第27話 再会
なんとなく、電車に乗りたくて、一人で駅に向かった。
両親が離婚する前、それなりに交通網の良い場所に住んでいたので、電車に乗るということに特別感はさしてなかったのだが、新潟に住み始めてからは、なんだか特別なことのように思える。この土地に暮らし始めてから、電車に乗るより車に乗ることの方が多くなったからだ。
いつもの癖と、父に会う緊張感に突き動かされて、案の定予定よりずっと早く駅についてしまった。この駅が始発駅なのか、電車はもうすでに来ていて、音もなく佇んでいる。
動き出した列車は、私が思っていた進行方向とは逆方向に進みだした。席を変えるのも、腰を浮かすのも億劫で、ぼんやり過ぎていく景色を見ながら、
「前に進んでいるのに、私だけ後退しているみたい」
と取り残されたような感覚になった。そしてふと思う。私が進んできた方向は、果たして正しい方法であったのだろうか、と。
「…一人になると、よくないなぁ」
私の心は、一つではない。父に会うのが楽しみだったり、怖かったり、自信があったり、急になくなったり。そんな自分を自覚して、重い腰を上げて席を変えた。
景色はまっすぐ進んでいく。私の目指す方向に、私の視界も進んでいく。こうであればいいと思う。今までもこうであってほしいと思う。これからも。
「はぁ~思ったより長かった~!」
1時間近く電車に揺られ、私は新潟駅に降り立った。縮こまった背中を伸ばすと、空気も一新されるようで、心地よかった。
約束の時間は10時。待ち合わせ場所は南口の駐車場だったはず。ただいまの時刻は9時45分。優秀なスケジューリングである。
「南口、南口…こっちか」
駅の案内板を追いかけて、自動ドアを出る。エスカレーターを降りると、開けた広場に出た。
「雨月ちゃん…?」
「はい?」
駐車場に向かおうと方向を変えた時、急にスーツ姿の女性に話しかけられた。ゆっくり振り返ると、女性はにっこり微笑んで、
「こんにちは。私、社長の秘書の川崎です。初めまして」
と頭を下げた。急なことに戸惑いつつも、私も姿勢を正して、自己紹介する。
「河合雨月です。初めまして。私、てっきりお父さんが迎えに来るのかと思って、秘書さんが迎えに来てくれるとは思ってなくて」
「ごめんなさい。びっくりしたよね。秘書さんって呼びにくいだろうから、川崎って呼んでね」
「あ、はい、川崎さん」
「
「あ、はい、晴香さん」
「フフ、雨月ちゃん噂に聞いていた通り、かわいい子なのね」
あっという間に晴香さんの勢いに飲まれてしまった。この感じ、真弓さんにとても似ている。そう思ったら勝手に親近感が湧いてきて、緊張が収まるのを感じた。
「ごめんなさいね。私、人との距離を早くつめてしまうところがあるのよ」
勢いに圧倒されて、何を話したらいいのか分からなくなっている私を見て、晴香さんが頭を抱える。自分の性格に自覚的で、素直に謝れる晴香さんに、好感を抱く。
「いえいえ、明るい方で安心しました。今日はよろしくお願いします!」
私がもう一度頭を下げると、
「ほんと、噂に聞いていた通り、気持ちのいい子だわ」
と、晴香さんはにっこり微笑んだ。
「じゃあ、行きましょうか。シートベルトオッケー?」
車に乗り込んで、シートベルトを着ける。晴香さんはしっかりミラーの角度を整え、車を発車させた。
「社長、雨月ちゃんが来るのすごく楽しみにしているのよ」
最初の赤信号で、晴香さんが口を開いた。高めの位置で縛られたポニーテールがストンと落ちていて、髪の長さと綺麗さを引き立てている。控えめだが上品なネックレスが胸元できらめき、なぜか目を惹かれてしまう。控えめなアクセサリーも、大人の女性が身に付けると、こんな風に魅力的に輝くのか。きっとこの人はものすごく腕がたつんだろうな、と直感で思う。
「父がですか? あんまり想像できないですね」
「やっぱり? 社長のことだから、雨月ちゃんの前ではかっこつけてると思ってたのよ。本当は娘大好きなくせにね。寂しがり屋なのよ」
「ほ、本当ですか…?」
晴香さんの口から聞く父の姿と、私の中の父が一致しなくて戸惑う。
「まあ、会ってみれば分かるわよ」
晴香さんはそういって、再び車を発進させた。
10分ほど車を走らせると、父の会社にたどり着いた。ビルの窓に曇天の空が映っている。
晴香さんと一緒にエレベーターに乗って、案内されるがままに、社長室へと進んでいく。私は、ゆっくり覚悟を決めていくように、一歩一歩ゆっくり進んでいくイメージでいたのだが、晴香さんは凛とした足取りでグングン進んでいく。
「ノック、するわね」
社長室の前で一旦こちらを振り向いた晴香さんは、こちらを振り向いて、にっこり笑う。大丈夫よ、というようなその顔に安心して、背筋を伸ばした。
コンコンコン
晴香さんが扉を叩いた。
「はい」
中から、男の人の声がする。無駄のない、さっぱりとした返答。この声の主は、きっと今、姿勢よく椅子に座っていて、片手間に返事をするのではなく、今までの動作をきちんと止めてから声を出したのだろう。そんなことを感じさせる、そつのない返事。
「社長。川崎です。娘さんをお連れいたしました」
部屋の中の返事を聞くなり、晴香さんもスイッチを切り替えたように見える。扉越しの洗練された空気を感じ取って、思わず息を飲んだ。
「入ってください」
無駄のない、さっぱりとした声がそう告げて、晴香さんが扉を開ける。
「久しぶり、雨月」
数年来の、父との再会であった。
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