ揃っているみたいだな」


 先に納屋を覗いて見たのだろう。

 農機具類や大工道具などを雑多に並べて置いてある倉庫は、甲斐の少年心を大いに刺激したようだ。


「ちょっと動かしてみたい」

「はいはい、落ち着いたらねー」


 工事現場で働いていた甲斐なら、トラクターの扱いもすぐに慣れるだろう。

 薪割り担当に続き、農業部長を任せよう。


「今は何の野菜が食べられます?」

「えーと、たしか玉ねぎとキャベツ、カブも植えていたかな。ブロッコリーと菜の花もあったと思います!」

「いいですね、楽しみです」

「ビニールハウスでも作っていたのよね?」

「あっちはたしか、アスパラが中心で。あとは育てやすいミニトマトとかキュウリ、ナスあたりを。本当はいちごを育てたかったんですけど、難しくて」

「いちご!」


 ぱっと顔を輝かせる晶さん。まぶしい。

 そんな期待に満ちた眼差しで見つめられたら、無条件降伏するしかない。笑顔で手を握り締めた。


「作っちゃいましょうか、いちご!」

「やった! 楽しみです、作っちゃいましょう!」

「女子ねぇ」


 キャッキャとはしゃぐ姿を奏多さんに微笑ましそうに見守られてしまって、ちょっと恥ずかしい。

 でも、とれたていちごは瑞々しくて、本当に美味しいので、是非とも北条兄妹には食べてもらいたい。


「収穫は後にすることにして、納屋はもう見たんですよね? 鶏小屋は今は使っていないし。最後に土蔵を案内します」


 山寄り、いちばん奥に建てられた白塗りの蔵を指さした。


「おお、お宝が眠ってそう!」

「あるわけないよー。うちは代々、由緒正しい農家なんだから」


 ここは一応、鍵付きだ。

 ポケットから取り出した古びた鍵を使い、引き戸を開ける。古びた、埃っぽい匂いが鼻をつく。


「おお……!」


 さっそく探検に乗り出す甲斐。

 中二階建てで、それなりの広さはあるが、物置と化した場所なので視界はあまり良くない。


 置いている物は多岐にわたった。

 ほとんどが使われていない家具や小物類。箱入りの茶碗、古びた家電類もある。重なった段ボールにはアルバムや教科書の但し書きがあった。

 衣装箪笥にはたしか祖母が大事にしていた着物が収まっているはず。


 まあ、ほとんどがガラクタだ。

 使われなかった引き出物が入った箱の山に、古道具の類もある。父の子供時代のおもちゃが入った段ボールも幾つか積まれていた。


「うわ、鎧がある!」

「あー…。ひいおじいちゃんだかが、居間に飾ってたやつね」


 実用性はなく、飾り用の鎧と兜のセットだ。そこそこの地主だったご先祖さんが跡取りのお祝い用に贈ったものだと聞いたことがある。


「こーゆーの、骨董屋とかが良い値段で買取してくれるんじゃね?」

「だといいんだけど。むしろ引き取り拒否されそうな古めかしさだよね。……んー、引っ越してきたら、ちょっと本格的にここ片付けないとね」


 さすがに物を詰め込みすぎだ。

 物を大事に使っていた世代の祖父母は、思い入れのある家具や家電をなかなか捨てられないタイプだった。

 なまじっか、広めの土蔵や納屋があったばかりに、どんどん溜まっていったのだろう。

 家の中は二人が亡くなった後で、かなりの物を捨てたが、土蔵と納屋は手付かずだ。


「着物とかお茶碗が良い値段で引き取ってもらえたら、焼肉パーティーをしましょうか」

「賛成」

「意義なし」

「だから、片付けは手伝ってくださいね」

「はぁい」

「仕方ない」

「お肉のためなら頑張れる……」


 三人から言質は取れたので満足だ。

 さすがに、この量を一人で片付けるのは憂鬱だったので。


「奥に行くほど古い年代っぽいな」

「あー、順番に不用品を追いやって並べていったっぽいよね……」


 ちょっと恥ずかしい。ご先祖さまよ。

 でも、もしかしたら、素晴らしいお宝が発掘されるかもと一抹の期待を抱きながら、四人で奥に進み──ようやく突き当たりの白壁が見えたあたりで足を止めた。


「なに、これ」

「ドア……?」


 そこにぽつりとあったのは、木製の扉だった。

 純和風の土蔵には不似合いな、アンティーク調のお洒落な洋風のドアだ。

 飴色の扉は樫の木だろうか。ドアノブは真鍮製。小さな小窓は不透明なガラス窓のようで、薔薇と蔦がデザインされた格子が入っている。鍵穴にはレトロなデザインの鍵がぶら下がったままだ。


「裏口用のドア? こんなのあったかな……」


 幼い頃、近所の友達とかくれんぼをした時に入った時には見かけなかったはずだ。

 なんとなく違和感のあるドアに、臆せず近寄ったのは甲斐だ。

 ひょいっと裏側を覗き込み、首を捻る。


「いや、これ、このドアだけが独立して置かれてる。あのアニメの、どこにでも行けるドアみたいに」

「えー……?」


 なんでそんなものが、うちの蔵に?

 戸惑いながらも近づいて、同じように裏側を覗き込んで確かめる。


「ほんとだ……。ドアだけが立ってる。そこそこ厚みがあるから自立しているのかな」


 なんとも不思議な光景にしばし見惚れてしまう。


「アニメみたいに、どっかと繋がっていたりして?」


 からりと笑いながら、甲斐が無造作にドアノブに手をかけた。


「そんなわけ……、」


 あるわけないでしょバカね、といつものように笑い飛ばそうとして。


「…え……?」

「なに……」

「うそ」


 四人とも、その場で立ち尽くしたまま絶句することになった。

 

 開かれたドアの向こう。 

 古びた土蔵の白壁が見えるはずのそこには、なぜか岩壁に囲まれた仄暗い道が続いていたのだ。

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