第38話 プロポーズ前の葛藤 消えない傷(沙優視点)

プロポーズされる前…私は吉田さんとの結婚に少し躊躇する自分もいた。

勿論吉田さんと結婚したい!

でも心のどこかで…本当に私で良いの?その思いが僅かに拭い切れないでいた。

特に体調の悪い時はその思いがどうしても強くなってしまう…


「ハァハァハァ…みゆきちゃん!」

「きもちぃ…」


感情のない声…

そこには当然愛などなく、身体を貸すそれ以外の何物でない行為だった…


「ハァ…最悪の目覚めだ…調子が悪いな…少し熱っぽいかな…」


終わったことだ…もう過去は忘れて、吉田さんと共に未来を生きていこう。

そう決めた。頭ではわかっている。

けどどんな事情があれ、過去辿った道は消える事はない。

そんな簡単に傷は癒えない…


以前と比べて悪夢はほとんど見なくなった。

ただ体調が悪い時は…時折…見てしまう…そして自己嫌悪に陥る…


「大丈夫か?沙優?顔色が良くないが…あれ?熱もないか?」


「うん…ちょっと風邪ひいちゃったかも…」


「会社休もうか?」


「ううん。大した事ないから…会社行って。」


「本当に大丈夫なのか?」


「うん。ありがとう。朝ご飯はごめんなさい。行ってらっしゃい。」


・・・


…弱いな…私は…自業自得だと言うのに…

寂しい…辛い…悲しい…痛い…

「…吉田さん…早く帰ってきて…(泣)」


・・・


はぁはぁはぁ…苦しい…熱い…

誰も…私なんか…見てくれない…

私に触れて…都合が悪くなったら…見捨てる…


何処に行けば良いの?

…もう疲れたよ…逃げるのも…辛いよ…暗いよ…寒いよ…


・・・


あれ?おでこが…冷たい…冷たくて気持ちいい…

ほっぺが暖かい…とっても…

懐かしい匂い…優しい匂い…

暗闇がだんだん明るくなってくる…


誰?…助けてくれるの?…私はここだよ?…助けて?


「さ…ゆ…さゆ…沙優!」

私は目が覚めた。


「大丈夫か?沙優!

 ごめん。起こしちゃったか?

 汗をかいていたから、身体を拭いて、

 おでこは、タオル熱くなっていたから冷やして交換したんだんだ。

 今、お粥作っているから」


「吉田さん?…あれ?まだ17:00だよ?会社は?」


「心配だったから早退してきたんだ。

 お昼も食べてないんだろう?

 夕飯早くしような。」


「…ごめんね。迷惑かけちゃって…」


「良いんだよ。むしろ会社休めなくてごめんな。

 本当はずっと看病したかったんだけど…」


「…ごめんね…ごめんなさい…うっ…ううっ…」


私は昔の嫌な夢をみて…辛くて…寂しくて…痛くて…

吉田さんは何も言わないけど…

少なからず嫌な思いをさせていて…

迷惑までかけて…

色々な感情がごっちゃになって…

ただただ泣いてしまった。


吉田さんは私の傍にそっと近寄り、

まるで私の心情が分かっているかのように

優しく抱きしめて背中をポンポンと叩き

何も言わず暫く寄り添ってくれた。


「ごめんね。何で泣いているのか…分からないよね…」


「いや…何となく…分かるよ…

 今…沙優を責めているのは沙優しかいないよ。

 沙優が沙優自身を許してくれたら俺からはもう何も言う事ないよ。」


「…私は過去の私を許して良いのかな?…」


吉田さんは子供をあやすかのように優しい目で黙って頷いた。


ああ…私にはこの人しかいない…


私が吉田さんを大好きな理由…吉田さんでなければダメな理由…

それが改めて分かった気がする。


極論言うと、私は欲張りなんだ。


ただ恋人として愛される。

女として求められる。

そう言った愛情だけならばきっと同年代の男性でも可能だ。


でも私はそれだけではダメなんだ。


幼少期に愛されなかった私には…

時には、親のように愛してくれる…

何も言わなくても…心情を察して…甘えさせて見守ってくれる…

見返りのない無償の愛…それも必要なんだ。


更に、私は少し母性が強いみたいで…

私自身が甘やかしたいと思える可愛らしさも必要…


そして過去の消えない傷に寄り添う広い度量…


同年代の要素、年上の要素、年下の要素…

全ての要素と広い度量を含む深い愛情が私の心には必要みたいだ…


そんなのを持ち合わせている男性はほとんどいるわけがなく…


理性や正義感そして包容力、たまに垣間見せる可愛らしさ…

吉田さんは私の好みを全て兼ね備える運命の男性なんだ…


そう思えるし、そう思うと…吉田さんに固執している私の気持ちにもシックリくる…


私は正直に言った。

「私ね…めんどくさい我儘な女なんだ…

 吉田さんに父親のように暖かい目で見守られているのが好き…

 でも女としても求められたい願望もある…

 恋人のようにイチャイチャしたい…

 一方で吉田さんが子供のように甘えてきて、

 母性本能をくすぐって欲しいとも思う…

 色々な願望と愛し方をその時々によって吉田さんに求めちゃう…

 めんどくさい…よね?…嫌になっちゃった?」


吉田はまっすぐな瞳で顔を近づけて少し笑って囁いた。

「めんどくさくなんかないよ?

 …沙優にはずっと笑っていて欲しい…

 そのためなら何だってするよ。

 時には…父親のように…兄のように…恋人のように…子供のように…

 沙優を見守りたいし、甘やかしたいし、愛したいし、甘えたい…

 俺も寂しがり屋で…めんどくさい性格だから…丁度良いと思うぞ?」


「…ありがとう…少し元気出てきた…

 あのね…その…風邪うつっちゃうかもしれないけど…」


そう言うと吉田さんは優しく私にキスしてくれた。


やっぱり…私には吉田さんしかいない…

吉田さん…大好きだよ♡

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