第7話 従順なコピー機
ここ数日、5月末に迫りくる生徒総会の準備に追われていた。
「議案書、できてる?」
「体育委員会からの提出がまだです」
「体育委員長の中山くん、いつも仕事遅イ」
「体育委員会以外の確認は終わってるの?」
「はい、各担当の先生からのサインも確認しましたし、生徒会担当の波多野先生の確認も終わっています」
「あ、待っテ。給食委員会は再提出するって言ってたヨ」
「分かった。じゃあ体育委員会と給食委員会以外のところだけ印刷終わらせてしまいましょう」
「分かりました」
「好的!」
こんなあわただしい会話を、ほぼ毎日生徒会室で繰り広げている。
生徒会室に今いるのは、私を除いて2人。1人目は生徒会副会長の
もう一人は同じく生徒会副会長の
「わざとだヨ。こっちの方がかわいいデショ」
と言われたことがある。チャイニーズジョークなのか何なのかよくわからなくて深堀しなかったが、確かに彼女は大勢の前で話す時は完璧な日本語を話すので、わざとなのかもしれない。いや、きっと彼女にとって語尾まで完璧な日本語にするのは体力のいることなのだ。だから、いざという時にしか使わない…きっと、そう。おちゃめなところのある、外はねボブの心強い味方だ。
「明日は、評議員会がありますよね」
流れ作業で500枚近くの紙を吐き続けるコピー機を見つめながら、透くんが言った。
「そうだヨ。連絡の放送は、私が入れておいていいかナ?」
「ありがとう!」
「じゃあ、ちょっと紙書いてくるネ」
リンが、生徒会室の隣にある放送室へ向かった。お昼の放送で連絡を流したい時は、指定の紙に読み上げてほしいことを書いて「放送ポスト」に入れると読んでもらえるのだ。
「これ、何委員会の議案書だ?字すごい綺麗だし、仕事も細かいな…」
「図書委員って書いてあるね」
「あ、図書委員ですか…。
透くんの独り言になんとなく答える。コピー機が吐き出した書類を一枚取ってみると、「図書委員」と書いてあった。
足を組み、集中して図書委員の議案書を見つめる彼は、とても絵になった。何を隠そう、彼非常に顔が整っているのである。雪斗も、母である風花さんに似て綺麗な顔立ちをしているので、2人並んで歩いていると、かなり様になる。だがしかし、本人たちにその自覚はない。その上、超がつくほど真面目な透くんと、いつも寡黙に本を読んでいる雪斗に気軽に話しかけられる人も少なく、ファンたちは隠れて熱視線を送っているのが現状だ。
図書委員会の資料は、透くんが言う通り完璧だった。これこれ、これが雪斗の字。いつみても「とめ・はね・はらい」がしっかりした、メリハリのある字だ。このはっきりした字が、私はとても好きだ。…って、あれ…?
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!透くん!ページ数!ページ数書き忘れてない!?」
「ああああああ、忘れてます!忘れてます!!あ、どうしよ、これ、止められないですよ。あ、待ってください。待ってください」
資料を上から下まで見ると、下の中央に書いてあるべきページ数が書いていなかった。提出された資料を並べ替えてページ数を書いてから印刷するのは、生徒会の仕事だ。もう、透くんー!
ページ数を書き忘れた本人はあたふたしてコピー機のボタンを手当たり次第にいじっている。ちょっと、そんなことしたらまたおかしなことになるかもしれないでしょ!
そうこうしている間にも、コピー機は従順に紙を吐き続ける。「ウオン、ウオン」という規則的な音が、危機感を駆り立てて駆り立ててしょうがない。
「どうしたノ?」
「リンちゃん!」
放送室から戻ってきたリンが、キョトンとした顔で私たちを見た。救世主を見るような目で透くんが、リンを見る。
「助けて!」
「任せロ」
「うわ」
透くんを半分ぶっ飛ばしてリンがコピー機の前に立った。そして数秒後、コピー機は静かになった。
「もう、気をつけてよネ」
静かになったコピー機の前で呆れた顔を見せるリンの横には、300枚はあろうかという図書委員会の議案書のコピー。全校生徒分約450枚、先生方と予備分で約50枚、合計500枚の半分以上の枚数だった。
「す、す、すみませんんんんん」
潤んだ瞳で透くんが謝ってきた。身長180センチの大きな体を精一杯縮めて、しゅんとしている。
「もう!やっちゃったもんは仕方ないでショ。うっちゃん、1ページくらいページ数書いてなくてもよくなイ?」
「うーん、波多野先生細かい人だから…もう印刷しちゃった分は手書きでページを書き込もう。大丈夫。3人でやれば10分で終わる。10分で終わらせるわよ」
「はい!!」
透くんの張り切った声を合図に、各々筆箱から指サックを取り出す。生徒会の仕事には必要不可欠の品だ。
でも、ちょっと困った。私は議案書印刷の他に、明日の評議員会で使う資料を作らなきゃいけない。それにPTAの広報誌向けの記事を書かないといけないし…ページ数書きは2人に任せて他のことをやろうか。いや、でも3人でやろうって言っちゃったしな…
「雨月ー、まだ終わらなそう?今日、桜火の家一緒に帰る日だったよね?」
「あ、雪斗」
この後の身の振り方を考えていると、雪斗が生徒会室の扉を開けた。学校指定のカバンを背負い、もう帰る準備は万端という様子だ。
「ごめん、まだ…」
「また透がおっちょこちょいなことしちゃったの?」
「雪くん、なんで俺がまたミスしたって分かったんですか…」
「だって透、ミスするといっつも背中丸めて申し訳なさそうにしてるから」
雪斗が、今の透くんの恰好を真似して背中を丸めて見せる。
「手伝うよ」
「え、いいの?」
雪斗はそうするのがあたかも当たり前かのようにカバンを下ろし、私の目の前にある紙の束を自分の方へ引き寄せた。
「雨月、まだやらなきゃいけないことがあるんでしょ?」
雪斗がこっそり耳打ちしてきた。私はドキリとする。
「なんでわかったの」
「ノートパソコン。まだ途中のファイルが開かれてる」
そういって雪斗は私の目を見て微笑み、席に座った。
…ほんと、ずるい人だ。周りがちゃんと見えてて、フォローに回るのがとんでもなくうまい。これはくもさん譲りの能力だと思う。雪斗が来てくれて助かった。
「え、ちょっと、これ僕が作った資料じゃん。透ー、ちゃんと印刷してよー」
「ごめんなさい…」
「透、謝りすぎだヨ。でもまあ、しゅんとしててくれると面積が少なくなってありがたいケド」
「リンちゃんひどいー」
謝る透くんを、リンがからかう。リンは身長146センチで、高身長な透くんに少し敵意を抱いている節があるのだ。生徒会室はただでさえ狭いので、透くんが足を延ばしているだけでも道がふさがれる時がある。そのたびに、
「足、縮めロ」
「はい…」
というやり取りをするのがお決まりだ。でも決して悪意があるわけではない。これはリンなりの愛情表現だ。愛情表現の、はずだ…。
「雪くんも、ちっちゃくなってくれてもいいヨ」
「え、僕も?」
矛先を向けられた雪斗がびっくりして顔をあげる。彼も176センチと背が高い方なので、リンの標的になったみたいだ。
「お、終わったー」
結局、今日やらなければならない仕事が片付いたのは、完全下校時刻5分前の事だった。
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