許嫁として紹介されたのは女子不良グループのリーダーでした。おまけストーリー
青キング(Aoking)
美佳ルート おまけの晴枝さん
墓地からちょっと離れた駐車場に戻ると、駐車場に隣接するようにしている駄菓子屋の店先で、晴枝さんがベンチに座ってアイスキャンディを舐めていた。
若いの二人で墓参りして来な、と俺と美佳先輩を送り出して、晴枝さん自身は店先の簾で囲われた日陰スペースで涼んでいる。
先輩の乗る車椅子を押しながら近づくと、晴枝さんはアイスキャンディを舐める動きを止めてこちらに目を向けて来た。
何故か晴枝さんの表情が浮かれて若やいで見えた。
「晴枝さん。良い事でもありました?」
「そうなぁ。あったと言えばあったな」
こちらから訊くのを待つように晴枝さんが勿体ぶる。
訊いて欲しいんだろうな、と推し量ってあえて訊こうとした時、駄菓子屋の入り口からTシャツに半ズボンの夏らしい恰好をした少年が出てきた。
少年は店先を見回し、簾の空間に晴枝さんを見つけると笑顔を浮かべた。
「お姉さん」
そう言うと、晴枝さんのもとに走り寄る。
少年が近づくと晴枝さんは見たことないほど優しい顔つきで破顔した。
「欲しいの見つかったんな?」
「うん。お姉さんの分もあるよ」
「それはいい。いくらな?」
「えっとね。一本八十円だから百六十円」
「二百円あげるから買ってきてな」
「わかった」
晴枝さんが百円硬貨を二枚渡すと、少年は二枚を手に握って駄菓子屋の中に戻っていった。
「晴枝さん。あの子は一体?」
俺が問うと、晴枝さんは半分になっているアイスキャンディを顔の前で揺らしながら機嫌のいい顔になる。
「なんだと思う?」
「隠し子ですか?」
「え、そうなの」
晴枝さんが正否を答える前に、先輩が驚いて声を上げた。
先輩の声に晴枝さんは目を三角にする。
「隠し子違うわ。美佳が見え透いた冗談を真面目に取るとは思わんかったな」
「なんだ。違うんだ」
「あたしは出産経験ない。そもそも相手もおらんわ」
相手もおらんわ、と言った後にすぐに口元が緩む。
ここまで機嫌のいい晴枝さんは見たことない。
「お姉さん。買ってきたよー」
少年が溌溂に店から出てきて晴枝さんのもとに駆け寄った。
手には廉価なソーダ味のアイスキャンディをぶらさげている。
お使いを成し遂げた少年は晴枝さんにアイスキャンディを一本差し出した。
「はい。お姉さんの分」
「ありがとうな。それじゃ食べようか」
「うん」
晴枝さんが促すなり、少年はアイスキャンディのパッケージの封を破いて棒付きのアイスキャンディを取り出した。
矩形をした水色の氷菓子の辺りだけ空気が冷えたような気がした。
「つめたーい」
アイスキャンディに齧りついた少年が冷たさを楽しむようにはしゃいだ声を出した。
まだ封を開けずにいる晴枝さんが少年に微笑む。
「そうな。味はどう?」
「美味しいよ」
「ならよかったわ。奢り甲斐あるな」
「お姉さんは食べないの?」
「なんな、もう一本欲しいか?」
晴枝さんが優しい口調で尋ねると、少年ははっとしたように首を横に振って手に持つアイスキャンディを食べるのに精を出し始めた。
と思うと、すぐに少年の眉間が痛そうに狭まる。
「どうしたんな?」
「頭痛い。キーンってする」
「アイスでなるんな。冷たいの強くないん?」
「そんなことないけど、急いで食べたからかな」
「急いで食べることない。誰も取らんから」
赤信号で止まるみたいなルールを教える柔らかい口調で晴枝さんは少年に言い聞かせる。
少年は頷き、アイスキャンディを食べるペースをだいぶ落とす。
…………どうして事情を知らないハートフルを見せられているんだろう?
「叔母さ……」
先輩が話しかけようと口を開きかけた刹那、神速のような動作で晴枝さんの手が先輩の口を覆って声を遮った。
晴枝さんの先輩を見る目に恫喝の物々しさが宿る。
「美佳。口には気を付けような?」
こくん、と先輩が涙目で首を縦に振った。
不穏な笑顔で晴枝さんは先輩の口から手を離す。
すぐに優しい顔に戻して少年へ向き直る。
「ごめんな。うちの妹が場をわきまえないで」
「場をわきまえない、ってどういう意味?」
「空気が読めんってこと。こんな暑いのにおでん食べたいとか言うような奴がそれ」
「なんとなく分かったかも」
「一つ勉強になったな」
「うん」
俺もなんとなく分かった。
晴枝さんがどうして機嫌が良いのか。おそらく『お姉さん』の呼称に年甲斐もなく浮かれているんだろう。
――年甲斐もなく。
「先に駐車場戻ってましょう、先輩」
「そうだね」
俺は先輩を連れ駄菓子屋の前に晴枝さんを残して駐車場に向かった。
晴枝さんには後々、一人で目的地まで来てもらえればいいか。
許嫁として紹介されたのは女子不良グループのリーダーでした。おまけストーリー 青キング(Aoking) @112428
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