第4話 古民家探索 2

 それぞれのリュックやボストンバッグを居間の隅に置き、買い込んだ食料品はキッチンのテーブルに並べて家の中を四人で歩いていく。


 大広間は二十畳。親戚が集まって宴会をするのも充分な広さがある。中央に大きめの掘り炬燵。

 居間がわりに使っていたので、レトロなテレビもここに置いている。


「あいにく壊れちゃって見れないんですけどね、このテレビ」

「ああ、うちのテレビを置いたらいいわ。捨てようか迷っていたけど、ちょうど良い」

「助かりますっ!」 


 貰えるものは何でも貰うつもりだ。

 笑顔で礼を言う。

 みしみしと音を立てる床を踏みしめながら、目についた窓を開けていく。

 淀んだ空気が流れていくのが分かる。目に見える汚れはないが、少しだけ埃っぽい。後で少し掃除をしよう。


「居間の隣に十二畳の和室がふたつ。昔は障子だったけど、リフォームして壁を付けたので、ここを男子チームの部屋にどうかな、と」


 廊下へ続く障子を開けると同じ作りの和室が仲良く並んでいる。奥に押し入れがあり、収納スペースはそこそこ広い。

 色褪せた畳なのは申し訳ないが、いくらか稼げたら畳は張り替えたい。


 祖父母の荷物は大部分は処分している。

 捨てられない物はまとめて蔵か納屋に片付けているから、和室二部屋は空部屋だ。

 親戚が泊まりに来た時のために客用布団が押し入れに眠っているだけだから、見た目はすっきりとしている。


「勝手にリフォームしても良しって条件だったわよね?」

「はい、壁に大穴開けたりとかじゃないかぎり、好きにしちゃってください!」

「DIY楽しそう。うちはインテリアが洋風だから、床をフローリングにしたいのよね」

「俺は畳でもいいかな。床に寝転がるの気持ち良さそう」


 こだわりのなさそうな甲斐が手前、奏多さんが奥の部屋がいいと言う。


「じゃあ、次は水回り。キッチンから見ましょうか」


 キッチンは大広間を抜けた先にある。

 昭和の農家台所モデルなので、かなり広めだ。シンクも大きいし、テーブルも広い。

 ガスコンロは三口で、裏口から出てすぐに野菜用の洗い場もある。


「冷蔵庫、大きいわね」

「農家の冷蔵庫、こんなもんですよ?」


 なにせ米や野菜をたっぷり入れるのだ。


「ん? これも冷蔵庫?」


 壁際に床置きの四角い大きめの箱がふたつある。


「うん、冷蔵庫と冷凍庫。野菜入れが足りなくて買い足したって言ってたなあ、おばあちゃん……」

「どんだけ野菜あるんだよ……」


 ちょっと怯えた表情の甲斐。肉だけじゃなくて、野菜もたくさん食べましょうね。


「こっちはパントリー?」


 台所横の小部屋を晶さんが覗いている。


「そんな大層な呼び方はしていなかったけど。うん、食品置き場にしてましたねー」


 棚には買い置きの調味料や缶詰や乾物などが所狭しと並んでいた。今は処分したので消費期限の長い調味料くらいしか置いていない。


「立派な食器棚ね」

「大工さんに家に合わせて作ってもらったみたいです。地震でもビクともしないって」

「いいわね」


 ただし、こちらも定期的にロウソクのメンテナンスが必要です。


「で、廊下の先に仏間、その先がトイレと洗面所、お風呂です」


 水回りは十年ほど前にリフォームしたので、そこまでは古くないはず。


「温熱シャワートイレはありがたいです」


 晶さんがほっと安堵の息を吐いている。

 分かる。水洗トイレで、さらにウォシュレットで安心したよね。リフォーム前は汲み取り式でした…。


 洗面所はふつう。よくあるタイプのです。

 お風呂は残念ながらガスなので、パネルにタッチするだけで沸ける快適さとは無縁だ。


「まあ、そのくらいは気にしないわ」

「おう! うちのアパートなんて風呂無しだから、むしろレベルアップだ」

「カイはどんなとこに住んでいるのよ……」


 洗面所の隅に洗濯機を設置している。

 こちらもドラム式ではない、昔ながらの縦置きタイプだ。


「乾燥機はありません、すみません」

「外に干しゃいいし」

「そうね、よく乾きそう」


 意外と皆、平気そうでほっとする。


「で、次は中二階、屋根裏部屋です」

「待ってた!」 

「楽しみです!」

「お子様ねぇ。まあ、私もちょっとだけ楽しみだけど」


 屋根裏部屋の響きは大人になっても魅惑的だ。

 廊下の奥、段差が急な階段をおっかなびっくり登って行くと、二十畳ほどの広さの部屋に出迎えられる。


 階段を登ってすぐ右側、四畳半ほどの小部屋は祖母が使っていたミシン部屋だ。


「かわいい……」


 被服系の専門学校生な晶さんは、その小部屋に夢中な様子だ。

 足踏み式のレトロなミシンと作業テーブル、裁縫道具が仕舞われた木製の棚が置かれている。


 仕切りなしの左側はかなり広い。

 床は木製、フローリング。屋根裏部屋は祖父母の時代に床板などをかなり補強したと聞いていたが、さもありなん。


「これは圧巻だな……」


 感心を通り越して、呆れた風に甲斐が呟く。


「そりゃ補強しないと床抜けるよ、おじいちゃん……」


 ため息まじりに、壁に設置している立派な本棚を軽く叩いた。


「この屋根裏部屋、ただしくお祖父様お祖母様たちの遊び場だったのね……」


 くすくすと軽やかに笑うのは、年の功か、奏多さんだ。

 遊び場。まさに、それだ。隠れ家でもいい。どちらかと言えば、秘密基地だろうか。


 読書家だった祖父は屋根裏部屋のほとんどを占拠して、自分だけの書斎を作っていた。

 両脇、向かい合わせになるように壁いっぱいの大きさの本棚を置き、コレクションを並べている。

 南側の窓際に書き物机と椅子がポツンと置いてあった。あるのはシンプルなデスクライトだけ。

 部屋の真ん中に何故か毛足の長いラグが敷かれている。疲れたら、ここで横になっていたのだろう。


「…まあ、屋根裏にソファは持ち込めないもんね」

「純文学の全集に、海外文学の本もあるわね。昔の映画のパンフレットもある。図鑑の類に、あら、国内外のミステリーコーナーもある。これは私も読んでみたい」

「どうぞ、興味があるのは持って行ってもらっていいですよ。大部分はそのうち処分する予定だし」

「捨てるのか、もったいねぇ」

「捨てないよー。古書店に持ち込んで引き取って貰えないかなって考えていて」

「んー、でも大した値で売れないだろ」

「儲け目的じゃなくて、ちゃんと読んで大切にしてくれる人に渡ってほしいから」

「ああ、なるほど」


 祖父ほどの読書家でもないし、このまま放置していても朽ち果てるだけだ。

 ならば、まだ少しでも状態がマシな時点で引き取ってもらいたい。


「もしかして、お宝が混じってるかもよ?」

「なら、なおさら管理できないし、引き取ってもらわなきゃだよ」


 難解な昔の本を読み解くのは、なかなか厳しい。祖父の本は一部を除いて片付けて、自分たちの本を置きたかった。


「ね、引き続き、ここを秘密基地にしたくありません? 自分たちの宝物を飾って、居心地の良い場所にするんです」

「いいな、それ。俺、ハンモック置きたい」


 キャンプが趣味な甲斐が破顔する。


「素敵じゃない。じゃあ、私はオーディオセットを置かせて貰おうかしら」

「アキラさんはミシン部屋を作業部屋にしてもいいし」

「助かります。内職が捗りそう」


 バイトが出来ない間、特技を活かして自宅で内職していたらしい。


「服のお直しとか?」

「いえ、オーダーメイドでコスプレ衣装の作成です」

「な、なるほど」


 予想外の返答に目を瞬かせる。


「こんな感じです」


 スマホ画像を見せてくれた。

 スクロールすると、結構な数を作ったようだ。


「おお、すごい。本格的だ」


 既製品で見かけたことのある、ペラペラの安っぽく見える衣装とは段違いだ。


「なんて言うか、リアルな感じがする。偽物っぽくない、重厚な」


 この衣装を日常的にきちんと着こなして生活していると言う、そんな説得力を感じる。


「これ、材料費かなりするんじゃない……?」


 同じことを奏多さんも考えたらしい。

 妹を案じる眼差しは、心配そうだ。


「納得いく生地を選ぶと、やっぱり高くなる。そこはきちんとプレゼンしてちゃんと材料費はもらっているから安心して」


 晶さんがふわりと笑う。


「それに、かなり勉強になって面白いから」

「ほとんどがファンタジーな衣装だもんね。これ、型紙から自分で起こしているんでしょ?」

「世界観を知るために、作品はぜんぶチェックして綿密な打ち合わせをオンライン上でして、一着一着作り上げてます」

「うわぁ……」


 いくらだ。ほとんどボランティア価格なのでは。こっそり聞いた作業料は一点五千円。材料費は実費らしいが、かかった日数を計算したら、貧血を起こしそうだ。


「勉強になっているから、気にしていません。実際、このバイトのおかげで腕も上がりましたし」

「さわやかな笑顔がまぶしい……」


 でも、せめて技術料はもう少しもらおう?

 おいおいどうにかすることにして、次は新屋に行くことにした。




 玄関は南口。母屋の北側の端に隣接して建て増したのが新屋だ。築三十年弱。両親の結婚前に建てたらしい。もっとも息子夫婦は仕事の都合で都内暮らし。お盆や年末年始の帰省時や来客時にしか使っていなかったので、比較的綺麗だ。

 両親が事故で亡くなり、中学生の私を祖父母が引き取ってくれてからは、ここが私の実家部屋だった。


「こっちは女子部屋になるから、男子は一階だけチラ見せね」

「はいはい」

「りょーかい」


 短めの渡り廊下の先、一階は簡易キッチンと小さめのお風呂、洗面所。


「トイレは二階?」

「はい。上は洋間、広さは八畳クローゼット付きが二部屋」


 男子二人には適当に母屋近辺を見てもらうことにして、女子二人で二階に上がった。


「階段上がってすぐの、ここがトイレ。で、申し訳ないけど、奥の部屋は私が使っていて」

「あ、じゃあ手前の部屋を見せてもらいます」


 晶さん用の部屋のドアを開け、窓を全開にする。

 中はシンプルだ。フローリングの床、明るい色のカーテン。ベッドやテーブルは置いていない。両親の部屋の予定だったが、結局、一度も住むことはないままだったから、主のいないがらんどうの部屋。


「来客用にクローゼットに布団がしまっているだけだと思う」


 壁際のクローゼットを開ける。収納はそこそこ広い。ベッドにパソコンデスクなど一通り並べても余裕のある作りだ。


「窓からの景色もいいですね」


 裏山からは、ちょうど今が盛りの山桜が拝めた。


「諦めていた花見も、ここでなら出来そう」


 悪戯っぽく笑いながら、晶さんが言う。

 皆優しいなとぼんやり思う。

 古くて、傷んでいて、かなり不便だろう、こんな家の良いところばかりを見つけてくれようとしているのが伝わってくる。


「そうだね。落ち着いたら、お弁当とお酒持参でお花見しよっか」


 楽しい予定を指折数えながら、さみしい部屋を後にした。

 

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