第3話 古民家探索 1


 車は奏多かなたさんが出してくれることになった。

 どうせなら内見ついでに一泊していけば良いと誘うと、他の三人も快諾してくれた。


 簡単な着替えやらを詰めた荷物を抱えて、待ち合わせ場所に早足で向かう。

 広めの駐車場がある、駅近くのコンビニチェーン店。ここで食糧を調達し、そのまま高速を使って目的地を目指す予定だ。


「ごめんなさい、待たせました!」


 ギリギリの時間に到着したため、三人はすでに店内で物色中だった。


「遅いぞ、ミサ」

「カイさんたら! 大丈夫ですよ、ミサさん。まだ約束の時間前です」

「そうね、私たちもさっき来たばかりよ。気にしないで」

「ほうじょうきょうだい、やさしい……」

「そういうのいいから。ほら、さっさと昼飯選んで来いよ」

「カイはちょっと冷たい! ……うん、でもちょっとは優しい?」


 小首を傾げる私の背を甲斐が軽く押す。


「いいから」

「昼ごはんもだけど、朝も抜いてるから、おにぎりとコーヒー買おうっと。あと、車内でのおやつと夜食と……」


 財布の中身は頼りないが、そのくらいの出費にはまだ耐えられる。

 買い物カゴにポイポイとお菓子やカップ麺を放り込む姿を三人が呆れたように見ていた。


「冷蔵庫に何もないし、お湯は沸かせるからカップ麺最強なんだよー?」


 慌てて説明するも、スナック菓子やクッキーにチョコ類、こっそり紛れ込ませた缶チューハイにいたっては言い訳できない。


「……まあ、インスタント食品は消費期限も長いし、便利ではあるわね」


 ため息を吐きながら、奏多さんも自分のカゴに袋ラーメン五袋入りのパックを放り込んだ。


「ただ、栄養面は考えるわよ? お野菜食べ放題、だったわよね。せめて野菜たっぷりラーメンにしましょ」

「お、じゃあ俺はチャーシューかハムを買ってくわ」

「なら、私は卵をパックで。朝食にも使えそうですし」


 それぞれ、好みの酒とツマミを携えてレジに向かう。まるで遠足だ。そう考えると、なんだか不思議とワクワクしてくる。


「ふふっ」

「……楽しそうだな、ミサ」

「うん、楽しい。最近ずっと将来が不安で落ち込んでいたけど、久々に良い気分」


 にひゃりと笑うと、呆れたような甲斐が何か悪態を吐こうとして、そのまま口をつぐんだ。


「? カイ?」

「いや、……いいや、そうだな。俺もらしくないけど、最近へこんでいたから、結構楽しいかもな」

「ふふ。だよね。きっと一緒に暮らしたら、もっと楽しくなるよ」

「まあ、当面の問題は片付いちゃいないけどな」

「言わないで……」


 幼馴染み同士の軽口を、北条兄妹は微笑ましそうに見つめていた。


 


 集合時間が早かったので全員が朝食抜き、車内はそれこそ遠足か修学旅行かのように盛り上がった。

 カーラジオをBGMに、それぞれが購入した、おにぎりやサンドイッチをつまむ。

 運転している奏多さんには助手席の晶さんが時折、唐揚げやカロリーバーを口元に運んでいた。


 有料の高速道路を約一時間、下道を走って、おおよそ二時間弱ほどで目的地に到着する。

 お菓子をつまんだり、奏多さんが淹れてきてくれたあたたかいハーブティーを味わいながら他愛のないお喋りを交わしていたら、あっという間だった。


 高速から降りて、ナビと私のつたない案内で下道を進むうちに、どんどん景色から建物が消え、緑が増えていく様は圧巻だ。

 都会育ちらしい北条兄妹は寧ろワクワクしてきたようで、林道を楽しそうに眺めている。


「うん、想像以上に遠いな。お前、一時間ちょっとって言ってなかった?」


 真顔の甲斐に指摘され、てへっと頭をかいてみせる。


「一時間以上二時間未満? スピード乗っていたら、だいたい一時間半で着くよ!」

「もういい……。通勤がちっとネックかな。近場で働き場所があったらいいんだが」

「あー、農繁期の手伝いとか、ご近所の何でも屋さんみたいな仕事ならそれなりにあるかも。後者はお小遣い程度の賃金だろうけど」

「それどんな仕事だよ……」

「電球の交換とか庭の草むしりとか犬の散歩、買い物代理に肩たたきあたり……?」

「孫かよ」

「孫だねぇ」


 あはは、と肩をすくめて笑う。

 両親が事故で亡くなって父方の祖父母宅に引き取られたのは、ちょうど中学の入学と同時期だった。

 限界集落手前の田舎には同年代の子供は少なく、私はそれこそ孫扱いでご近所さんに可愛がられたものだった。


「犬の散歩は楽しかったな。朝晩二回、一日百円。でも、一か月だと三千円はもらえた。バイトも出来ない中学生にはありがたかったなー」


 こつこつと貯めたお金を上京資金にした。

 四年間の学費と引っ越し代、一人暮らしの初期費用は両親の保険金で支払ったが、生活費はなるべく自力で稼いだ。


 祖父母は山を売って孫に仕送りするつもりだったようだが、そこは頑なに断った。

 じいちゃんの裏山は実り豊かで、子供の頃からの格好の遊び場だ。手放したくはない。


「いずれ、定年後に田舎に引っ込んでスローライフを満喫する予定だったんだけど、まさかこんなに早く夢がかなうとは」


 半ば自棄で嘯いてみせるが、それほど悲壮感はない。それは同乗する他の三人も同じようで。

 それぞれが、期待に満ちた眼差しで眼前に広がる景色を見据えている。

 なんて頼もしい仲間たちか。

 何度目かの角を曲がり、山ひとつ越えた先に、新しい拠点となる古民家が見えてきた。


 築百二十年、堂々とした構えの木造家屋。

 正面からは見えないが、裏側に建て増した新屋が隠れている。

 両脇に構えるのは、納屋と白壁の土蔵だ。 少し離れた場所の小屋は、いまは主のいない鶏小屋である。


 垣根がわりの桜の大木や果樹のアーチをくぐり抜け、休耕中の田んぼと荒れた畑を越えた先の広場に車を止めた。


「到着! おいでませ、我が家へ」


 真っ先に車から降りると、振り返って笑顔で両手を広げてみせる。


「良い雰囲気だな」


 お世辞を言わない甲斐の素直な感想に、くしゃりと笑みがこぼれおちる。


「うん、たぶん都会の人が思い描く、田舎のおばーちゃん家のイメージ通りでしょ?」


 よく言われる感想だ。

 山があって田畑に囲まれていて、何とものんびりした空気が漂っている。

 ノスタルジックで、悪くないでしょう?


「お隣とは結構、距離がある?」

「いちばん近いお隣さんが300メートル手前だね。うちがあの田舎道の突き当たり。だから、静かで落ち着いてはいる」

「畑、広いわね」


 奏多さんが興味深そうに家の前の畑を覗き込んでいる。こまめに手を入れられていないので、かなり荒れてはいたが、歪ながらも旬の野菜は実っていた。

 裏手にあるビニールハウス内にも収穫物があるはず。こちらは近所の人がたまに手入れをしてくれている。


「一ヶ月に一回か二回、部屋の空気の入れ替えや畑の水やりに通っているから、中はそれほど荒れていないと思うけど」


 トランクケースを引きずりながら、玄関に立つ。鍵を開けて、建て付けの悪いドアを力一杯押した。


「すごい音だな……。大丈夫か?」


 不安げに表情を曇らせる甲斐に靴箱の上に置いていたロウソクを手渡した。


「これを塗っておけば、またスムーズに動くようになるから大丈夫」


 何とも言えない表情の甲斐は放置して、北条兄妹を招き入れた。


「玄関、広いわね。土間続き?」

「そうです。さすが、カナさん!」


 玄関と土間はコンクリート床で繋がっている。入ってすぐ居間にしている大広間があり、高さのある縁側に似た上り口に腰を下ろして靴を脱ぐのだ。


「あれは、薪ストーブですか?」


 土間の奥に鎮座したストーブに、先に気付いたのは晶さんだった。嬉しそうに顔を輝かせている。

 美人の笑顔はさらにまぶしい。


「そ、薪ストーブです。薪を作るのは面倒なんですけど、冬はそこそこ冷えるので便利に使ってます」

「いいわね。お料理も出来るんじゃなぁい?」

「できますよー。鍋に入れて放っておけば、いつでもあったかくて美味しいシチューを作るのも簡単ですし、焼き芋も最高に美味しく焼き上がります!」


 ここぞとばかりに売り込む。


「熱燗なんかも……?」


 うっそり笑う奏多さんに、力強く頷いて見せる。


「余裕です。鍋物も楽しめるし、網を置いたらバーベキューだって出来ちゃいます」


 家中に煙と油の匂いが染み込みそうだが、そこは黙ってプレゼンする。


「燃料費は……?」

「ここを何処だとお思いで? この家は土蔵に納屋に田畑だけじゃなくって、裏山も込みですよ。無料で取り放題です、薪!」


 おお、と感心したように頷く奏多さん。

 ロウソクを引き戸のレールやらに塗り込み終わった甲斐も楽しそうに聞いてくる。


「薪割り、面白そうだな。やってみたい」

「じゃあ薪割り担当はカイで!」


 すかさず押し付ける。楽しいのは最初だけで、薪割りは雪かきと同じく、結構な重労働なのだ。


「それに山があると、季節の収穫物も楽しめますよー? 山菜、タケノコ、きのこも取り放題です。運が良ければ自然薯にマツタケも」

「なに、マツタケ!」


 食ったことねぇ…と呟く甲斐の目はキラキラと期待に輝いている。


「もちろん取ってきた人の戦利品だから、食べてもいいし、売るのもいいよ」

「いいのか!」

「正規ルートは無理だけど、今ならフリマアプリとかで売れるんじゃない?」


 仕事がない時期の小遣い稼ぎには良いかもしれない。


「でも、マツタケを見つけるのは難しいよ? 山に詳しかったおじいちゃんならともかく、初心者は厳しいと思う。確実に稼ぐなら、今の季節はタケノコかな」

「タケノコが稼げるんですか?」


 晶さんが不思議そうに小首を傾げる。


「あら、国産のタケノコは買うとなると結構なお値段がするのよ?」


 料理が趣味の奏多さんが口を挟む。


「そうなんですよ。掘るのは大変なんですけど、利益率はわりといいと思います。お隣の山の所有者さんとこは朝イチで収穫したのを「朝採れ」と銘打ってネット販売していたみたい」


 体力が有り余っている男子高校生の兄弟が親を巻き込んでサイトを作り、かなり儲けたと噂話で聞いた。


「まあ、季節限定のお小遣い稼ぎですけどね。時間と体力は消費するけど、元手はゼロだから、カイもやる気があるなら止めないよ?」

「やる。山菜採りも楽しそうだ」

「キノコは素人にはオススメしないけど、山菜やタケノコ、果物なら良いんじゃないかな」

「果物もなってるんですか?」


 晶さんが嬉しそうだ。フルーツ好きなのか。かわいいなぁ、と微笑ましく頷いた。


「うん、あけび、柿、みかん、枇杷なんかがとれるよ。あと、栗も! 自然になっているものだから、味は市販品に比べて落ちるけど、完熟したのをもいで食べたら、最高に美味しいんだー」


 甘く濃厚な味をうっとりと思い出す。

 こくり、と三人の喉が鳴る。うん、いい反応。


「とりあえず、中を案内するんで入ってください。荷物は居間に置いて、探検ですよ!」

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